金魚花火 前編
『扉の向こう』と呼ばれる世界は、ロイたちのいる世界とは対に存在する。
勿論時間も通常と同じように流れる。
唯一つ違うことは、錬金術。
ロイたちの世界では錬金術が発達したが、『扉の向こう』の世界では機械が発展を遂げた。
何故、そんな違いがあるのか。
それは錬金術にあり、錬金術師たちが錬金術を使う度に、自分の中にある扉を開け、『扉の向こう』の世界の命を使うからだ。
等価交換の法則だけでは説明しきれない、錬金術を使う際に生じるエネルギー。
それを『向こう』の命を使って、補っているのだ。
だから、人が死ぬたびに、錬金術を使われているんだと悟ることが出来る。
「また、何か起こっているのか…?」
今エドとホーエンハイムの居る世界では、戦争が起こっていた。
人が沢山死ぬ、戦争が。
この世界の歴史は対になっていると言っても、いつだって錬金術の世界に左右される。
心配そうに、部屋の窓から暗い空を見上げていると、ホーエンハイムが入ってきた。
「…ここももう危ない」
「…あぁ、」
促されるように立ち上がって、父に近付いた、途端。
ごぉん、という低い音が響いた。
「「っ!?」」
おそらく、何処かに爆弾が落とされたのだろう。
音からしてかなり近い。
と、更に連続して大きな爆破音が耳を刺激する。
「まずい…近くの研究所に落とされたようだ…」
「んな…!」
爆破は火以上に広がりが早く、何より止める手立てがない。
早く此処から逃げなければ。
そう思ってエドが足を踏み出した瞬間。
がらがらと音を立てて天井が急激に近付いてくるのが目に入ったときには、もう遅かった。
「…う…」
目を開けると、そこは白く明るい世界。
仰向けになって倒れていたエドは、左右を見渡しても同じ色をしていることに違和感を覚え、ばっとうつ伏せに体勢を変ると。
見覚えのあるものが、視界に入る。
ゆっくりと視線を上に走らせ、エドは目を見開いた。
まさか、そんな。
「…扉…」
俺が通ってきた、扉。
エドはよろりと立ち上がると、何かに誘われるようにその扉に近付き、手をかけようとした。
その時。
「行きなさい」
後ろから、優しい声が聞こえた。
振り向くと、ホーエンハイムがこちらを向いて立っている。
「え…」
父から言われた言葉に、エドは父の言葉と扉を交互に見て、戸惑いを示す。
行きなさいって?
この『扉の向こう』に?
「お前には私と違って、若いし未来もある」
帰れるのならば、帰りなさい。
「でも!」
この扉を潜ってしまったら、代価も肉体もない今の俺はどうなるか分からない。
帰れたとしても、人の形をしていないかもしれない。
何より。
「親父を置いて帰れるわけがない―――!」
「…」
切ない表情と共に放たれた言葉に、ホーエンハイムもまた、悲しい笑みを浮かべる。
あんなに嫌われていると思っていたのに。
いつしか、本当の父親として慕ってくれていたんだ。
それが嬉しくて。
だから尚更。
「私は、お前に生きてもらいたいんだ」
「!」
この世界に居ては、いつ錬金術の反動で命を奪われるか分からない。
現にこうして扉の前に立っているのだ。
それが、何よりの危機を示している。
「こんな世界で死んではいけない」
お前には、帰る場所があるんだろう?
「――――!!」
知っていたんだ。
親父は、俺が抱いていた想いを知っていたんだ。
自分でも隠していたのに、それを思い出させるように言われた言葉に、目頭が熱くなった。
「…でも、でも―――!」
やっと会えた親父と、離れたくない。
でも、会いたいという感情は押さえられない。
その葛藤を終わらせるべく、ホーエンハイムは口を開いた。
「…私の命は、そう長くはない」
だが、お前の肉体を今のまま『向こう』へ持っていく位の力ならば、まだ残っている。
「私の体の中にある、賢者の石の使えば出来る」
「嫌だ!」
「エド、」
そんなことをしたら、親父の体が代価として払われてしまうことくらい予想がつく。
俺の所為でそんなことになるなんて。
俺の為にそんなことをするなんて。
「嫌だ…っ!」
「エド…」
悲痛な叫びの語尾は、ホーエンハイムの胸に消えた。
ホーエンハイムは困ったように肩を抱いたが、直ぐに自分から離して。
「いいんだ」
これ位しか、私には出来ないんだから。
父親らしいことは、これ位しか。
そう言うと、エドを反転させて扉の前まで背中を押して。
「幸せに、なってくれ―――」
その声を聞いてエドは振り向くが。
人の気配を感じて扉が開いた瞬間、ホーエンハイムはエドを扉の中に押し込んだ。
「っ父さん―――――っ!!」
呼ぶ声は小さくなり、愛しい息子と共に扉の奥へ奥へと消えていった。
「…これで、いいんだよ―――エド…」
残されたホーエンハイムの体は薄く光を放ち。
幸せそうな笑みを浮かべたまま、姿を。
消した。