「…ん…」
目を開けると、青い青い空が広がっていた。
それはミュンヘンのスモッグで曇った灰色の空ではなく、本当に青い、空。
その青を見つめたまま、エドはゆっくりと上半身を起こした。
広がるは、緑の中にある大きな町並み。
おそらく、ここは小高い丘のどこかだろう。
だがそれだけで十分だった。
帰って来れたんだと、実感するには。
実感した途端涙が頬を伝い、それを拭うために上げた右手は義手ではなかったのにも、ようやく気付いた。
そしてまた、涙が溢れた。
「…父さん…」
だが、此処で涙を流していてもしょうがない。
エドはごしごしと拭い、力強い目で空を見上げ、立ち上がった。
金魚花火 後編
エドが消えてから六年が経った。
その間にこの国も色々発展を遂げ、他国とは不可侵条約を結び、戦は皆無に等しくなり。
ロイはそんな国を任される大総統の地位にいた。
だがそれも形だけで、ただ国の象徴となる人物であるだけ。
実際の政治は議会が担当し、ロイはそれに従って国民たちに公布するなど、表面的なことだけを行う。
だからといって暇なわけではないが、国全体をゆっくりと回るだけの時間はある。
この五年間、そうやって過ごしてきた。
暇が出来れば国を回り、エドを探す。
見付かりはしないことなど、分かりきっている。
だがそれが、生きているんだと信じることが。
何時しか生き甲斐となっていた。
と、カレンダーを見て気付く。
「そういえば今日は…」
自宅の窓から空を見上げ、ロイは呟いた。
エドは丘を下り、町の中を歩いていた。
多分此処はセントラルだろうが、よく行った店や図書館など、町の様子ががらりと変わっている。
そこから気になったことがあって、エドは道行く老婆に尋ねた。
老婆は何を聞くんだと少し驚いていたようだが、優しく教えてくれた。
聞けば、あの日から六年も経っているらしい。
どおりで町並みも変わるはずだ、と納得はしたものの。
あちらの世界もこちらの世界も、時間軸は同じに流れるはず。
『向こう』の世界に居たのが1年と考えてもおかしい。
何故こんなに時が進んでいるのだろう、と思ったが、少し考えれば分かることだった。
以前ラースも扉の中で何年もの時間をかけて肉体を形成したと聞いた。
きっと俺も同じような目にあったのだろう、そう考えれば合点がいく。
精神的に時間は経過していないようだが、五年もあの扉の中に居たんだ。
「長かった、んだな…」
そう言ってふと視線を泳がせた先に見えた、先程とは違う小高い丘。
何故か、不思議な感覚を覚えた。
そこに行かなければいけない、と言われているような不思議な、ものを。
少し早足で丘を登ると、そこには沢山の墓石が等間隔に並んでいた。
どうやら、その為に開拓されたような丘のようだ。
と、一つだけ離れた位置にある墓石が目に入った。
一番日当たりの良い、一番景色の良い所にある墓石。
そこには、聞きなれた名が彫ってあった。
マース・ヒューズ准将、と。
刻まれた没年は六年と少し前の、今日だった。
(あぁ―――そうか―――)
今思えば、中佐の死を知ってから、此処に来たことはなかった。
だから、俺を此処へ引き寄せたんだ。
(ごめんなさい…そして、)
ありがとう――――。
そう心の中で呟いて、エドは深々と頭を下げた。
そしてゆっくりと戻し、じっと墓石を見つめていると。
かさり。
静かな丘に、紙ずれの音が響いた。
音のした方向へ首を動かすと。
「―――――!!」
花束を持って、黒いスーツに黒いコートを着込んだ、前髪を上げた男の人が。
俺がずっと会いたいと思っていた人が、驚いたように俺を見ていた。
ヒューズへの花束を持って登った小高い丘。
そこには既に先約が居て、頭を下げている。
誰だろうとは思ったが、遠目では確認出来ないため、その時点では深く考えなかった。
が、近付くにつれて、その人はヒューズの墓の前に立っているんだと分かり、ロイは少し足を速めた。
近付けば近付くほど、何故か感情が高ぶる。
はっきりしてきた、長い金髪。
比較的、低い身長。
幼い、横顔。
歩み寄る際に、少し握りなおした花束の包みが、かさりと音を立てた。
静かなこの場所では、そんな小さな音にすら気付かれてしまうようで、その人はこちらを向いた。
懐かしい、愛おしい顔だった。
「…あ…、」
先に口を開いたのはエド。
だがそれは言葉にはならず、ただ漏れただけのような、そんな音。
声が、言葉を成さない。
何でも良いのに、言いたいのに言えなくて。
俯いてどうしようと考えていると。
ばさっと花束を落とす音が聞こえて、影が、足元に見えた。
それに気付いて頭を上げた途端、俺の視界は黒いスーツの中に消え。
抱きしめられたんだと気付くには、時間を要したが。
「―――――っエド―――!」
呼ばれた名前と、呼んでくれた声。
それは何度も俺の頭に響く。
それだけで、視界が霞み始める。
ずっとずっと帰りたかった場所に、今帰って来れたんだ。
「…っロイ…!」
エドもたどたどしくも背中に腕を回す。
すると、もっと深くと言わんばかりにエドを抱き直すロイ。
「やっと―――やっと……会えた…」
そうもらしたロイの声は、少し震えていて。
きつく抱きしめると腕から何とか顔を出して見上げると、ロイの頬からは俺と同じものが伝っていた。
本当は、もっと言いたいことがあるのに。
「何で、あんたが泣いてんだよぉ…」
ぐちゃぐちゃに顔を濡らして言ったって、効果なんてないのに。
でも、今は隠したくなかった。
素直な感情と思った言葉を、そのまま表したかった。
「泣くのは、俺の役なのに…」
エドは言いながらロイの頬を自分の右手で、ごしごしと拭うと。
「戻れたんだね…」
そう言って、目を閉じて愛しそうにエドの右手を掴むと、唇に押し当てた。
以前は恥ずかしいと言っていた動作も、今は嬉しさの方が強い。
「ん…」
だが悲しそうに言ったエドに、ロイは心配そうに問う。
「…『向こう』の世界で、何かあったのか…?」
「ぇ…」
どうしてそのことを知っているのか。
表情で逆にエドが問うと、ロイは苦笑して。
「君に、逢いたくてね…」
少しでも、君が居る世界のことを、知りたかったんだ、と。
ロイの涙は、止まっていた。
「私のことはいいんだよ、」
私は、君の涙を止めたいんだ。
と、エドの目尻をぺろりと舐めた。
何度も何度も、エドをなだめるように。
それに勇気を貰ったのか。
「…父さんが、くれたんだ――――」
小さく、話し始めた。
「父さんが、俺をこっちに戻してくれたんだ」
自分の命を捨ててでも。
「俺を、ロイの所に…」
俺に、幸せになれと言って。
「帰してくれたんだ――――っ!」
言葉を言えば言うほど、涙が止まらなくなる。
失った悲しみもあるが。
父が俺を扉の中に入れてくれた時の幸せそうな笑顔が、何よりも先に、鮮明に浮かんでくる。
また大粒の涙を零すエドを、ロイはもう一度掻き抱いて。
「ありがとう…ありがとう……」
帰ってきてくれて、帰してくれて、ありがとう。
それは俺と父に向けられた言葉。
それがまた、嬉しくて。
「うん…ん…、あり、がと…っ」
何度も何度も頷いて。
エドもまた、抱きしめてくれるロイと、此処に帰してくれた父に、言った。
肩の上下が止まり、泣き止んだと悟ってロイは腕の中に居るエドの顔を見た。
しかしエドは泣き腫らした顔を見られるのが恥ずかしかったのか、俯いてしまう。
と、ロイはエド、と名を呼んで。
「顔、見せて」
「っ、さっき散々見たじゃねーか…」
恥ずかしさから、ようやく自分らしさを取り戻し始めたエドにロイはくすり、と笑う。
本当に嬉しかった。
これ程の幸せはかつて味わったことがない。
愛しい人が腕の中に居るというのは、こんなに嬉しいことだったんだと。
「もっと見たいんだ」
もっと近くで。
「君を、実感したい」
「っ、」
逆らえないことを知ってて、そう言うんだよこいつは。
エドは諦めて上を向いた。
それにロイは至福とまで言えるような優しい笑みを浮かべて。
「お帰り」
優しい優しいキスを、くれた。
俺が此処に居なかった五年間は埋められない。
君が向こうに居た五年間は埋められない。
だから、沢山沢山話をして欲しい。
だから、沢山沢山私に教えて欲しい。
小さなことも、些細なことも全部話して欲しい。
小さなことも、些細なことも全部教えて欲しい。
貴方なしで生きたこの五年を、少しでも共用できるように。
君なしで生きたこの五年を、少しでも分かち合えるように。
これからを少しでも楽しく出来るように。
幸せに、なれるように――――。
END.
04/10/03
アニメ最終回の喪失感をなくすべく、数分でネタを考えた割に時間をかけて書いた、最終回その後の話です。
やっぱりアニメのEDじゃあ耐え切れません!ロイエドハッピーエンドがいいんです!
ということでこんな感じになりました(爆)
最後の下りはもっともっと書きたかった言葉があるんですが、言葉はこれからでも言えますけど、
その時の想いはその時だけですからね、こんなのも良いんじゃないかな、と。
ちなみに一番書きたかったのは大佐の涙です(苦笑)
タイトルは迷った結果、大●愛で…。
では皆様と、これからも少しでもロイエドの幸せを共用できる事を願って…。
ブラウザでお戻りください。