太陽は変わらず、照らし続けている。
青い空も変わらず、赤を映えさせている。
それは変わらぬ光景。
そんな、変わらぬ光景。




叙情詩 最終話






「ったく、折角良い感じにいってたのによ…」
「定期報告の期日は前以って伝えていたはずだ…と、以前も言ったと思ったんだが」


執務室に入ってきた途端、面倒臭そうな表情で執務机の前に置かれているソファにどかっと腰を下ろすエドワードを見て。


(…変わらないな、)


何も。
そんな言葉を抱きつつロイは言った。

それは以前と何も変わらないやり取りだった。
定期報告の期日を三日も過ぎから漸く連絡がつき、五日目にしてやっと東方司令部に顔を出した目の前の少年。
違うのは、以前より少し早く顔を出したところくらいだ。
賢者の石の手掛かりについて有力な情報を自分たちで得て、その場に向かおうとした時に私からの催促を貰ったことはおそらく変わらない。
そう、変わらない。


「既に五日も過ぎて待ってやっているのはこっちということを忘れているわけじゃないだろう」
「っ、タイミング悪く期日指定したのはそっちだろ」
「悪いが期日指定したのは君たちが情報を掴む前だ。以前と同じパターンで残念だったな」
「〜〜、」


だが、それで良いと思う。
こうしてこんなつまらないやり取りをして、出来ることが、何よりだと。
今なら、思える。


「けどまぁ、今回はちゃんと書いてあっからな」


ふふん、と鼻を鳴らすように自慢げに報告書を差し出してきた。
受け取って数枚の束になった紙をぱらぱらと目を通す。
流して読んだ限りでは、文句をつけるほどではなかった。


「良いだろう、ご苦労だったな」
「ホントにな」


途端エドワードは表情を疲労したものに変えてため息を吐いた。
今回連絡がついた時、エドワードたちは中央を挟んで西南の方角へ進んでいたと聞いた。
そこから東方司令部に来るには列車を使っても三日近くは掛かる。
そう考えれば、以前より迅速な行動を取ってくれたエドワードは、変わったと言ってかもしれない。
ほんの小さな変化だが、何処か。
それを嬉しいと思っている自分が居た。


「…何、笑ってんだよ」


そしてそれが顔に出ていたことに、指摘をされて気付いた。
かと言って直ぐに治まるものでもない。


「笑っていたか?」
「笑ってんだろ」


少しからかうような口調にエドワードは好ましく思ってはいないかもしれない。
だが今はそんな反応すらも、心地良かった。


「ったく、気持ち悪ィ…っと、長居はしてらんねェんだった」


と、エドワードは何かを思い出して表情を戻した。
どうしたと聞けば。


「そんな時間掛かんねェと思ってさ、アルを外に待たしてんだ」


つうわけだから行くわ、と踵を返し肩越しに言われ、足早に執務室を出て行こうとした時。


―――俺、さ、」


ドアノブにまで手を掛けたエドワードが、そのまま少し体こちらに向けて、それでも顔は下を向いたまま、小さく声を発した。
それはこの後にも言葉を続けると取れるもので、私は聞き逃さぬようと微動だにすることすら止めた。


「……ずっと、言わなきゃならないって…思ってたことが、…あるんだ、」


ずっと、口にしなかった言葉がある。
ずっと口に出来なかった言葉がある。
その言葉は、俺の中では不確かなもので。
けど口にしたところで、不確かなことには変わりなくて。
だからあっても、口に出来なかった。
ただ、自分の中にあるだけだった。

けど、母さんが言っていた。

―――自分が想うだけでも、相手が自分を想ってくれるだけでも、ダメなの…

一方的な想いじゃ、想い合ってるなんて言えない。

―――同じ想いで、相手を想うことで初めてそれは――確かなものになるということを…

互いが同じ想いで想い合うということを知ったとき。
初めて俺は、自分の想いを知った。
確かなものになった。
そして俺は思い出す。
以前駅で、大佐が母さんと同じことを言っていたことを。


「……自分を、押し付けるだけでは駄目なんだよ…」

自分が居て、相手が居て。
それでようやく成り立つ感情。

「この感情は、一方的なものではないだろう?」

互いが互いを想い合うからこそ、成り立つもの。

「…私からだけでも、君からだけでも、駄目なんだ」

想い合うということを知ってほしい。

「…そうすれば、自ずと…本当の想いが見えてくるだろう?」


そう言われた時に、その時に、言えたはずなのに。
もっと早く、言わなければならなかったのに。
言っていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。

今更、そんなことを言ってもどうにもならないと分かっている。
それでも思わずにはいられない。
けど。
今までのことがあったから俺は今、此処にいる。
アンタの前に立っていられる。
だから伝えたい、伝えなきゃいけない。
今、伝えなきゃいけない。
向き直って、目を見て。


―――好きだった、」


ずっと、言えなかった。


「ずっと…アンタが…」


ずっと、初めからあったものだった。
ただ、始めの頃と違うのは。


「これからも、ずっとアンタが、好きだ、」


それがこの先も続いていくということ。
それが俺の、確かなものだ。


「……、」
「…エド、ワード、」
「……〜〜っ、」


言い切って、名を呼ばれて。
言いようのない気恥ずかしさが俺を包みに包んで、顔を見てられなくなって。


「っじゃ!行くから!」


バッと顔を背け、慌しく扉を開けて体を滑り込ませ。
俺は大佐の言葉も待たずに逃げるように出て行った。
廊下をばたばたと走っていく俺は、顔が凄い赤いと思う。
廊下を歩いてる人たちも、アイツも、変に思ったかもしれない。
けど俺は凄い満足してる。
凄いすっきりしてる。
俺の精一杯を伝えられただけで、それで。
今は、それでいい。























「……全く、言うだけ言って…」


立ち上がると、ギッと椅子が音を立てて軋む。
腕を組み、後ろの大きな窓に背を預けて外を見る。
正門の長い階段下にはアルフォンスが、そしてそこに駆け寄っていくエドワードの姿がある。
そんな赤い姿を追いながら、思う。

私は何処かで、気持ちを押し付けていた。
半ば無理矢理君を抱いた時は勿論、君を…庇った時。
君を思ってやったことが君を傷つけていたなんて、実際君が同じ事をするまで気付かなかった。
何故、気付かなかったのだろう。
それが相手を苦しめることになると、追い詰めることになると。
だから思い知らされた。
相手を想うだけでは駄目なのだと。
それはただ自分の感情を押し付けるだけに過ぎないのだと。
相手がどうされたら納得してくれるのか、嬉しいのか。
相手の心も感情も気持ちも、考えないといけないのだと。

それは以前、エドワードに伝えていたのに。
言った私自身が、分かっていなかったのだ。

ただ。
分かっていたところで私は同じことをしただろう。
分かっていても、体が動くのを止められなかっただろう。
おそらく、エドワードも同じだ。
相手がどう思おうと、死なせるのは嫌なんだ。

あの時、どちらの場合も死んでいてもおかしくはなかった。
何が私たちを生かしてくれたのかは分からない。
だが私たちにはもう一つ、互いに言えない言葉があった。
ただ、それだけが生かしてくれたのだとしても。
私たちは今、それを言うことができる。
それだけで、十分なのだ。

君は、私を好きだと言った。
だがそう言った時の君の表情は、その言葉に収まるものではなかったよ。
だから私が、代わりに言おう。

君が目覚めると信じてはいた。
だがもし君が目覚めずとも、私は君を想い続けていただろう。
季節が色を変えて幾度廻ろうとも、この思いという花は枯れはしない。
花のように揺らめいて、君を想うから。

「……愛しているよ」

君が言えぬであろう、もう一つの言葉を。























それは、変わらぬ光景。
エドワードは弟と旅を続け、ロイは部下を指揮する。
二人を囲む人物も、環境も以前と何も変わらない光景。

ただ違うことは。
互いの想いが、向き合っているということ。
互いが、同じ想いで向き合っているということ。
そして互いの中に、以前とは違うものが確実にあるということ。

それは今の光景にもやり取りにも違いを見せないから、誰にも分からないかもしれないが。
それでも、互いには確かに存在しているものがある。

それだけで。


―――俺は。
―――私は。


生きて、いける。





END.





05/02/05
後書き。