母さんは全てを話してくれた。
母さんの一族に流れる血のこと。
その血持って生まれた者に受け継がれる力のこと。
その力を持った者の辿る運命のこと。
俺は何度も深い眠りに落ちそうになったけど、それでも全てを理解した。
アイツが死ぬ夢を見たことも。
今、運命の岐路にいるんだということも。
けど、理解しても何も変わらない。
知った時、俺は何かが変わるんだと思っていたのに。
なのに俺は、どうしてまだ。
時間が、ない―――
頭の中に、母さんの声が響く。
もう、目覚めなければ―――貴方は―――
響くのにどうして。
眠りたいと、思ってしまうのだろう。
叙情詩 15話
話を聞いているうちに、俺は眠らずとも瞳を閉じてしまっていた。
何度か母さんの声に促されるように少しだけ瞼を上げられたものの、母さんの姿を見ることはなかった。
今はもう、声が聞こえるだけだ。
これが"時間がない"、ということなのだろうか。
分かっては、いるんだ。
俺もいい加減起きなきゃならないって。
けど何かが、俺をもっと深い眠りに落そうとするんだ。
アイツのことを。
考えれば、考えるほど。
どうして―――エド―――
問われた母さんの声に、俺は瞳を閉じたまま。
―――沢山、迷惑かけた。
俺の所為で沢山迷惑かけた。
俺の所為で死にそうにもなった。
―――それなのに、またあの場所に…アイツのところに…戻る、なんて、
許されない。
そう思えば思うほど、深く眠ってしまいたくなる。
そうすれば、何も考えなくていい―――。
そう、誰かに言われている気がして。
―――でもその度に、暖かさを感じる…
引き戻そうとする暖かさが、俺を包むんだ。
それを…貴方はもう、知っているはずよ…
―――ぇ…
左手を包む…暖かさを…
―――っ、
貴方は、その暖かさが何故自分を包むのか分からないだけ―――何の暖かさかもう…知ってるの、
そう、だ。
俺はそれを知っている。
ずっと、俺の傍にあった。
俺が此処に来てからずっと、俺の傍にあったもの。
けど。
知っているからこそ、俺は分からなかった。
どうして、俺を―――と。
そう思ってしまって。
――あぁ、そうか――
深い眠りに落そうとしていたのは、俺自身だったんだ。
戻ることなんて、戻ると望むことなんて許されないと思ったことで、無意識に自分の殻に閉じこもろうとしていたんだ。
それがもう。
アイツに逢えないと、分かってはいても。
だってこれが、俺なりの償いだと思って。
思って、いたのに。
―――待って、いるわ
―――っ、
どうしてこんなに、左手は温かいのだろう。
どうしてその暖かさを求めることに、抗えないんだろう。
閉じた瞼の裏に、込み上げる想いと、涙。
許されないのに。
望んじゃ、いけないのに。
…逃げないで、
涙を流して震える瞼に、優しい温もりを感じた。
…私も、エドのように逃げてしまった―――
夢で見た、家を出て知らない所で死ぬあの人についていく勇気がなくて。
運命に抗う勇気なんてなくて。
でも、貴方はまだ戻れる…
まだ戻れる。
だから。
このままじゃ、いけない、
逃げないで。
貴方が歩んだ運命から逃げないで。
真っ直ぐ立ち向かって。
歩いて。
……貴方には、幸せになってもらいたいから…
―――母、さん…
感じている温もりが体全体に広がる。
おそらく、実体ではない。
けど確かに、母さんが俺を抱きしめてくれていた。
――忘れないで、
同時に右手と左足に重く冷たい感覚が蘇る。
機械、鎧。
自分が想うだけでも、相手が自分を想ってくれるだけでも、ダメなの…
俺は体が今の体に戻ったことを知り。
このひと時の終わりを、知る。
同じ想いで、相手を想うことで初めてそれは――確かなものになるということを…
―――母さん…っ、
…さぁ――目を開けて、エド…
促され、瞼を上げた。
もう、重くはなかった。
そうして、ようやく見ることが出来た母さんの顔は。
とても優しく、微笑んでくれていた。
ずっとずっと、変わらない微笑みで。
もう、大丈夫ね――
「……母、さん…っ!」
輝きを増していく空間の光の中に消えていく母さんの体を追いかけるように発した声は、ずっと反響していた声ではなく、確かなものに戻った。
それが示すものは、一つだけ。
これは、終わりじゃない。
始まり、だから、と。
遠ざかって行く母さんの声が、最後にそう告げて。
俺の体を、目が痛くなるほどの光が包んで。
眩んだように思わず瞳を閉じて。
再び、開いた時。
懐かしい光が、目に入った。
それは、ずっと母さんと共にあった光に良く似ていて。
その先を辿っていけば、輝きをましていく太陽の光が、そこにあった。
とても、懐かしく感じた。
とても遠い光だった気がした。
でも今は、確かに俺に降り注いでいる。
「―――、」
ずっと、俺の左手を通して感じていた温もりのように。
「……、」
今も左手を握ってくれている人は、深い眠りに落ちていた。
けど俺は早く声が聴きたくて。
早く瞳を開けて、俺を見て欲しくて。
俺がこうして此処に居ることを、早く知って欲しくて。
「―――ロイ、」
そう、呼ぶと同時に。
暖かい手を、握り返した。
next→
ようやく次で終わりです…!
ブラウザでお戻り下さい。