執務が終わり、当たり前のように病院へと向かう。
病室に入り椅子に座れば、エドワードの左手を握る。
ただ何を言うこともすることもなく、左手を握っているだけ。
そして何時の間にか眠っていて、気付けば朝日を浴びている。
それから東方司令部へと行き、執務が終わればまた此処に帰ってくる。
それが習慣になっていた。


(…習慣……そう、言えるほどになってしまった…)


家には、暫く帰っていない。
帰る場所はそこではないから。
今帰らなければならないのは、此処だ。


(此処以外、ない――


そう思って、私は左手を握っているのに。
何故。
握り返してはくれないのだろう。





叙情詩 14話







…エド…、



暫く眠りに落ちていた俺を、再び呼ぶ声。
それはまだ眠っていろ、と俺に言い続ける声と重なる。


―――かあ、さん、


悲しそうな、母さんの声。
俺はそれに応えたくて、母さんを呼んだ。


エド…、



母さんも俺の声に応えてくれて、もう一度俺を呼んだ。
不思議と、その声が俺を支配しようとする声を抑えてくれたのか、圧し掛かっていた重い声が止んだ。
でもまだ、俺の瞼は重くて。
ゆっくりと瞳を開くことがやっとだった。


―――…母さん…、


それでも俺は、はっきりと母さんを見る。


貴方は、もう目覚めなければならない…、



聞きたいことが。


目覚めなければ、貴方は―――



聞かなければならないことが、あるから。

















エドワードの傍で眠るようになって、幾日か経ったある日。


「大佐、」


その日は朝日とは別のものが、私を起こした。


―――中尉か……どうした…、」


まだはっきりと覚醒しない意識を無理矢理戻して、癖のつきかかった前髪をくしゃりと上げる。
何時目覚めるか分からないが、淡い期待は捨てきれない。
そんな裏腹な感情が続く限り、私は浅い眠りしか出来ないだろう。
それに元々体勢も悪いのだから満足に眠れるわけがない。
だがエドワードが起きた時に直ぐ反応出来るのだからこれでいい。
尤も、中尉が部屋に入ってきたことにすら気付かない程何時の間にか深く眠っているのなら何の意味もないが。


「大丈夫ですか?いい加減横になって眠られた方が…」
「…いや…」


その上、最近の睡眠不足が祟ってか少しずつ執務に支障が出てきているという自覚もある。
満足な睡眠を取れていないことを知っている中尉が、それを勧めている理由も納得できる。
だが、それは私の頑なな心情が許さない。
エドワードが目覚める時に傍に居たいという、心情が。


「…ところで、何かあったのか?」


一応毎日、時間になれば自力で起きて司令部に行っている。
中尉と会うのは執務室で、此処ではない。
寝坊した訳でもないし、だとしたら事件かと聞こうとするより先に。


「アルフォンス君が、戻ってきました」
―――そうか、」


前髪を上げたままふと伏せていた目を開けて短く吐き、寝不足を感じさせない勢いで立ち上がった。
踵を返し、中尉の横を抜けて部屋を出ると、少し離れた所に佇んでいる静寂の鎧が居た。
向かい合って口を開こうとした。
だが何と言えば良いのか。
一度戸惑ってしまうと、言葉は出てこない。
と、音の無い時間を破ったのは。


―――お話、します……兄に何があったのか、を」


真剣さの中に少し悲しみが混じった、反響した声だった。

















―――聞きたいことが、あるんだ…


そう言って母さんに伸ばした手は、自分の手よりも明らかに小さいことに気付く。
まるで、子供のような。
俺の戸惑いに気付いたように、母さんは、私は今のエドワードと時間を共有することはもう出来ないから、と呟いた。


(そうか…母さんは…もう、)


居ないから。
それは自分が一番良く知っている。
勿論、母さん自身も。
だから俺はそれについては何も言わず、言葉を紡ごうとしたが。


―――分かっているわ、



母さんの声が、俺を遮って。


…全ては、私の家の血が、もたらしたもの…、



全て、話すわ、と。
だから、と。


お願い―――目を、覚まして……。



涙を、流した。

















―――そう、か」
「……はい、」


病室内。
アルフォンスは窓際に立ち、私はベッド脇の椅子に腰掛け、エドワードを見続けたまま話を聞いた。

エドワードの母に不思議な力があったこと。
それは特定の人と能力を受け継いだ者の未来を、垣間見る力だということ。
だが愛しい人の幸せな未来ではなく、それが終わる時の夢だということ。
それを"夢見"ということ。
その力は一世代前が亡くなると次の世代に受け継がれ、決まって男女問わず第一子に目覚めるということ。
能力を知らないうちは受け継がれたとしても自覚することがなければはっきりとは覚醒しないということ。
気付かなければ知らぬまま次の世代に受け継がれるということ。
目覚めるには二つの要因があること。
それは能力を知ることと、そして――誰かを、愛してしまった時だということ。

話を聞いていても聞き終わっても。
左手は、握ったままだ。


「エドワードが見た夢のことは、分かった」


だが引っ掛かることがある。


――一つ、聞きたい」
「…はい」
「…今、エドワードが眠り続ける理由は、それに関係があるのか?」


関係がないのならばそれでいい。
この眠りはもう少ししたら覚めるのだと思うことが出来る。
だがもし。


「……父が言うには、兄さんは今その力と、戦っているらしいです」
「…戦って…?」


関係が。


「実は、"夢見"の力から解放される方法があるらしいんです」


一度解放されれば、それは二度と現れることは無い。


「その方法というのが……兄さんが、やったことなんです」
「…どう、いう、」


関係が、あるのならば。


――見た夢を、捻じ曲げること…」


私は。


「本当は、大佐は撃たれて死ぬ筈だった。けど兄さんが大佐を庇って撃たれたことで、未来が変わった」


それが、"夢見"の力から解放されることに繋がった。
解放されること、つまり夢の中で"夢見"の力との葛藤が始まる。


「…兄さんが目覚めたのなら、葛藤が終わって本当に力から解放される……けどもし…」


目覚めなかったのなら。


「"夢見"の力に捕らわれて…永遠に……目覚めることは、ないって…っ」


私は。
何もすることが、出来ないのか?
一人で苦しませることしか出来ないのか?
なぁ、エドワード。


――っ」


いくらきつく握り締めても、握り返してくれることはない。
だがそれは、永遠に続くことではないと信じたい。


(信じて、いる――


きっと手を握り返して、目を開けて。
再び金色の光を。
見せてくれる、と。








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05/12/28
あとはエドワードですね。


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