「ばっちゃん!!」
「っな、何だい急に!繋ぎを間違っちまうじゃないか!」
アルフォンスはリゼンブールにある、行き慣れた家の玄関を開けて叫んだ。
それに驚いて、作っている義足を弄っていた手を間違う間一髪で止めて言い返すピナコに、アルフォンスは構わずどかどかと家に入り。
「ばっちゃん、教えて!」
「…アル…?」
表情は分からずとも、切な声が今のアルフォンスの心情を語っていることを、子供の頃から知っているピナコが分からないわけがない。
「落ち着きな、何があったんだい?」
「…っ、」
宥められ、答えを急いて何を教えて欲しいのかを言っていないことに気付き、アルフォンスは一度自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「…兄、さんが…」
「エド?エドがどうか…」
「…、」
逆に返されたピナコからの疑問に、アルフォンスは自分の知っている限りのことを。
エドワードが瀕死の状態であること。
そこに至るまでの経緯。
そして心に引っ掛かった言葉について、話した。
叙情詩 12話
「そうか…そんなことが…」
「うん…、」
場所をリビングに移し、ピナコに一度で分かってもらえるよう、アルフォンスはなるべく順を追って話した。
早く自分の知りたいことを教えて欲しいと急く気持ちはあったが、事情を知ってもらわないことには自分の問いに答えてもらえないと思い、それを何とか抑えて話し終えた後。
「――兄さんは夢を…見たって、言ってたって」
「夢?」
本題に入った。
「僕が直接聞いたわけじゃないけど、大佐が死ぬ夢を見たって…それが現実になるのが怖いって、本人に言ったらしくて、」
「夢が現実に…ね…、」
アルフォンスはそこである単語に行き着いたが、ピナコの反応を窺う限りでは、自分のように思い出すような様子は見られない。
知らないのかという確実めいた憶測が頭を過ぎったが、確かなことは聞かなければ分からない。
このことを憶測だけで済ませるわけにはいかないのだから。
「…何か、知らない?」
「何か、って言われてもねぇ…お前たちのことは昔っから見てるけど、」
「違う、」
「え?」
違う。
僕たちのことじゃない。
僕たちの昔のことじゃなくて、これは。
「母さんの…母さんのことで、何か知らない?」
「トリシャ?」
良く、覚えてはいない。
けど確実に言っていたんだ。
「――母さんが、言ってた」
『……お母さんはね、不思議な力を持っているの』
「僕はまだ…歩けもしなかった頃のこと、だと思う」
普通、その頃の記憶が残っていることなんてないだろう。
でもまるで、今この時を待っていたかのように、それは。
『…そう、夢で…未来を見るの』
母さんの声は、僕の中に残っていた。
「不思議な力を持ってた、って…」
「…!」
不思議な力。
その言葉に、ピナコが少し目を見開いたところをアルフォンスは見逃さなかった。
「知ってるの!?」
「…いや、」
だが帰ってきたのは顔を少し背けて、顰めるような表情。
それを話せないのかと思ったアルフォンスは、ピナコに縋るように。
「っお願いだよばっちゃん!何か、少しでもいいんだ!」
「…アル…」
「知らなきゃ、ならない気がするんだ…!」
知らなきゃならない。
何故そう思うのか、自分でも分からないけど。
でも、じゃないと、兄さんが。
(兄さんが、戻ってこない気が、して…)
そんな嫌なことしか、考えられなくて。
だから、教えて欲しいんだ。
知りたいんだ。
「ばっちゃん…!」
「知らないんだよ、…本当に、」
しかしピナコは物悲しそうな顔をしてそういうだけ。
「…前にトリシャから…おそらく、アルが知りたがっているような話を聞いたことはある」
「じゃあ、」
期待の声を漏らすアルフォンスに、次に聞こえてきたのは。
「けど不思議な力がある、としか言ってくれなくてね…」
裏切るような、欠片にもならない情報で。
「多分、あたしらに心配掛けまいと隠したんだろうけど…」
もう成す術がないのかと、項垂れた瞬間。
「でも、お前たちの父親なら何か知ってるんじゃないかい?」
「…ぇ…」
一筋の光が、射した気がした。
「そ、か…父さんなら…」
「何処に居るかは流石に分からな、」
「ありがとばっちゃん!!」
「え、アル!」
その光に縋るように、アルフォンスは立ち上がるとすぐさま家を出て走り出した。
(そうだ…そうだ…!)
父さんがいた。
母さんに一番近かった、父さんがいた。
でも何処に居るかは分からない。
全く情報もない、ゼロからの人探しなんてどれだけ時間が掛かるか分からない。
それでも見つけなきゃいけないんだ。
唯一の、手掛かりなんだ。
兄さんを助けるための。
きっと、唯一の。
「―――目を覚ます気配が、ない…?」
「えぇ、」
ホークアイはエドワードに付き添うロイを病室に残し、廊下で医師からの言葉を聞いていた。
エドワードが撃たれ、アルフォンスが飛び出るように病院を出てから一週間近くが経った。
今だアルフォンスが帰還する気配もなく、エドワードに至っては撃たれた日から眠り続けたまま。
特にエドワードの方は深刻で、峠は越えて脈も安定してきたというのに、一向に目を覚ます気配がない。
それに気付きホークアイが医師に問うたところ、正しくホークアイが感じ取っていたままのことを返されたのだった。
「それは、どういう、」
「…体力も体の機能も、確実に回復の傾向に向かっています。もう合併症などの心配もありませんし、後は回復を待つのみですが…」
そこまで言うと、医師は顔を背けて。
「目を、覚まさないことには…」
「……待ってばかりもいられないということ、ですか」
「……、」
ホークアイの悟った言い方に医師は頷いた。
このまま何時目を覚ますか分からない状態が続けば、それは目を覚ますことがないということに変わる。
それを、ホークアイは悟ったのだった。
「…原因は、」
「分かりません…ですが身体的な原因は考え難いので、おそらくは精神的な、ものかと」
「…そう、ですか…」
精神的なもの。
それが何を意味するのか、どれだけ大きな意味を持っているのか。
それは本人以外に分かるものではない。
ただエドワードが思い悩んでいたことを、ホークアイは知っている。
そして少なからず、その原因も。
「…大佐、」
「―――、」
ホークアイが病室に戻ると、一週間前から見慣れた光景がそこにはあった。
眠るエドワードの左腕を握り、じっとその表情を見詰めるロイ。
その間、ロイに声は届かない。
聞こえてはいるのだろうが、それに答えようとはしない。
まるで儀式のように続けられている光景に、何も入れようとしない。
それはロイの公務がない間、ずっと続けられる光景。
「―――っ、」
ロイから声にならなかった息が発せられた。
おそらく、先ほどのホークアイと医師の会話は聞こえていた。
だからこそ、何も言えない。
目を覚まさない原因が自分にあると分かっていながら、この行為を止めることが出来ないから。
エドワードに目覚めて欲しいと願う祈りを捧げる、この行為を。
―――、
ふと、体が浮いている感覚に陥った。
でもそれは勘違いじゃない。
―――…、
浮いているんだと、そう感じて目をゆっくりと開ける。
と、少し空けた目から光が入ってきて、目がくらんだ。
―――…?
けどそれはただの光ではなく。
優しい、光だった。
――ド、
それが俺の周りを包んでいた。
―――…あ、れ…
俺はそれが初めてじゃないと、知っている。
昔、何処かで同じものを感じたことがある。
…エドワード、
声が、聞こえた。
俺を呼ぶ声が。
それはとてもとても、懐かしい音で。
―――…かあ、さん…?
優しい光と共に、俺に教えてくれた。
今母さんが。
傍に、いるんだと。
next→
05/11/17
色々交差して進んでいきます。
でもあと3、4話程かと…!
ブラウザでお戻り下さい。