「―――馬鹿だな…」
男は私たちのやり取りを冷ややかに見ていたが、やがて長い髪を夕日の風になびかせながら近付いて、見下し呟いた。
冷たい視線と冷淡な声に気付いた私は顔を上げ。
「…貴様が、」
エドワードを、撃ったのか。
エドワードを優しく抱いている行動とは正反対に、低い声を男にぶつける。
だが男は何も言わない。
それを肯定と取る以外にどうしろというのか。
尤も手に銃を持っている時点で否定する要素など何処にもない。
そこまで証拠が揃っていながら、私は何も言えなかった。
罵ることも、罵声を浴びせることも出来た筈。
だが抱いている身体の温かさが少しずつ失われていく様子を感じている私は、何も言えなかった。
さっき男に聞いた問いを言えたことも、今思えば不思議でならない。
きっと、声は震えていたのだろう。
それは怒りか、悲しみか。
どちらかもう、分からない所まで来ていた。
「――ホント、馬鹿な奴…」
私が声を発せない代わりに、男が私たちを罵る。
「何でわざわざ、死にに行く必要があるんだか…」
その言葉に、私の肩が揺れた。
「―――死んでなど、いない」
まだ、生きている。
まだこんなに暖かい。
「死ぬわけがない…!」
そう切に叫んだ声は、ただ虚しく夕焼けの空に消える筈だった。
だが。
「…だったら、早く行けよ」
「…?」
「病院、行けってんだよ」
答えが返って来ると思わなかった私は急かされても動けず、驚くように見上げていたんだろう。
それが気に食わなかったのか、男はばっと顔を背け。
「早く行けよ!僕の気が変わらないうちに!」
「…っ、」
叫ばれた声に反射的にエドワードを抱えて立ち上がり、私は走った。
ただ、とにかくその場から離れる為に。
男の真意は知れないが、言えることは。
エドワードを撃ったということ、だけ。
叙情詩 11話
「…くそっ、」
ガシャン、と僕は銃を投げ捨てた。
無意識にセーフティを掛けていたので暴発することはなかった。
と、カラカラと音を立てて地面を滑って行った銃はこつん、と何かにその動きを止められた。
「…少し、遊びすぎたようね」
「…ラスト」
銃はラストの足先によって、ただ転がる鉄の塊になった。
「…それにしても人柱を撃つなんて、」
ラストが何を言おうとしているのか分からないわけがない。
僕が銃を持って、発砲したことには別に咎めることではない。
問題は、誰を撃ったか。
「不可抗力、だよ」
言い訳をするつもりはない。
けど、本当に撃つつもりはなかったんだ。
「勝手に、オチビさんが間に入ってきた」
僕は今、どんな顔をしてるんだろうね。
きっと滅多にしない顔を、してる。
自分でも分からないけど、何でだろう。
何でこんなに。
「……でも結果は結果、よ」
おそらく、ラストは近くで見てたんだろう。
けど、止めてはくれなかった。
いや、止められなかったのか。
僕もラストも、きっとこんなことになるなんて思ってなかったんだから。
「――分かってる」
僕の勝手な行動で、人柱の一人を失うかもしれない。
その代償を、払えってんだろ。
「…分かってるよ…」
でも、何でだろう。
何でこんなに、羨ましいと思うんだろうね。
あの二人の関係を、さ。
「っ兄さん!!」
鎧を纏った反響する声が、病院に響いた。
それを聞き取ったホークアイが、イーストシティへと戻ってきたアルフォンスを出迎える。
「アルフォンス君、」
「中尉、兄さんは、」
「今、集中治療室に入っているわ…大丈夫、一命は取り留めたわ」
優しい声で高ぶっていた感情を宥められ、アルフォンスは大きく安堵の息を吐いた。
「そう、ですか…良かった…、」
「でも…まだ、安心できる状態ではないって、」
何時、目を覚ますかは分からないって。
そう俯き気味に言われた言葉は、とても言い難いものだっただろう。
「…ありがとう、ございます」
中尉の優しさ。
それを感じたからこそ、アルフォンスは嬉しそうに言った。
「僕は、大丈夫ですよ」
兄さんはきっと目を覚ますって、信じてるから。
このまま、逢えなくなるわけなんてないって。
きっとまた、笑って僕の鎧に触れてくれるって。
大丈夫、僕はちゃんと立っていられる。
だから。
「だから、僕より…」
アルフォンスはちらり、と少し奥にあるソファに腰を掛けて項垂れている人物に視線を流した。
その行動が何を示しているのかを悟ったホークアイは、席を外した。
「…大佐、」
ガシャン、と一歩歩むと同時に、階級を呼んだ。
青い軍服は光の届かない所為か、いつもより深みを増していた。
まるで、それを纏っている人の想いを表すかのように。
「―――すまない…」
顔は上げず申し訳なく呟かれた言葉アルフォンスに謝罪の意を示すものだった。
「…謝らないで、下さい」
だがアルフォンスにとってはロイが自分自身を責めているようにしか聞こえなかった。
それはとても痛々しく、苦しそうだった。
「きっと、兄さんが自分の意思でやったことですから」
「だが、」
ようやく顔を上げたロイは隣に座った鎧を見るが、アルフォンスは視線は合わせず。
「…謝られることなんて、望んじゃいないと思います」
「…、」
「…そういう、人だから」
しかしそれで納得できるほど、出来た人間は居ない。
ロイは切に声を絞り出す。
「っだが、こんなことになるなら私が!」
「でも大佐も一度、兄さんを庇ってるじゃないですか」
「っ、」
「…此処に来る途中、ハボック少尉に聞きました」
「……そう、か…」
ロイはエドを病院に運んでから、一歩も此処から動いてはいない。
否、動けなかった。
精神的に追い詰められた状態に近かったロイは、何も出来なかった。
だから気の利くホークアイがアルフォンスに迎えにハボックを差し向けていたのだった。
本来ならば上官であるロイがいち早く指示を出していなければならなかったのだろうが、アルフォンスはロイの心情を理解していたから、何も言わなかった。
ただ、気遣うように言葉を紡ぐこと。
それが今、自分がしなければならないことだと、アルフォンスは思っていた。
「……兄さんも、大佐と同じだったんですよ」
庇われた側は負い目を感じずにはいられない。
でも、そんなことを考える前に体が動いていた。
「ただ、助けたかった」
生きて欲しいと願った。
「…それだけ、ですよ」
簡単に言えることじゃないって分かってる。
でも最後に辿りつくのは、そこしかないから。
「―――、」
それっきり、ロイは口を開こうとはしなかった。
アルフォンスもまた、何も言わずその空気に身を任せていた。
廊下にある掛時計の秒針の音だけが、その間を繋ぐ。
と。
「―――これは…」
「…?」
「これは…私の勘違いかもしれないが、」
少し落ち着きを取り戻した声が、アルフォンスに語りかける。
「鋼のは、こうなることを知っていたのではないかと、思う」
「え…」
小さく驚いた声を漏らすアルフォンスに、尚も続ける。
「…数日前、私が庇って撃たれたことに負い目を感じて、鋼のは君の元へ行こうとしていた」
私はまだ歩き回れる状態ではなかったが、どうしても鋼のを行かせたくなくて。
傍に居て欲しくて、引き止めようと駅へと向かった。
「その時、聞いたのだよ」
夢が現実になっていくのが怖い、と。
「私が撃たれた時、夢が現実になったんだと思って、何も出来なかったと」
「…夢…?」
「あぁ、」
そう、エドワードは知っていたんだ。
私が、撃たれることを。
私がエドワードを庇って撃たれることを。
「――だが、私はその時気付かなかった」
違和感すら、感じてはいなかった。
あの時、気付いていたら。
「鋼のが見た夢は、私が庇った時の事ではなかったのだと」
「…!?」
どういうことですか、とアルフォンスが答えを求める。
「おそらく…鋼のが見た夢は、今回鋼のが私を庇ったことの方だったんだ」
それを確信したのは、エドワードの言葉。
夢が現実になっていくのが怖い。
それはつまり、まだ先があったということだったのに。
「どうして、気付かなかったんだ…っ」
再び頭を抱えて項垂れるロイを視線には入れていたが、アルフォンスの頭の中には別なことが渦巻いていた。
(…夢…、現実…?)
ふと、その単語から唐突に頭に浮かんできた言葉。
「―――"夢見"」
呟いた途端、何かを思いついたように立ち上がるアルフォンス。
「アルフォンス?」
驚いたロイが名を呼ぶが、アルフォンスはそれも聞こえていないように走り出して。
「っすいません、僕、行って来ます!」
「っな、」
「兄さんを宜しくお願いします!」
「っオイ、アルフォンス!」
ロイの制止する声を振り切って、アルフォンスは病院を出た。
向かうは、リゼンブール。
母さんとの過去が残る場所。
(僕は、病院に居てもきっと何も出来ない)
だから、僕は僕の出来ることをする。
(聞いた記憶が、あった)
"夢見"という単語。
それはきっとまだ僕は歩けなかった位の頃だと思う。
そんな幼い頃の記憶、どうして覚えているのか分からない。
でも確かに、僕は聞いたんだ。
(母さんが、そう言っていたことを、確かに)
僕は今、その言葉の真意を知らなきゃいけないんだと思う。
ずっと辛い思いをしていた、兄さん達の為に。
「―――エドワード…」
集中治療室のガラス窓越しに見える痛々しい姿。
その姿の代わりにガラス窓に縋り、名を口にした。
言葉が返ってこないとは分かっていても、言わずには。
願わずにはいられなかった。
「……目を、開けてくれ…」
もう一度、私に見せてくれ。
「君の光を、もう一度…っ」
私に。
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05/11/8
まだちょっと続きます。
にしても久方振りに書いたら時間軸が…。
ブラウザでお戻り下さい。