「…あーあ、また来ちゃったんだ…」


この町は家と家の間に細い通路が多く通っていて、町民たちの多くが交流のある家との行き来に使っている。
町民たちにとっては当たり前となっている通路だが、観光客など初めてこの町を訪れた人たちにとっては迷路以外のなんでもない。
この通路を通らなければいけないところなどがあるのなら、尚更で。


「忠告してやったのに…ね、」


その細い通路と大通りへの境界線で塀に寄りかかって、ぽつぽつと独り言を漏らす人物。
外見は人の形そのものだが、纏っている気は明らかに人のものではなかった。


「…でも、ま…」


男は口の端を上げて音なく微笑う。


「それが君の答えなら、俺も応えてあげなきゃ、ね」


視線の先にロイとエドワードを、捕らえて。




叙情詩 10話






人の波が殆ど引いた夕刻。
俺たちは再びあの町に来ていた。


「……」


傍を歩く大佐の顔を見れない。
それは決して病人を無理矢理連れ出したという罪悪感からじゃない。
勿論罪悪感がないわけじゃないけど、でもそれよりも強く俺の中にあるのは。
まだ現れぬ、元凶。


「…俯いて歩くな」


ふと上から落とされた言葉。
足を止めて振り仰げば。


「それでは、対応が遅れてしまう」
「…、」


低い声とは裏腹に、小さな笑顔。
それが無意識に強張らせていた体の枷を解いた。


「守る、と意気込んでいたのは冗談か?」
「っまさか!」


思わず声を張り上げれば、ははっと今度は声のある笑いを見せて。


「分かっている。君は安易にそんな言葉を口にするような奴ではないからな」
「…試してたのかよ」


じろっと睨みを効かせると、大佐は肩を少し落とした。
この場合呆れてるという表現が正しいと思う。


「まさか、君の力を抜いてやっただけだ」
「力?」
「…強張ったままではろくに動けないからな」


あの時のように。


「っ!」


末尾に聞こえた言葉は話していた音よりも小さな音だったが、確かに聞こえた。
あの時。
それはこの町で大佐が撃たれた時を指してるんだと、言われずとも分かった。


「…覚え、て…」
「…微かに、だがね」


聞きたい、と言ったらきっと嘘になる。
何も出来なかったあの時の俺のことなんて、思い出すだけでも情けなく無力で、腹立たしい。
けど俺は今それを、自分の観点からじゃなくて大佐の観点から聞かなきゃならないんだと思う。
自分がどれだけ馬鹿だったのかを。
そんな風に考えていた俺に聞こえてきたのは。


「…あの時、私は君を庇うべきじゃなかったのかもしれないな…」
「…ぇ…、」


大佐の後悔の念、だった。


「分かっていたんだ、…あいつが狙っていたのは、私だったと」


引き金に手を掛けた銃の先が、あの時点で君に向くとは思えなかった。
ならば私は、あのまま微動だにせずにしていれば良かったのに。


「だが無意識に…君を、抱いていた」
「…、」


確かに。
あいつ、エンヴィーは大佐を狙ったって言ってた。
あの時、先に俺に話し掛けたのは囮で、初めから大佐を撃つつもりでいたんだ。
でも言ってたじゃないか。
結果的に手に入れようとしてるのは俺だと。
そのための、段階でしかないんだ。
だから。


「君を助けたいと思ってしてしまった私の行動が、結果的に君を苦しめてしまっていたことに、気付いていたのにな…」
「…大佐の、所為じゃねェよ」


大佐の所為じゃないんだ。
俺が、俺が全部。
そう言おうとした俺を遮って。


「では聞くが…私があの時君を庇わなければ、君は動けただろう?」
「っ、」


言葉に詰った。
それは少なからず核心を突いていたからだ。
多分、庇われていなければ俺は夢のことを思い出すこともなく、エンヴィーに立ち向かっていけたかもしれない。
病院にも直ぐに連れて行けたかもしれない。
でもそれは。


「…でも、それは全部憶測でしかない」
「憶測でも、事実になっていたかもしれない」
「けど!俺は後悔してない!」


切な表情で叫んだ言葉は空に消えた。


「…鋼の…」
「…正直、病室に伏せってるアンタを見て、ずっと後悔してた」


俺の所為だって。
俺が悪いんだって。


「俺以外に原因が見当たらなくて、責任転嫁なんてしたくても出来なくて、」


事実原因は俺にあるし、だとすれば逃げることしか出来なくて。


「けどアンタは、もう一度俺を抱きしめてくれただろ…!」


ようやくアンタが開いてくれた道を、俺は歩こうって思った。
これから先にあることに、立ち向かえるような道を。


「だから俺は、後悔しなくていいんだって、思えた」


事実はどうやったって消えない。
だったらそれを受け止めるしかない。
受け止めて、受け止めることが出来て。
初めて、後悔することを止めた。


「あの時アンタに庇われて、ずっと悩んだ、ことを…」


そして。
俺のこの、力も。


「…、」


大佐に背を向けて、先ほどから俺に凍てつくような視線を投げていた人物と、俺は向き直った。
数メートル先で塀に背を預け腕を組み、俺の方に微笑を向けている男は。


――待ってたよ。


口の動きでしか言っていないはずなのに、頭に直に響いてくる声。


――ホントは、もう来ないって思ってたのに。
――あんだけ事件を大きくしといて、何言ってんだよ。


傍からは視線だけ。
それでも交わされる脳での会話。


――ま、僕としてももう一度来てくれるってのを前提で計画してたから、嬉しいよ。
――……。


笑うエンヴィー表情に目をやりながらも、神経を尖らせているのは組んだ腕。
何時、拳銃が出てくるか分からない手。
けど今大佐は俺の陰になる部分に居る。
撃たれたとしても、俺で止まるだけだ。
尤も、俺を欲しいと言っているのなら撃ってはこれないだろう。


――でも…ちょっと甘かったかな?
――何…?


エンヴィーは寄りかかっていた体を俺に向き直した。
組んだ腕も解いて、右手にある拳銃を露にする。
それを見て気を張り詰めさせた。
しかし撃ってくる様子はない。


――確かに今の状態じゃ君に当たるしね、撃てない。……けど。
――…?


表情に笑みが混じったかと思うと。


「僕が何も仕組んでないと、思った?」


今度は耳から聞こえる声が俺に届くと同時に。
ドォン!という大きな音が鼓膜を痛いほどに振るわせた。


「っ!?」


振り返り音のした方を追えば、近くにあった民家が燃えていた。
熱風と煙から視界を守るように腕で遮った。
と、視界に入ったのは立っていた場所を少し動いた大佐。


「…!」


しまった、と思ってエンヴィーを振り返った時にはもう、銃を構えていて。

それを見た時、どくんと体が音を立てた。
俺は目を開けて現実を見ているはずなのに、目に映るは夢に見たあの情景。


夕方。
人通りは無いに等しく。
俺は誰かに話掛けられて。
そいつの手には銃が握られていて。
気付いた時には銃弾が俺の横を通って。


それがまさに今、起ころうとしているんだと思った時。
錬金術を使えるという自分を忘れて。
俺の足は無意識に地を蹴って。
そしてそれに少し遅れるように。
銃声が、響いた。

















「っ今度は何だ!?」


そう叫んだロイの背中に掛かる圧力。
ふと視界の端に見えた金髪が誰かを理解させた。


「鋼の、今の銃声は、」


振り向いて向き直れば、見上げて微笑むエドワード。
瞬時に感じ取った違和感。
それは自分を見ているはずのエドワード瞳が、ロイを捉えていなかったこと。


「…鋼、の…?」


二つ名を呼んだ途端、エドワードの膝が折れた。


「っ鋼の!」


仰向けに倒れようとした体を支えるように背に差し伸べた手は、生暖かい液体を触った。
それが何か。
私は良く知っている。
戦場で何度も触れた赤い、液体。


「…っ!!」


悟るも何も、さっきの銃声はエドワードを貫いたのだ。


「…やっぱ…こう、なっちまうのか…」


体を支えたままゆっくりと膝を折り顔を覗き込めば、途切れ途切れの声。


「…知って…、」
「…、」


頷くエドワードに、私は何も言えなかった。
私が撃たれようとして、それを庇った。
エドワードの見た夢が現実になるのを、身を挺して防いだのだと。
だが私は、望んでなどいない。


「望んでなど…!」
「でも、俺が、望んだ…」
「っ!」
「防げるのなら、それを、願った………けど、もう、これしか、なくて、」


どうにかすれば防げるかもしれない。
何処かでそう思ってはいたけど、それは無理だって、また何処かで分かってた。
だったら、俺が防ぐしかない。
だって俺。


「…アンタが、死ぬの…見たくなんか、ねェから…!」


アンタに縋ってしまった今、俺に残された選択肢は一つだけ。
アンタを生かすその道は、これだけだったことを俺は知っていた。
だからその道を歩いてきただけなんだよ。
だから、さ。


「…これは、アンタの代わり、なんかじゃ…ない」
「…もう、いい…」
「俺が、自分で、望んだこと、だから…」
「もう、喋るな…っ」


だからアンタも。
後悔しないで。
そして。


――――生きて、」
「エド……っエドワード…っ!」














俺の名前を、呼んでる。
目、開けてねェと。
けど、もう限界みてェだ。
もっと、アンタに名前呼ばれてたかったなぁ。
それももう直ぐ、聞こえなくなっちまう。


アンタがあの時。
俺を庇って、どうしてあんな表情をしてたのか。
今なら、分かる気がする。
だってさ、やっぱ最後は笑顔が見たいもんなぁ。


なぁ。
俺、今微笑えてるか?
あの時のアンタみたいに、微笑えてるか?
俺はもうアンタの顔、見えないけど。
願わくば、もう一度。
アンタの顔、見たかった。


声が、聞きたかった―――








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05/10/17
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