切な声を吐き出した俺を、大佐は優しく抱きしめてくれた。
縋った俺の腕を解くことは決してなく受け入れてくれた。
それだけで、俺は十分だった。
十分過ぎる言葉と、想いだった。
叙情詩 9話
息の荒い体を支え病院へ向かっている間は自分の足で歩いてはいたが、着いた途端事切れたように大佐の意識は途切れ、膝を折った。
それを見越していたように待っていた中尉が駆け寄ってくれて、二人で病室へと力の抜けた体を運んだ。
幸い出血もなく、医師は再び点滴を施すと、今後のことをと中尉と共に病室を後にした。
「……」
残った俺はベッドサイドの椅子に座り、大佐の青白い顔をじっと見詰める。
俺の為に、こんな体で引止めに来てくれて。
純粋に、嬉しかった。
さっきは言えなかったけど。
「……嬉しかった、」
去ると決意した確固な思いを揺るがせてくれるほどに。
縋るまいと思って押し殺した感情を再び沸き立たせてしまうほどに。
「……嬉しかったよ…」
自分がいくら消そうとしたところで、一度湧き上がった想いは消すことが出来ない。
それこそ想った本人に言われたなら、尚更。
きっと、最初からこうなることが決まってたんじゃないかってくらい、固く築いたはずのものを崩される時は呆気ないもので。
果たしてこれは築いた意味があったのかって思うくらい、アンタは簡単に崩してくれた。
だから再び築いたところで、それはアンタの前には何の意味もないんだと思う。
だったら、俺はもう築きはしない。
「―――俺も、アンタと素直に向き合わなきゃ、ならないんだよな…」
アンタが俺を求めてくれるなら。
俺を必要としてくれるなら。
俺も、自分に向き合う必要がある。
「…もう、逃げない…」
あの夢はまだ正夢にはなっていないが、自分の中には何故か確信がある。
それは必ず現実に起こるという、まるでこれからの未来が見えているような確信が。
それを知るは俺一人。
だったら、防ぐことが出来るのも俺一人。
その為には向き合うだけじゃ駄目だ。
立ち向かって行かなきゃならない。
「……だから俺は…」
アンタは死んじゃいけない。
世界の未来がかかってるアンタは、生きなきゃならない。
「その道を、選ぶよ」
アンタに縋ってしまった今、俺に残された選択肢は一つだけ。
アンタを生かす、その道を。
「――――もう、迷ってはいないようね」
俺の表情を悟ったように後ろから聞こえた声。
俺は振り向かずに頷いて。
「……初めから、逃げる道なんてなかったんだ…」
俺は何処かで、アンタが追い掛けて来ることを知っていた。
それでも逃げてしまったのは、自分のことしか頭になかったから。
「……大佐が前を見ている限り…俺も、同じ方向を向かなきゃならないのに、」
人を失う恐怖から逃げたくて、大切な人を亡くすのが嫌で。
それが俺の逃げ道を作っていたけど、それが続く先には何もない。
そのことに、俺は気付かされた。
「…大佐は、知ってたんだな…」
俺が行こうとした先には何もないことを。
俺たちの未来には、何もないことを。
「…何か、ずりぃ」
知ってたんなら、教えてくれたっていいのにな。
そう呟くと。
「…あの人は、そういうことを決して口にしようとしないから」
エドワード君なら、尚更。
「…ぇ…」
言われて、俺が顔を上げて振り返ると中尉が穏やかに微笑んで。
「教えたところで、それはどんなことかは分からない」
最終的に気付くのは自分。
どういうことかと理解するのも自分。
必要なのは言葉じゃなく、事実を自分で動いて知ること。
「それに貴方なら…きっと自分で知ることができると信じていたんでしょうね」
「…ぁ…」
視線を再び、大佐に落とす。
こいつは何時だって、答えをくれはしなかった。
俺に考えさせて、俺から言わせるようにして。
今思えば、それは全部を俺に委ねてるんじゃなくて、促してるんだって。
答えを言うことは簡単かもしれない。
けど、それじゃあそこに至るまでの工程は分からない。
いつもアンタはヒントをくれて、俺を促してくれてたんだな。
「勿論、私もそう信じていたのだけど?」
「…うん…」
中尉の何かを強請るような声に、俺は肩越しに振り仰いで。
「……ありがと」
きっと大佐も望んでいるだろう言葉を言った。
ありがとう。
これで俺は選んだ道を、歩ける。
それがどんな結末を生もうとも、俺はもう後悔はしない。
これだけで、今だけで十分すぎるくらい。
幸せだから。
数日後。
回復に向かっているとはいえ、まだ入院が必要なロイの元に好ましくない事件が入ってきた。
「そうか、また…」
「はい、今度は以前よりもペースを上回るようで、上も早急な解決を促してきています」
ロイは半身を起こして渡された報告書に目を通しながら、ホークアイより事件のあらましを聞く。
勿論怪我が治ったわけではないので、ホークアイはなるべく事件の話をロイに持ち込まないように対処していたが、この事件ばかりは上司であるロイの意見を聞かなければ動けないのだ。
例の、憲兵の殺傷事件ならば。
「一日一人…とまではいかないようだが、よくもまぁ憲兵を探し出すものだ…」
憲兵ばかりを狙ったこの事件、これ以上被害者を増やさないために憲兵の配備を止めたにもかかわらず、犯人は探し出しては殺すということを続けている。
おかげで犯人の行動範囲が広がり、更に人物の特定を付け難くなった。
しかも以前のように傷を負わせるだけという余裕はなく、確実に死を選ぶやり方に変わった。
「まるで早く出て来いと、誰かを誘っているようだな…」
呟いたロイの声は確信を得ているもので。
それにホークアイは聞かずとも悟り、如何致しますかと問うたが。
「―――行こうぜ」
応えたのはロイではなく、ドアを開けて入ってきたエドワードだった。
「鋼の…」
「話は、さっき中尉から聞いてた」
ホークアイは一応事件の被害者でもあり、捜査員でもあったエドワードにも一通り伝えていた。
当然上司であるロイに事件のことを話さないわけがないので、見計ってエドワードはロイの病室に来たのだった。
「…アンタの体が万全じゃないのは分かってる…けどこれ以上、野放しにしておくわけにもいかない」
犯人は、俺たちを狙ってるんだから。
「な、」
「エドワード君、それは、」
「これは確かな情報だ。――犯人の顔も、知ってる」
「!」
驚く二人に、エドワードは淡々と答える。
「けど、おそらく俺だけじゃ犯人を誘き出すことは出来ない…」
エドワードの少し顔を伏せた動きにロイは。
「…つまり私たち二人がいなければ、相手が顔を出さないと?」
「…、」
頷くエドワードの顔は、何処か曇っていて。
「…アンタが満足な状態じゃない分、俺がアンタを守る―――だから、力を貸して欲しい」
待ち受ける何かに、打ち勝つ為に。
それはエドワードの私情故、言葉にはしなかったが。
「……力を貸してくれ、というのは…私の台詞なんだがな」
顔を上げれば、少し困った表情に笑みを混ぜた大佐がいて。
「…行こう」
「大佐、」
「だが守られるのは私の思想に反するのでね、こんな成りでも一応軍人だ」
そう言って、ベッドサイドに置かれた軍服を取り、綺麗な動作で袖を通し。
「…正規の軍人ではない君を守ることくらい、させてくれ」
エドワードを想う中にも、大佐としての顔を見せた。
「……行こう…!」
エドワードは頷かなかったが、大佐の顔に呼応するように言った。
守りたい意思があるのは互いに変わらない。
ただ違うことは。
エドワードの中に隠された決意、だけ。
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05/10/06
峠に差し掛かるので、そろそろ攻めたいところです。
ブラウザでお戻り下さい。