「…あー、」
外した。
拳銃を下ろしながら、少年は呟いた。
叙情詩 7話
「やっぱガキの手は両手で撃たないと反動がくるなぁ…忘れてた」
足を狙ったのに上にいっちゃった、と呟く声を別な声の数々が遮る。
辺りには色んな悲鳴が響き渡り、それが少年には心地よく聞こえた。
だが少年の声も悲鳴も、エドワードの耳に悲鳴は入らず。
「―――…」
何、これ。
どうなってんだ。
大佐が俺をいきなり掻き抱いたと思ったら、銃声が響くし。
そしたら大佐が急に体重を掛けてくるし。
まさか。
まさかとは思うけど。
いやそれより大佐は。
大佐は。
「…大、佐…」
階級を呼ぶが、自分の肩口から顔を上げてはくれない。
「っ大佐!」
今度は叫んだ。
と、くっ付いた身体から体を動かしたであろう振動が伝わってきた。
「…っ、」
「っ大佐、」
「……無事、か…?」
意識があることには安堵したけど。
「無事か、って、何言ってんだよ…!お前の方が…!」
何でこんな時まで、俺の心配なんかすんだよ。
俺なんかより大佐の方が。
「……無事なら…いい…」
「…っ」
何で。
何で笑うんだ。
ずるりと力なく圧し掛かってくるロイの全体重を預けられ、立っていられなくなったエドワードはロイと共に地に膝をついた。
そしてロイの腰の辺りをたどたどしく掴んでいた手を動かした時、左手にぬるりとした感覚を掴まされた。
血、だ。
そう理解した時には既にかなりの血液が服に染み渡り、自分の手をも染めていた。
肌色が見えなくなるくらいに。
「…っ大、佐…っ、」
声が上手く出せない。
身体全部でこの事実を否定したがってるんだ。
今俺を包み込んでいる身体から体温が失われていくのを。
そこから直面する、何かに。
そんな言いようもない恐怖から俺を現実に戻したのは意外な人物。
「死にはしないと思うけどさ、早く連れてってやった方がいいんじゃない?」
病院。
そう言って少年の姿から常日頃とっている姿へと変貌を遂げた。
「お前…っ、」
以前第五研究所で会った人造人間の一人、嫉妬の名を持つ者だった。
「ホントはさぁ、足狙おうと思ったんだけど、ガキの身体だってこと計算に入れてなくてさ」
「…な、に…」
何言ってんだコイツ。
エドワードは目を見開いて、大佐の肩越しに見下ろしてくるエンヴィーを見上げた。
その目は何処か楽しそうな顔で。
「何で、こんなこと、すんだよ…」
人を撃ったことに何も感じない様子で。
それが。
「何で?」
言うとにやっと笑い。
「欲しいから」
アンタが、ね。
「だからさ…分かるだろ…?」
まだ、終わりじゃないんだからね。
「…っ!」
それが俺をじっと見詰めて言ったことに、また恐怖を覚えた。
失うとかそんな生易しいものじゃない。
俺が、消してしまうんだと。
それを予兆するかのような恐怖を。
「…また、ね?」
そう残して去っていく姿を、俺はただ見ていることしか出来なかった。
そしてまるで。
あの夢が現実になったんだと、思うことしか。
手術中のランプがついた扉の前。
ただドアを見据えるホークアイと、向かいの椅子で項垂れるエドワード。
手術の音が漏れない静かな廊下に、ばたばたと足音が一人分駆けて来た。
「ハボック少尉」
「どうスか、大佐は」
「まだ入ったばかりだから何とも言えないけど…」
右の脇腹に銃弾を一発、その玉は中に残ったままとのことよ。
とハボックに告げるホークアイ。
流石に病院の手術室前で煙草が吸えないハボックは口元に手を当てて無意識に吸う真似をとり。
「そっスか…」
ため息を吐きながらエドワードの方に視線をやった。
エドワードは力なく項垂れたまま、ハボックが来てもぴくりとも動こうとしなかった。
それがエドワードにとって今の状況がどれ程ダメージを与えたか嫌でも分かる。
「…でも医師によれば、手術直前まで意識があったから、大事には至らないと思うわ」
「……」
ホークアイが言った言葉はエドワードに対して掛けられたものだったが、それでもエドワードは頭を上げるどころか反応もしなかった。
おそらくエドワード君にとっては助かると思う安堵よりも、大佐に致命傷を負わせたという事実の方が大きいのだろうとホークアイは思った。
そしてこのままでは、助かったところで大佐の痛々しい姿を目にすれば、エドワード君はまた傷を自分で抉ってしまうだろう、と。
「……、」
だが今何を言ってもエドワードには届かないし、下手に何かを言ったところで余計傷を抉ってしまうだけ。
それはホークアイにもハボックにも分かっていた。
だからこそ、それ以上二人は何も言えなかった。
それからどのくらいの時間が過ぎただろう。
ぱっと、ランプが消えて扉が開いた。
視線を下に落としていたエドワードは分からなかったが、扉の開いた音と漂い始めた違う空気、そして声でそれを悟り、戸惑いながらも顔を上げた。
ストレッチャーに乗せられた青白い横顔が、見えた。
「…っ…、」
でも立ち上がってついて行くことは出来なかった。
足が、動いてくれなかった。
俺はこのまま、大佐に縋っていいんだろうか。
大佐に縋って良かったって笑っていいんだろうか。
その躊躇いが、俺の足を動かしてくれなかった。
出来るわけ、ない。
縋って、笑えるわけなんかないんだ。
(俺が、大佐を―――っ!)
心の中で悲痛な叫びを上げ、背を丸めて頭を抱えようとした時。
「エドワード君」
「っ、」
中尉の声が、俺の肩を揺らした。
一度は遠ざかった中尉の足音が、再びこちらに近付いてくる。
怖かった。
何を言われるのか考えると怖くて、俺は顔を上げることが出来なかった。
「…行きましょう?」
この上なく俺を気遣ってくれる、優しい声なのに。
俺は返事が出来なくて。
ただ黙ってることしか出来なくて。
「…大丈夫、手術は無事成功したんだから…」
全てを中尉に委ねるしかなかった。
「―――貴方のことだから、責任を感じているんでしょうね…」
「…、」
詰まる息が肯定を示す。
「…責任を感じて…自分を追い詰めて、傷つけて…」
そしてその傷を一生塞がないようにして、生きる。
自分への戒めとして。
「…っ、」
中尉の声が痛々しく突き刺さる。
そうだよ、全部当たってる。
だから俺はその痛みを喜んで受け入れる。
そして一生背負い続ける。
それが俺の大佐に対する、一生をかけての償い。
今人生をかけて、母に…弟に、償っているように。
ただ、それが増えるだけ。
俺はそれでも全然構わない。
けど。
「でもそんなこと、大佐が望むかしら?」
「…!」
そんな声が俺の思考を遮って、俺は反射的に顔を上げた。
俺の前に立っていた中尉は、穏やかに笑って。
「…早ければ明日にでも目を覚ますそうよ」
そう言った言葉の最後の方を、少尉の声が遮った。
今行くわ、と言って中尉と少尉は病院を出て行こうとする。
「…っぁ、」
思わず立ち上がって一歩踏み出すと、中尉はふと足を止めてこちらを向いて。
「大佐が居ない今、私たちが全面的にサポートしなければならないの。だから」
私が聞いたことは、直接本人に聞いてみるといいわ。
「答えは、大佐にしか出せないから」
そしてまた微笑って、踵を返して遠ざかって行く。
その背中は凛としていて、羨ましいと思った。
その強さが欲しいと思った。
あんな人になれたら、と。
最小限の音でゆっくりと扉を開けた俺は、ベッドに横たわるシルエットを見詰めながら、後ろ手で扉を閉めた。
既に太陽の明かりはオレンジ色をしていて、窓から差し込む光が大佐の顔を照らしていた。
今だけ見れば、ただ寝ているようにしか見えないけど。
実際、布団の下には痛々しい傷が残っている。
「―――、」
まだ麻酔が効いていて目を覚まさないとは分かっていても、音を立てないようにベッドサイドの椅子に座る。
「……、」
階級を呼ぼうと口を開いたけど、言う前に閉じてしまった。
「――――よ…」
聞けない。
きっと言えない。
本人を目の前にすれば尚更。
俺は中尉みたいに強くない。
強く振舞って、自分を隠してるだけ。
兄さんは、強いね。
前にアルにそう言われたことがあった。
違う。
俺、強くなんかないんだ。
きっと誰よりも弱い。
助けたいって思うんなら、俺はあの時地に膝なんてつかなかった。
何がなんても大佐を支えて、一人ででも病院に運んでた。
なのに、俺はただ怖くて。
失うのが怖くて。
「……怖ェよ…俺…」
"まだ、終わりじゃないんだからね"
そう言ったエンヴィーの声が離れない。
まだ終わらない。
まだ続くんだ。
この、失うことに怯える恐怖が。
だってあれは。
あの夢は――――。
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05/09/13
思ってた以上に長くなりそうな確信を持ってしまった…。
ブラウザでお戻り下さい。