それはエドワードが夢を見る、数日前のこと。
広く長いそこには赤い絨毯が敷いてあるだけで、壷などと置く為に作られたであろう台座には何も置かれていない。
だか明かりだけは神々としていて、歩くに不便は無い。
そんな廊下を長い髪を靡かせた男が一人、足に黒い布を巻いただけの素足に近い状態で歩いていく。
と、向こうからコツコツ、とヒールの音を立てて、同じく髪を靡かせた女が歩いてくる。
女は男の髪よりもウェーブが掛かった分、軽い動きをしていた。
「あら、珍しいわね…一人で何処かへ行くなんて」
すれ違うより数歩離れて互いに止まると、女は問うた。
男が行こうとするこの先は、玄関しかないからだ。
「たまにはね、一人で遊びたい時だってあるんだよ」
男は軽く笑って返す。
「お父様に許可は得たの?」
「まさか。遊びに行くくらいで許可なんて必要ないし」
その言い分に女は片手の甲を腰に添えて。
「貴方の"遊び"はいつも過剰なんだから、少しは自粛しなさいよ」
後始末を手伝う私の身にもなってほしいものね、とため息を付いて女は歩き出す。
そして完全にすれ違うと、また止まって肩越しに男を振り返って。
「…何か、面白いことでも見つけたの?」
再び問うと、男はふふ、と少し肩を揺らして笑って。
「ちょーっとね」
オチビさんが面白いことになってるみたいだから。
男もまた肩越しに女を振り返って言った。
「…"人柱"には手を出さないんじゃなかったの?」
「オチビさんは別。それに、手を出すのは別な奴」
そう言ってにやり、と笑う男に、女は小さく息を吐き出して体を向き直すと。
「…程々にね」
「それは向こう次第」
女の言葉を軽く流して、ひらひらと手を振って男は長い廊下の先に消えて行った。
叙情詩 6話
「―――っ!」
びくん、と体を揺らして目を開けた先に見えたのは天井。
それで今目を開けている時は現実で、さっきまで見ていたものが夢だと受け入れた。
(…また…、)
また、あの夢。
心の中で呟いた言葉を口には出さなかった。
あの日。
大佐に抱かれた日の夜から、俺は毎晩夢を見る。
夢を見ると言っても、覚えているのは断片的なもので。
(俺と大佐が、二人で居て…)
汗ばんだ額を覆って、目を閉じて思い出してみる。
時間的には夕方。
人通りは無いに等しい。
その時俺は誰かに話掛けられた。
そいつの手には銃が握られていて。
気付いた時には銃弾がおれの横を通っていて。
「…っ、」
毎日見るようになったおかげで、目覚めは最悪。
眠るのも嫌になるくらいまでに俺を蝕んでいく夢。
けど三大欲求のうちの睡眠欲は、無意識に満たそうとするものらしく、いつも気付かぬうちに眠ってしまっていて。
そうしてあの夢で目を覚ますという繰り返し。
夢を見るようになって数日が経つが、嫌なことに毎日夢が鮮明になっていく。
(…そして今日は、)
振り返った先に、大佐が倒れていた。
「……っ、」
ぎゅ、と布団を握り締める。
今思い出したことは何でもない、と。
こういう夢、見る奴なんて大勢居るんだと。
決して正夢になんてならないんだと、自分に言い聞かせるように。
だが自分自身、どこかで思ってしまう。
徹夜なんて今まで何度も平気にやってきたことなのに、どうして最近に限ってそれができないのか。
それはつまり、何かが確実に起こるのではないか、と。
得体の知れない何かが、俺の中にあるんじゃないか、と。
(…何でマイナス思考にしか、考えが行かないんだ…、)
嫌な方向にばかり考えてしまう自分が、嫌になる。
「来てやったぜ」
テーブルに置いてあった『目が覚めたら司令部に顔を出してくれ』というメモ通り、エドワードはロイの執務室の扉を開け、開口一番に今の言葉を吐いた。
「思ったより遅かったな。根を詰めるのは良くないぞ」
「あーはいはい、」
そのやり取りは、体を繋げたからといってお互い何も変わらないということを語っていた。
勿論互いの内面には何かしらの変化はあったのだろうが、ロイは今仕事の目をしているし、エドワードもメモからこれは自分の国家資格を持つ者として来い、ということだと理解していたこともあり、今はいつぞやの余韻に浸っている時ではないということを互いの中で納得していた。
「で、何で俺は呼び出されたわけ?」
最近夢見が悪い所為か、どうにも気が荒くなってしまう。
自覚はあるが、どうしようも出来ないところにまできている。
幸いなことに、エドワードの元々の性格自体と近い部分がある所為か、ロイも変には思っていないようだ。
「あぁそのことだが、査定の方は順調か?」
「はぁ?」
まさかそんなことを聞く為に呼び出したんじゃないかという憶測が頭を過ぎるが、そんなこと家でも聞けることだし、わざわざメモを残してまで呼び出すようなことをこいつはしない。
「…まぁ、このペースなら期日までにある程度の余裕は残ってるとは思うけど、」
だからエドワードはこれは仕事の話なんだという理解の上で、従順に答えれば。
「ならば今日1日くらい、君を連れ回しても平気だな」
机に両肘をついて手を組み、笑顔と共にそんな言葉が帰ってきて。
「…ちょっと待て」
「何だ?」
「連れ回すって何だよ」
思いたくないが、まさか下らない事の為に呼び出したんじゃないかという憶測がまたエドワードの頭を過ぎる。
問うて勿論、とまた笑顔で返される前に先に規制してやろうと。
「俺は任務だと思って仕方なく来たんだかんな!誰がテメェの楽しい時間になんか付き合うか!」
仕方なく、を強調してバン、と机に両手を突きながら叫んだ。
別にエドワード自身、叫ぶほど楽しい時間とやらは嫌ではない。
だが事前に言ってもらって時間を作っておくのと、任務だと思って来てみたら実は下らないことで呼び出したんだと言われるのでは雲泥の差が、時間を貴重に使っている査定前のエドワードにはあるのだ。
帰る、と叫ぼうとするより先にロイから返ってきた言葉は。
「私は君と一緒に居られれば、全て楽しい時間になるんだが」
「あぁ!?」
この期に及んでまだ言うかと言わんばかりの言葉に、今の自分の感情を一言で返すと。
「まぁ普通は楽しい時間、とは言わないがな」
そう呟いて、机の上にあった書類の一枚をエドワードの前に翳して。
「残念ながら、任務だ」
今度は真剣な顔で言い切った。
「ったく、任務なら任務ってそう言えっつの…」
紛らわしい、と不貞腐れたように呟くエドワードにロイは。
「君ほどではないが、私も毎日根を詰めているんだ。少しくらい遊んでもいいだろう?」
まだ何処となく楽しそうに言う。
「だからって俺で遊ぶんじゃねェよ…」
そんな態度に呆れて叫ぶのも面倒になって、力なく言うとため息をついて、すたすたと先を歩く。
エドワードとロイは今イーストシティ外れの小さな町に来ていた。
さっきエドワードに翳された書類によると、この小さな町で怪奇現象に近いことが起こっているとのことだった。
だが実際市民に何かあったとか言うことではなく、ある夜見回りに出ていた一人の憲兵が何者かに刺され軽傷を負わされたらしい。
しかしその憲兵によれば、刺されたのは広場のど真ん中を通っている時で、刺された時直ぐに周りを伺ったが、誰かの逃げる気配もなかったし、調べても仕掛けの痕跡もなかったそうだ。
本来なら司令官が現場に足を運ぶ前にもっと調べられるだけ調べるものだが、その後も何人も同じ状況で同じく軽傷を負わされたことから、流石に足を動かさなければならなくなったらしい。
かと言って部下を大勢引き連れてきても意味はない。
それは分かるが。
「ところで何で二人で、しかも真昼間から来なきゃなんねェんだ?」
襲われたのは一人で居た時、更に夜だったと書いてあった。
原因を確かめるのなら、まず事件が起こった状況に似せることにあるということは、ロイ自身も分かっているはずなのに、何故。
「実はまだ調書として私の手元には来ていないが、昨日また事件があったらしい」
「!」
エドワードは足を止めてロイに向き直り、ロイもまた足を止めた。
「しかも今度は真昼間に拳銃で撃たれた。それも、二人」
「…、」
真昼間ということは、まだ人通りが多い時間帯。
そんな中で犯行を行ったなんて。
深刻な方に発展していることに、真剣な目でロイの話を聞く。
「その重傷を負わされた憲兵の一人が今朝方意識を取り戻したらしく、少し話を聞いたんだが……」
「何だよ」
間を置くロイに、急かすエドワード。
「いや、少しおかしなことを言っていてね」
「おかしなこと?」
「あぁ、怯えたように『男になった…、子供が、拳銃を、』と」
「…?」
「おかしいだろ」
「あぁ…」
エドワードは口元に手を添えて考える。
おかしな点がいくつかあるからだ。
凶器が刃物から拳銃に変わった点。
今の今まで姿を一切現さなかった犯人が、被害者に姿を見せた点。
それはまるで。
「…上を、動かす為…」
「鋼のもそう思うか」
「あぁ、」
ロイもエドワードも同じ結論に至ったらしい。
憲兵に的を絞っている時点で、既に憲兵を安易に動けない状況を作っている。
だから深刻になれば上が動くしかなくなる。
「てことはこの場合、大佐を引きずり出そうとしてるってわけか…」
「それは間違いないだろう。だが…」
だが肝心の犯人が浮かんでこない。
それが今二人を悩ませることだった。
「犯人がある程度特定できないと安易に動けねェしな、」
「それに凶器が変わったことから、どういう手を使ってくるか見当を付け難くなった」
「そして憲兵の言っていた言葉…か、」
今一番手掛かりになるのはその憲兵の言葉。
「怯えていたということは、言葉の順番が正しいとは限らないとしても…」
「並び替えても、意味が繋がんねェし…」
繋がるとしても、『子供が男になった』という部分だけ。
だがそれだけでは犯人は浮き彫りにならない。
「くっそー、何が隠されてるっつーんだ、…よ?」
「鋼の?」
ガシガシと頭を掻くエドワードが何かに気付いて頭を上げた。
ロイはエドワードの視線を追うと、少し向こうの人だかりの中から少年がこっちをじっと見ていることに気付く。
「何だ?あの子」
エドワードが呟くとほぼ同時に、少年はにっこりと笑ってこちらに歩いてくる。
互いに、何の疑いもなかった。
エドワードは分からないが、ロイはただ何故片腕を後ろに回して歩いているんだろうという疑問しかなかった。
そしてエドワードの目の前で止まると。
「兄ちゃんたち、この辺りで見たことないね。遠くからきたんだ?」
「え?あぁ、まぁ」
「そっか、この辺り今危ないから気をつけてね」
その言葉を聞いた途端、私は笑顔の裏に隠されたことに恐怖を覚えた。
「あぁ、ありがとな」
「…鋼の」
「あ?」
「離れろ」
「は?」
エドワードの腕を掴んで引けば、何だよ、と吐いて腕を振って私の手を振り解く。
だが私は再度腕を掴んだ。
(焦ってはいけない…)
何故気付かなかった。
この子供を見た時に感じ取るべきだったのに。
この子供が纏う気に気付くべきだったのに。
「ちょ、何だよ!」
分からないエドワードには口に出して説明するしかない。
だがいつ、この子供が先手を打つか分からない。
相手の手の内を知らない私たちは、先手に回れない。
「…例の事件…」
「おい、子供の前で、」
「市民には、公言していないんだ」
「…ぇ」
視野を広く保って、常に少年とエドワードを視界に入れておいた。
エドワードの動きが止まると同時に、少年は口の端を上げた。
私はそれを見逃さなかった。
「――そっか、そういえばそうだったね」
それに警戒して思い切りエドワードの腕を引いて自分の後ろに下げ、完全に向き直った形を取ると、少年はまた笑って。
「今度は気をつけるよ、マスタング大佐」
―――"今度"が、あればね。
そう小さく言って、隠していた後ろ手から、既に引き金に手掛けた状態で拳銃を見せた瞬間。
「…っ!」
私が少年に背を向けてエドワードを抱きしめたと同時に、銃声が響いた。
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05/09/05
今回の長編、ウロボロス組からはまたあの方に。
それにしても事件が薄いというか…。
ブラウザでお戻り下さい。