俺が教えてくれと請うてから暫く、大佐は何も言おうとしなかった。
でも、目は逸らそうとしない。
それがどういうことなのか、俺には分からなかった。


――また、分からないことが増えたじゃねェか…)


けど俺は、それも含めて大佐がこの間から溜め込んでいた答えを知ることになる。
今日、今。
ここで。




叙情詩 5話






「何故…」


君は答えを知りたいと思う?


「…ぇ…」


大佐が俺を見下ろしたまま言った。
少し俯いている所為で顔全体が影に覆われていた。
けど俺にははっきりと表情が読み取れる。
何処か苦しそうな、顔だった。


「大、佐…?」


そんな苦しそうな表情を、俺は初めて見る。
何なんだ?
ついこの間までのアンタは、何処行った?


「…しかもよりによって、こんな所で…ね…」


俺に気付かれた顔を覆って、あからさまにため息を吐いた。
それが俺の気に触ると向こうは当然知っていて、だ。


「何だよ」


そして俺が強気に出るのを見越して、大佐は行動を起こした。


「せめて此処じゃなければ」


そう呟いた表情は読めなかったが、着ていたシャツの第二ボタンを外すのは分かった。
いつの間にか軍服から私服に着替えたのかというのがふと頭を過ぎったけど。
第一ボタンさえ外していればそれなりに首元はゆったりしているはずなのに、何故外す必要があるのだろうという思考に頭が切り替わった。
そう思った時、既に遅く。
ベッドサイドを歩いた大佐の顔が、俺の顔の真上に来ていて。


―――自制、出来たのに」


とさ、と俺の腕の両サイドに両手をついて、ベッドに腰を下ろした。


「…、」


押し倒されたわけじゃない。
けど限りなくそれに近い形が視界一杯に広がった。
何すんだとか、何のつもりだとか。
そんな言葉が頭に浮かんできたけど、声になることはなかった。
ただ息を呑むことしか俺。
目を逸らしたいのに逸らせない俺。
けどそれはきっと。


「…君が、疑問に思っていること全ては、たった一言で答えることが、できる」


だがそれを聞いて君はどうする?
大佐の言葉に、俺は目を見開いた。
そんな風に、聞き返されるなんて思ってなかったからだ。


「私のこのどうしようもない感情を受け入れてくれるとでも?それとも知識のある限りの罵る言葉を浴びせて、私の前から消えるか?」


極端な選択肢。
俺じゃなくたって、そんなの選べるわけがない。
でもそれは大佐に余裕がないことを示しているんだと思った。
だって、辛そうな顔してんのに笑って言ってんだ。
これが、アンタの心の内に秘めてたものだったのか。


「…例えどっちつかずとの答えを言ったところで、私と同じ感情がない限り…私には全部ノーという答えにしかならないが」


苦しんでたんだ。
俺は恋愛経験もないし、それを悟れって方が無理だと言えば当たり前なんだろう。
それに大佐っていう百戦錬磨を相手にしてれば、尚更。
そんなアンタがこんなガキに、男に、俺に。
ここまで感情を露にしたってことがどういうことか。
分かる、って言ったらおかしいかな。
でも何か、分かるんだよ。
知って欲しそうな顔、してるから。


「…俺、…」


大佐は俺の返事を待ってる。
だから俺も、言わなきゃならない。


「…俺、よく分かんねェよ…」


言わなきゃと思ったところで、自分が大佐をどう思ってるのかはよく分からねェ。


「大佐は、大佐だし…俺にとってはそれ以上でも、それ以下でもねェし…」


たどたどしく紡ぐと、大佐は体を少し動かした。
それが体を退こうとしているんだと悟った俺は、それより先に。


「けど」


大佐のシャツを掴んだ。


「けどアンタが今、俺の上から退こうとしたところで、手を離すつもりはねェ」


言えば、大佐は驚いた顔をした。
でも直ぐに真顔に戻して、少し沈黙を置いて。


「……その言葉が…」


どういう意味か分かって言っているのか?


「…、」


ぎこちない頷きを大佐がどう思ったかは分からないけど、それが今の俺に出来る精一杯の返事。
流石に多少の羞恥心が込み上げてきた。
俺から誘ったんだという自覚があるから。


「…だったら、私はこの先には進まない」


けど大佐から返ってきたのは、否定の意。
その真意が分からなくて、思わず声を張ってしまった。


「っ何で、」
「私は一方的に君を抱きたくはない」
「一方的って、」
「そうだろう?返事が曖昧だ」


私は言った筈だよ、どっちつかずとの答えを出したところで、私と"同じ"感情がない限り私には全てノーになる、と。


「…っ」


穏やかな顔をして言った大佐の言葉が嘘だとは思わない。
けど。


「けどそれじゃ、俺の感情はどうなるんだよ…っ」


感情がアンタに近いものになっていこうとしてるのを、アンタはいらないっていうのか。
アンタに言われて気付きかけた感情を、なかったことにしようってのか。


「今を逃したら、俺、ずっとこの先の感情が分からないままで終わる」
「…鋼の、」
「そんなのは嫌なんだ」


ただ息を呑むことしかできなかったさっきの俺。
目を逸らしたいのに逸らせなかったさっきの俺。
けどそれはきっと、心の何処かで期待していたんだ。
この先を。


「俺は今、アンタとしたいって言ってんのに……っ、」


張った声の語尾は、大佐に飲み込まれた。
多分今の俺に言える最高の言葉だったのに、こんな風になるとは思わなかった。
そりゃ、目を見開かないわけないだろ。


「……っ急に、何…」


解放された口の第一声は文句。
余韻という言葉はもっと雰囲気のある時に使うもんだから、今は似つかわしくないとか思っていたら。


「嫌だったか?」
「ぇ…」
「私とのキスは嫌だったか?」


一体何なんだ。
けど、従順に答えるならば。


「嫌じゃねェ、けど、」


口を尖らせて言えばそうか、と少し笑って、また顔を近づけてきた。
そして大佐の体が、完全に俺の上に来る状態になって。


(あぁ、合図ね…)


一人納得はしたけど、何の合図かはやっぱりよく分かってはいなかった。














「っ、ふ、」
「…、」


行為を開始した時。
鋼のが分からないまま抱いていいのかと、手がぎこちなかった。
だが口付けて、首筋に唇を滑らせて。
肌に手を滑らせて、身体の至る所に赤いうっ血を残して。
何も知らない体を暴いていくにつれ、戸惑いが薄れていくのを何処かで感じていた。
どうでもいい、と。
ここまできたら止まるわけがないだろう、と。
なけなしの自制心が奥の方で言ってはいるが。


「…っぁ、…あ、っ…」


弱いところを舐めてやる度に上がる短い悲鳴が自制心を何度もかき消していくうちに、それも聞こえなくなった。
あとはただ鋼のの誘うままに溺れるだけだ、と自制心が欲望へと変貌を遂げた。


「…くっ…、ふ、…ぅ、…」
「…鋼の…」
「…っ、」


二つ名を呼べば、きつく閉じていた瞼へ伝えていた力を弱めて、ゆっくりと瞳を開ける。
濡れた金色の瞳が、この上なく情欲を掻き立てる。


「…声…抑えなくていいから、」


鋼のが銜えている生身の方の指を外そうとするが、首を横に振ってそれを許そうとしない。
だがこのままでは指が切れてしまう。
仕方ない、と心の中で呟いて、指を外して代わりに自分の口で塞いでやる。
当然塞ぐだけではなく舌を絡めて、口の中を柔らかくして声を出しやすくする。


「…っは、…はぁ、…ぁ、」


すると口を離しても鋼のは指を噛もうとはせず、込み上げてくる熱に従順に声を出すようになった。
それが頃合だと計って。


「…っんな、とこ、…っ!」


後ろを舌で解し始めれば、足の先をぴん、と伸ばして反応を返す。
それが嬉しかった。

正直、何処かで拒むのではないかと思っていた。
だが待て、という単語は聞き取れても嫌だ、という音はまったく聞こえない。
元々、恋愛事で嘘がつけるとは思ってはいなかったが、それでもこういうことになれば無意識と本心が出てくるもの。
いつ拒まれるだろうか、いつ突き飛ばされるだろうかという恐怖があった。
そんな感情は初めてだ。
誰かに拒まれることを怯えるなんて初めてだ。
私が知らなかった感情、それを君は教えてくれた。
そして君は私に必死に答えようとしてくれた。
半ば無理矢理に聞きだそうとした私に、真剣に答えてくれた。
曖昧でも、それが君の本心なんだと気付くのが遅かったが。
それでも、気付くことができて良かったと思うのは、小さいことだと君は笑うだろうか。


「…辛かったら、言いなさい…」
「…ぅ、え、…?」


嬉しさが先走るのを抑えてはいたが、そろそろ限界らしい。
鋼のが息を吐いた時を狙って、中に押入った。


――っ!」


ぎゅ、と痛みに耐えるように瞼が閉じられた。
私もきついとなると、鋼のも相当なものだろう。


「…〜、」


声にならない振動が繋がっている部分から伝わる。


「どうした…?」
「…っつらい〜…」


辛かったら、とは言ったが、本当に辛い、と言うとは思っていなくて。
その言葉がとても愛おしく思えて。


「…済まない…」
「ぇ…」


聞けそうにない。


「ぇ、…っっ!」


びくん、と跳ねる鋼のの身体を見て嬉しくなるのは、どうしようもないと思うが。
本当に、愛おしいんだ。





(こういう感情、何て、言うんだろう…)


貫かれる度、それが判っていく気がする。


(あぁ、そっか…)


これが、と。
はっきりと気付く直前、俺は意識を飛ばした。
次に目を覚ました時、忘れてしまうかもしれないけど。
ただとても満ち足りていたことは確かだから。
そう、大佐に言おうと思った。








その日。
エドワードが気付いたこととは別のものが覚醒したことに、エドワードは気付かなかった。
ただ分かることは。
不吉な夢を、見たということだけ。





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05/08/23
ようやく次から本題ですかね。


ブラウザでお戻り下さい。