何か色々考えてたら十七時なんて早いもので、結局捗らないまま再び執務室に足を運ぶことになった。


「…何だその顔は」
「…別に…」


ぶすっとした表情で何もないわけがないけど。
自覚し難い感情が大きくなっていく中、今の俺にはそんな顔しか出来ない。


「まぁいいさ、行こうか」


俺の肩をぽんと叩いて横を通り過ぎながら言った。
その素振りは普通そのもので、傍から見ればただ俺が一人で空回りしているようにしか取れないんだろう。
結局、何か色々してきたあの時の大佐は何だったんだろう。
あの日からと言ってもそれから会ったのは今日くらいだが、あの時のような強気な態度は全く見せない。
嘘だったんじゃないかって思えるくらいに。
でもそう考えると、振り回されたことになる。
大佐の嘘にまんまと振り回されたって思うと、何か惨めだ。


(…何なんだよ、本当…)


でも本心は聞いてないから本当かどうかも分からない。
確かめる術があるなら、知りたいと思う。
じゃなきゃ俺も、こっから先に進めないと思うから。
ただ先に進んだとしてもまた何かが起こるような気が、したけど。




叙情詩 4話






ロイの案内で自宅へと導いてもらったエドワードは、ロイが扉を開ける動作を待とうと一歩後ろで一端足を止めると。


「少し待っていてくれ」
「あ?」


そう言われ、呆気な表情を返した。
何でそう言われたのか分からなかったからだ。


「何で、」
「何で、って書類を渡すだけだろう?」


それなら玄関先でも出来る事だ、とは言わなかったが、それをエドワードに悟らせることはできた。


「あー、そか、」


何考えてたんだ俺、と少し恥ずかしい自己嫌悪に陥って心なしか暑くなる顔を逸らした。
家に入ろうとしていた大佐には見えなかったとは思うけど、一応。


(そうだよな、書類渡すだけだってのに、どうして家にまで入る必要があるんだか…)


それにしてもどうして俺は家に入ることを前提として考えていたんだ。
普通なら大佐が言ったように考えるのが妥当だ。
無意識に考えてたってことは。


(…心の何処かで、期待…してたのか…?)


俺が?
何で?
ああ、また結局そこに戻る。
大佐と俺との関係とか立場とか、大佐のあの行為の意味とか、それを嫌がらなかった俺とか、色々考えても結局最後に行き着くのは疑問。
答えが、出ないんだ。
何かが、邪魔をして。


「鋼の?」
「ぇ、あ」


また考え込んでしまったところを、大佐に呼び戻された。
はっと現実に戻った俺の前に差し出されたのは紙切れ一枚。
多分これを目の前に翳されなければ、来た目的を忘れてしまっていたところだ。


「どーも、」


受け取って視界を遮っていたものがなくなり、玄関の扉から家の中が見えた。
と、真っ直ぐの廊下にはダンボール箱がいくつか積まれていて、更にその上と周りに多くの本が見えて。
それに心惹かれないわけがない。


「何、あれ」
「あ?ああ、昨日届いた文献だが」
「新しいやつ?」


ここから見る限りでは、新しいものには見えないが念のための確認だ。
新しい文献にも勿論惹かれるが、古いものはそれ以上。
俺が探している賢者の石に関する情報は、新しいものより古いもの、絶版になったものなどに色濃く記載されている可能性が高いからだ。


「いや、分館に新しいものが多く入るから場所がなくなると聞いて、私が貰い受けたんだ」
「マジ!?」


その言葉待ってましたと言わんばかりのエドワードの目の輝きよう。
さっきまで悶々してた自分は何処へやら、文献のこととなると目が無いのは親しい奴なら殆ど知ってる。
この先のエドワードの行動を。


「なぁ、大佐は別に今日読んだりしないんだろ?」
「まぁいつでも読めるからな」


エドワードの満面の笑顔に、悟れないロイではない。


「じゃあ貸してくれ」
「それが人に頼む態度か?」


差し出されたエドワードの手をパシン、と叩いて言い返す。
ロイとしても流石にこれでは貸す気になれない。


「何だよ、結果的に借りれればその過程なんて別に気にすることじゃねェだろ」


しかしエドワードも頑固というか、この態度を変えようとする素振りは見せない。
だがこの態度は何かと言い争いのある自分だから、ということにロイは気付いていたりする。


「だが過程がなければ結果が生まれないということをよく覚えておくんだな」
「ぐ、」


そして言い争いの終わりはいつもエドワードが詰らせるのが相場なのだが。


(だがそれも飽きたな)


自分でも変な傾向ではあるが、甘やかしてもいいか、と思う部分がある。
今表に出ている上司の顔とは違う顔。
それを見せてもいいかと思う自分がいる。


「しかしまぁ、読ませる分には構わないが、な」


見下すような物言いの中に隠れる私の真意は分かるわけがないのだから、見せても何ら問題はないのだ。
尤も、私自身がその真意の全てを把握しきれているわけではないが。


「何だよ、まどろっこしいな…」
「読まなくても別に私は全く問題はないんだぞ?」


チッと舌打ちをするエドワードを横目に自分だけちゃっかり玄関へと体を収め、歓迎とは程遠い態度を扉を閉めようとしながら示して。


「読む、読むって!だから閉めんな!」


意地でも中に入ろうとガッと手を滑り込ませ抗議するエドワードの姿を見て笑いつつ。


(やっといつもの態度が戻ったか、)


と安堵して、扉を引く力を緩めてやった。
正直、考え込む姿を見ているのは辛い。
私のことを考えているんだと当たり前のように思い込む自分がいるから。
案外それは勘違いではないのだろうが、それは私が無理矢理埋め込んだものであって、鋼の自身が望んで考えているわけではない。
それに有無を言わさず押し付けた感情を、コレは何なんだと考えているだけであって。
鋼の自身の感情を考えているわけではないんだ。


(そんな、曖昧な部分で考えられるのは正直…な、)


あの時の私は感情のままに走ってしまった。
それを取り消すことはできないが、隠すことはできると思う。
だから可能な限り、私はそれを隠し通したい。
はっきりと言える勇気の無い惨めな自分を。
大切に思う、相手に。


「おーすっげ!これ十年前に絶版になったやつか!こっちは十五年前!」


目を光らせて積まれた文献を開いては閉じるエドワード。


「それにしてもこれ、どれも帯禁ばっか」


通りで見たことのない本ばかりだ。
それを貰う受けられるというのは流石国家資格を持つ大佐であるというか。
だが納得できない部分もある。


「つか帯禁にしても、何でこれを俺は分館で見られなかったんだよ」


貴重なものばかりであるとしても、国家資格を持つものなら申請すれば見られるのではないか、というのが納得できない部分だ。
そんなエドワードの言い分に。


「上には上があるということだ」
「あぁ?」
「いくら国家資格を持つ者でも、最高位に立っているわけではない」


つまり閲覧できない文献があったとしてもおかしくはないということ。
そしてそれをタダで貰える人が居るということ。


「んだよそれ、納得できねェ」
「それを特別に読ませてやってるんだ、今は納得しておいてくれ」
「しょうがねェな…」


すんなり引いたのは特別待遇に助けられたからだろう。
直ぐにまた選別を再開する。


「ところでさ、これ一度に何冊まで借りてっていいわけ?」
「は?宿まで持って帰る気か?」
「あ?勿論」


当たり前のような顔をしたエドワードに、ロイが驚く。
まさかそこで意見が食い違っているとは思わなかったからだ。


「君は一体何日、何往復する気だ…」


文献の量はダンボール箱にして数箱。
ロイが呆れるのも無理はない。


「だ、だってさぁ、宿代も勿体ねーし、アンタも面倒だし鬱陶しいだろうし…」


少し凄むあたり、一応言われたことを気にしてはいるんだろう。
ロイは呆れた表情を真顔に戻して息を吐き。


「宿代が勿体ないのならチェックアウトすればいい」


それに私は面倒でもないし、鬱陶しくもないよ。


「ぇ…」
「結論、ここに泊り込んで好きなだけ読めばいい」
「いや、でも」
「分館にも此処から通ったらいい。君がいた宿よりは近いはずだ」


そこまで良い条件と出されて、断れないし断る理由も思いつかない。
エドワードは何か引っ掛かる言葉があったが、それを考えるより答えを出す方が先のようだ。


「…んじゃぁ、世話になる…」


言い難そうに言うエドワードとは対照的に。


「了解した」


微笑みを浮かべて言った。
その微笑みは一体何を意味するのか、やっぱりエドワードには理解し難かった。














読むのならついでに整理を頼むと言ってから数時間後。


「鋼の」


廊下を挟んで反対の部屋の入り口から銘を呼んでも返事は無い。


「鋼の、」


日はとうに落ちているのに、エドワードがダンボールを持ち込んだ部屋、ロイの書庫には明かりは灯っていない。
ただドアは常に空きっぱなしではあるのだが。


「鋼の?全く明かりもつけないで…」


足を動かして書庫の入り口に立ってみれば、直ぐ右に胡坐を掻いたエドワードが背中を壁に預けて項垂れていた。
観察すれば頭は時折小さく揺れる。
ロイはしゃがんで体をエドワードと同じ高さに合わせ、ドア枠に腕を当てて顔を覗き込めば案の定。


「…君はこういうところで寝るのが好きなのか?」


金色の目が隠された顔は、何処か満足げで。


「私もこういう寝方をしないわけではないが…やはり客人には、ベッドルームを使ってもらいたいね」


そう呟いて、エドワードの持っていた本をゆっくりと取り上げ、きちんとしおりを挟んで閉じた。
それを床に置き、ロイは背中と膝の後ろの位置に腕を通し、抱き上げる。
以前は顔を近づけた時には起きたが、今回は眠りが深いのか起きる気配はなかった。


(…軽い…)


向かいの客用ベッドルームに運ぶ最中に思ったのはとにかくそれ。
機械鎧は結構重い作りになっている筈だが、それを含んでも軽いと言える。


(…この小さな体で、どれだけのものを背負っているのか…)


どれだけ大きなものを求めているのか。
体の大きさに似つかわないような大きなものを背負って、大きなものを求めて。
そう言ったら君の拳が飛んでくるんだろうが。


「…それを少し、分けて貰えたらと思うのはエゴだろうな…」


ベッドに下ろしながら言った言葉は。


―――何で?」
「…鋼、の…起きて…」


どうやら起こす気付け薬になってしまったらしい。


「何で、分けて欲しいとか思うんだよ」
「…、」


問われて、私は黙ることしかできなかった。
自分でも分からないうちに出てしまった言葉を、説明できる自信が無かった。
と。


「…またか…」


鋼のの呟く声。


「…?」
「アンタさ、答えってくれねェのな」


両腕をクロスさせて顔を覆って言った。


「答え…?」
「この前からさ、仮定を証明するとか…都合がいいとか…俺が聞いてんのに、答えようとしやしねェ、」


そんなんだから、俺もおかしくなるんだ。


「鋼…の…?」


おかしくなると自負しているように、確かに今の鋼のはおかしい。
言っていることが、らしくない。
だが何故か。


「戻って来てから、ずっとアンタのことばっか考える…考えさせられる…」


俺は査定のことをやらなきゃなんねェのに、考える余裕がないんだ。
答えが出さえすれば、集中できると思う。


「なのにアンタは答えをくれない」


だから俺も考える。
自分のこととアンタのこと。
けど結局出てくるのはまた疑問。


「…なぁ…」


俺はどうなってんだ?
何でアンタが頭から離れないんだ?
何で、こんなに考えちまうんだ?


「なぁ――教えてくれよ…」


両腕を下ろして、顔が露になる。
言っていることはらしくないのに、何故か強気な目。
おそらくただ純粋に求めているだけなのだが。
私は答えられなかった。
だがそれでも、目を逸らせなかった。
強固な金の瞳から。





next→


05/08/14
次辺りはあんな感じで。


ブラウザでお戻り下さい。