「え?明日?」
三週間イーストシティに正直嫌々ながらも滞在することになったその数日後の夕方。
宿に俺一人居たところに、宿主から電話だとノックされ、電話口まで降りて電話に出てみれば声の主は中尉だった。
『ええ、大佐が執務室まで顔を出してくれって』
「明日かぁ〜…」
『都合が悪い?』
「んー微妙…」
明日は国立図書館に新しい文献が大量入荷されるらしく、そっちに缶詰めようと思っていた矢先だった。
勿論、俺一人で。
アルはといえば、此処に来る前に見付けた情報を確かめてほしいと、そっちに向かわせた。
先日貰った情報が有力だということもあり、いい手掛かりを得られることも考えられるから、俺としても早く知りたいのが本音で。
それにアルも一緒に滞在したところで、東方司令部内の文献はとうに読み尽くしているから暇を持て余すだけ。
だったら情報を確かめに行ってもらった方が、と切り出せばアルも納得して、つい先程発ったばかりだ。
けど明日文献が入荷されると知ったのはついさっき、アルを見送った帰り道で、せめてもう一日延ばせばよかったと少し後悔していたところだった。
結構な量だと聞いたから、アルが居れば早く読み終えられて俺は査定の書類に手をつけられるのに、などと思いつつ、対応を続ける。
『だったら明後日と伝えておいた方が良いかしら?』
「んー…そうだね、その方が有り難いかも」
『分かったわ。じゃあ明後日ということで、宜しくね』
「うん、サンキュ」
キリ良く会話を終えて俺は受話器を置いた。
「あー…面倒…」
何が顔を出せ、だよ偉そうに。
こっちだって色々あるんだっつの。
「つーかそれ以前になぁ…」
あんなことがあったっつーかされた手前。
「普通、顔合わせ難いだろ…」
唇を尖らせて、本人に言えない文句を電話機に吐き出し、部屋に戻った俺は明日開館と同時に国立図書館に行こうと考え、早々とベッドに入った。
それに色々あった所為かこれ以上ないくらいに体が疲れていたらしく、目を閉じれば直ぐに眠りに入ることが出来た。
そして翌日。
まぁとりあえず明日は何事も無かったように装えばいいんじゃねェかなぁと思いながら向かった国立図書館東方分館で、聞きたくなかった言葉を聞いてしまった。
叙情詩 3話
「…中尉の話では明後日、と君が言っていたと聞いたんだが?」
「仕方ねェだろ、予定が狂ったんだよ…」
執務室の扉を開けて姿を見せてやれば、少し驚いた様子を見せた以外、あとは今までと何も変わらなかった。
それに少し安堵したのが本音。
尤も、そんなことはエドワードも外には出さなかったが。
平静を保ってどかっとソファに腰を下ろして。
「くっそ、何だよ今日になって文献入荷が明日って…」
そう愚痴を漏らせば、ロイはペンを止めずに。
「あぁ、国立図書館の東方分館のことか?そういえば入荷が延びたと連絡が入っていたな、昨日」
「昨日!?」
後付部分の日付に、エドワードは過剰反応を示して立ち上がり、大き目の執務机に駆け寄ってバン、と両手をついて問い詰める体制を取る。
「何だよそれ!俺聞いてねェぞ!」
「伝えてはいないからな」
しれっと言われて、この怒りを向ける先を確定した。
「教えろよな!俺がそういうのに敏感なの知ってんだろ!」
「流石に公共の文書で知らされたことを教える義理はない。それに何処でも手に入れられる情報をくどく言われるのは嫌だろう?」
「そりゃ、」
大人の余裕と言うのか、一回り長く生きている大人に上手く丸め込まれ、怒りを消された感じは納得いかないけど、言われているのは尤もだから反論できない。
そしてこのいかにも問い詰めています的な体勢を退けようか考えあぐねていると。
「しかし来るなら言ってほしかったな…」
ようやくペンを止めてロイが言った。
何で、と問えば。
「実は昨日、上から国家錬金術師に対する公的文書が届いてね」
ぎしり、と椅子を軋ませて椅子に深く体重を預けながら、引き出しから紙を一枚取り出してエドワードに差し出してきた。
「…何だこれ」
受け取った紙には、ロイの二つ名が書いてあり、その下に。
「…査定における訂正事項…?」
「そう」
ロイ曰く大きな訂正はないらしいが、これは国家資格を持つ者一人一人に宛てられたものらしく、勿論エドワードにもあるそうだ。
「で?」
「君宛のは自宅に置いて来てしまったんだよ」
「はぁ?」
おそらくこの文書は司令部に届くはず。
俺が来るのは此処って決まってんだから、引き出しに入れておけば俺がいつ来ても困ることなんてないのに。
「何で家に持って帰んだよ」
「昨日は自宅でも書類に追われてたからな、他のを持って帰るときに一緒に紛れて持って帰ってしまったんだよ」
大佐はエドワードの持っていた文書を取り上げて、また引き出しにしまう。
「今朝持って来ようと思ったんだがね、荷物も多かったし、中尉に聞けば君が明日でと言っていたから明日でいいかと置いてきたんだ」
頬杖をついて息を吐くロイに、エドワードは確信を突く一言を漏らす。
「…面倒だったんだろ」
「よく分かったな、その通りだ」
だがロイは別に何とも思わず肯定してにやりと笑うだけ。
何か嫌なものが含まれている気がしてならなかったが、とりあえず机についていた手を退け。
「つうことは明日も来なきゃならないってわけ?」
「君が仮眠室に泊まっていればこんなことにもならなかったんだがなぁ」
「聞けよっ」
話を聞こうとしないロイの態度に、また机に片手を置くエドワード。
と。
「それにしても何故仮眠室に泊まらないんだ?」
「あぁ?」
今度は逆に問われ、怪訝な顔で返せば。
「軍指定の宿ならまだしも、三週間も滞在するのに普通の宿じゃ金も馬鹿にならないだろうに…」
君が仮眠室に泊まっていれば文献入荷の訂正も、私が文書を置いてくることも無かったのに。
そう続けたロイの言葉の最後の部分はそっちの責任として置いておくにしても、尤もなことを聞かれたので視線をそらしつつ。
「だってよ、仮眠室って落ち着かねェんだよ」
東方司令部に来る度、ロイには司令部の仮眠室を勧められるのが毎回。
だがエドワードからすれば、司令部にずっと居座るとなると周りの視線が落ち着かないようで。
軍内部を私服で歩くのは東方司令部ではエドワード、と限られているので視線を集めないわけにはいかない。
無意識に目立つのは自覚が無いのでいいとしても、意識的に目立っているのがエドワードは駄目なのだ。
(…それに…)
司令部に泊まってたら、いつコイツと会うか分からない。
それは今一番避けたい。
会ったらまた何かされるんじゃないかって思うと、正直怖いと思う部分もある。
けど心の何処かに。
(それが起こったらどうしよう、とか仮定する自分も居る…)
それを考えるのが嫌だから、俺は此処には泊まらない。
勿論それは口には出せやしないけど。
「…そうか、まぁ寝心地が悪いのなら、な」
「だ、ろ」
落ち着かないという意味の修飾を寝心地と捉えたのか、そんな台詞が帰ってきたが、どちらにしろ隠した部分が伝わっていないのならそれでいい。
少し違和感を植えつけるような返事をしてしまったのは失敗したが、気付いていないらしいのでエドワードは特に気には留めなかったが。
「それは仕方ないにしても、文書だけは受け取ってもらわなければ困るな」
ロイの言葉に視線を合わせるエドワード。
「は?中身は同じなんだろ?」
公的文書ならば、全員に同じことが書いてあるはず。
だったら既に読んだ俺は別に文書を貰っても、それを貰う時間が無駄になる。
だが。
「中身が同じとはいえ、これは本人の手に渡らなければならないんだよ」
「どういう意味、」
「後々読まなかった、じゃ済まされないないようだからな。だから個人個人に渡るように二つ名が明記してある」
本来なら国家資格を持つ者は軍に属しているのが殆どだから、配属されている司令部宛てに送られてきたんだが、君の場合、根無し草ということもあって推挙人としての責任もある上司の私に送られてきたんだ。
そう続けて言った。
「尤も個人情報でもあるからな、渡らなければ上が困る」
「そういうことか…」
軍属ではないにしろ、軍の犬として掟には従わなければならないということを思い知らされる。
それが面倒なことでも。
「で?俺はどうすりゃいいの。明日また来いってか?」
「明日の予定は?」
「分館に篭る」
「なら今日中の方が都合がいいだろう」
「そりゃあ、な」
「だったらこの後私の家に来なさい」
「は」
聞きたくない言葉を聞いた気がした。
「今、何て…」
「私の家に来いと言ったんだ。別に今日は予定もないだろう?」
「そーだけど、」
残念ながら聞いた気がしたわけじゃなく、聞いてしまったようだ。
しかも俺ってば馬鹿正直に行くしかない状況を作っちまったし。
更に。
「だったら十七時にまた此処に来てくれ」
「は?今じゃねェの?」
「当たり前だ、まだ公務中なんだからな。だが今日は定時に上がって帰る予定だから」
つまり夜になるわけで。
何か、嫌な予感がする。
いや、でも何かされると決まったわけじゃない。
拒むことだって出来るし、機械鎧で殴ることだってできる。
(…あ、れ…?)
ふと、思った。
この間だって殴ることだって出来たんじゃないか、って。
拒むことだってできた。
それなのに何で俺は。
「鋼の?」
「ぅえっ?」
「何て声を出してるんだ…」
どツボにはまりそうだった俺を呼び戻した大佐の声に、ははは、と乾いた笑い声で誤魔化して。
「あーっと…つか俺はそれまで何してればいいんだよ」
今しがた、俺がどっか飛んでいたことを忘れさせるように、大佐に問うた。
「何って、どうせまだ査定には手をつけていないんだろう?やることなど山ほどあるじゃないか」
「く…」
まったく尤もな意見。
気に触る嫌味な笑みを浮かべられても返す言葉が無いのが悔しい。
「…資料がそろってない…」
「無くても書ける部分はあると思うが」
「…」
言い訳がましいことを言ってもやっぱり勝てないらしく。
「〜っ分かったよ!やるよ!」
半ば焼け気味に吐いて、俺は執務室を出ようと踵を返した時。
「十七時に此処、忘れるなよ?」
「わーってるよっ」
くどく言われたことに腹が立って、上司とか関係なく汚い言葉を吐き捨てて執務室を出た。
「…まさかこうなるとは思わなかったな…」
ロイは変わらず椅子に深く預けたまま呟いた。
「知識は少ないくせにガードは固い…」
さて、どうするか。
口に浮かぶのは笑みと思いきや、意に反して真剣な顔つき。
この間の開き直った、強気な自分は何処へ行ってしまったのか。
(好きだからこそ…)
嫌われたくないという意思がある。
躊躇わないと決めたものの、嫌われるのは怖い。
初めて、こんなに深い感情を持った相手なら、尚更。
(…らしくもない…)
だが会話をする度考えてしまう。
一歩間違って進めば、きっとこの子は手に入らないと。
キスをして自覚した限り、この感情を偽ることは出来ない。
ならただ感情に素直になるだけ。
そう思いはするものの、素直、とはどう示せばいいものなのか。
「私は…」
どうすればいい?
「あー…」
今更行きたくないなどと言える訳がない。
下心がないわけじゃないかもしれないけど、誘われた理由は尤もな理由。
断る術は俺に無い。
「せめてもう少し時間があれば、な…」
自分の感情がどういうものなのか、考えて答えを出せる時間が。
それは一日かそこらじゃ無理なんだけど。
「……くそ…」
自分が変わっていく気がする。
確実に、アイツの所為で。
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05/08/08
どんどん展開していこう。
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