資料室に響く独り言。


「この証明が出来るとなると、こっちも確定できて……あ、ここ何だっけ…あー…っくそ!資料が足んねェ!」


声を発するは、二時間近く前に此処の鍵を開けたエドワード。
比較的広い資料室は声が通り、誰も居ない室内に苛立ったわめきが聞こえ始めたのは一時間前。
そして机で報告書を作成していた筈が、資料探しの為の本棚と机の往復が億劫になったのか、出っ張っている窓と壁との落差のある部分に座り、本を下敷き代わりにそこで書き始めてから既に一時間近くが経過していた。


「あー!ったくどれだよこれに関する資料は!」


エドワードの居る周りには書き上げた部分の報告書と、それに使った資料が乱雑した状態で。
しかしその中にはまだ使っていない文献も含まれているらしく、仕方なく下りて漁り始める。


「くそ、あと少しなのに…今何時だよ…」


バサバサといらない資料を後ろに投げながら部屋に備え付けの時計を見ると、エドワードが資料室に入ってから既に二時間近くが経っていた。


「げ!あと十分しかねェじゃねェか!」


あと少しの量は十分でも出来るとはいえ、時間が限られているとなると人間焦るものである。
それを物語るようにエドワードの独り言には拍車がかかって。


「二時間て何だよ…!せめてもう三十分寄越せよな!」


そもそも定期報告の報告書は常日頃から書き溜めておくものが常識なのだが、エドワードの頭の中にはその常識が備わっていないらしく。
その上追い詰められた心中は正直な部分が出るというか。


「テメェだったらこれ二時間で終わんのかっての!」


今のエドワードには時間指定をした奴に対する怒りしかなかった。




叙情詩 2話






「…もう直ぐ二時間経つな…」


ロイは時計を見て呟き、ペンを置いた。
二時間前の自分の中での一騒動から正直仕事は捗っていないが、報告書の回収も自分の作った仕事の内。
そう言い聞かせて、執務室を出た。


(…それにしても)


先程自分の感情は何だったのだろうか。
鋼のに好意はあっても、それは能力を買っているという意味であって、恋愛感情ではない。
それにそれが恋愛感情に発展するとも思えない。
同性、そして子供という条件がある時点で、普通男としては既に越えようのない壁があるというのに。
不思議なことに。


(…鋼のには…)


それが感じられなかった。
それは最初からか、と聞かれれば曖昧になってしまうが、あの時。
押し倒した形になった時に、自分の中に言いようのない情欲が生まれたことは確かだった。


(…冷静になれば、あっさり自覚するものだな…)


そう、冷静に自分と向き合えばクリアに見えてくるのに。
あの時は、何も考えられなかったのだ。


(あんなに緊張したのは久し振りだった…)


押し倒すという行為をしたことがないわけはない。
それに事故という形で押し倒してしまったからといって、我を忘れるということはまずないだろう。


(…恋心を抱いているわけでもあるまいし…)


しかし敢えて言うなれば。
緊張、という表現は適切ではないかもしれない。
何故ならあの動悸が、緊張とは別のものだったから。


(それはつまり…)


私が、鋼のに恋愛感情を抱いているということなのだろうか。


(…まさか…そんなことが…)


だが自嘲気味に吐いた所で、自分でも確認した先程の感情を消せるわけがない。


(…私の中では、)


鋼のは最年少で国家資格を取った嫌味な天才でしかなく。
興味のあることに関しては凄い集中力を持っているところは買うが、定期報告の期日を忘れることが悩みの種で。
しかし嫌そうな顔はどうも私のからかいたいと思う部分を駆り立てるのか、ついからかってしまうことが癖になっていることは認めよう。
しかし反感を買い過ぎると手がつけられなくなるのが面倒であることは変わらないし、滅多に冷静さを欠かない私としては。
この子供にはそれ以上の感情を持つことなどないと思っていた。
思っていたのに。


(それ以上、というのはどれ以上なんだ…?)


気付けば、自分で作ったボーダーラインを超えていたのかもしれない。


(…恋愛には強い体質なんだがな…)


煮詰まった頭の熱を逃がそうと、はぁ、と大きな息を吐き前髪を掻き上げながら資料室の扉を開けた。


「…鋼の?」


扉を開けて直ぐ目に入る並んだ机の中にエドワードの姿はなかった。


「一体何処に…」


ふと視線を走らせると、綺麗に並んでいる椅子のうちのたった一つが乱れていることに気付き、エドワードが居たであろう形跡を確かめようと、その椅子の近くに寄れば、周りに落ちている本が数冊。
しかもそれは本棚の間に続くように落されていて。


「…?」


辿ると、本棚の間を抜けたその先の窓枠に収まっている体が一つ。
本棚の間の散乱も凄いが、エドワードの足元にある本と報告書らしき紙の散乱の方が凄い、というより酷い。


「…鋼の、」


足の踏み場がある部分まで近付き二つ名を呼ぶが、反応はない。
よく見れば、エドワードの左手と左足はだらんと力なく下がっていて、右手で抱えていたであろう本も、もう直ぐ落ちそうにとれて。
もしかしなくとも、眠っている。


「…疲れているのは分かってはいたが」


何もこんな所で寝なくとも。
そう呟きながら、散らばっている報告書を拾っていく。
数枚拾って内容を流し読みするが、通し番号がないため文章が繋がらない。
おそらく完成したのは時間ギリギリで、寝たのはつい数分前なのだろうが。


「寝るのなら報告が終わってからにしてもらいたいものだな…」


報告書はエドワードの足元にまとまって落ちていた。
それを拾うためロイは散乱した本を足で掻き分けながらエドワードの方まで近付き、しゃがんで書類を拾い、何とか文章を繋げて並び替え、報告書として完成させた。
中身を全部通して読まずとも、完璧なことは分かりきっているので、このまま上に提出しても大丈夫だろう、と完結してエドワードを見上げた。


(…寝顔…)


俯いているエドワードの顔は、下からよく見えた。


(こんなに、目を閉じているところを見たのは初めてだな…)


立ち上がり、壁に腕をつき少し屈んでエドワードの寝顔を覗き込む。
普段強がって粋がっている表情を見慣れたせいか、とても幼く見えた。


「…こんな子供に、ね…」


聞こえていないので口に出して呟く。
自分に、言い聞かせるように。


(…恋愛感情を抱いたであろうことは、認めよう)


だがそれは、まだ仮定でしかない。
押し倒したからといって、その時点で私はまだ感情を抱いたことには気付かなかった。
自覚がなかったからだけかもしれないが、私にはその気がなかったのだからどちらにしてもあまり変わらない。
自覚して仮定を証明してから、ようやく自分でも認められるものになると思った。
だから。








どさっ、という音と共に、自分の手から重い感覚が消えたことで、エドワードは目を覚ました。


「…、」


薄く開けた目には、まず日の光が差し込んで。
もう少し開けた目には、光を遮る何かが見えて。


「…っ!?」


そしてはっきり開けた瞳には、誰だか分からないが顔のアップが飛び込んできて。


「っ何だ!?」


咄嗟に顔の間に左手を入れて迫ってきた顔を突っぱねると、うっという何とも言えない声が聞こえて、よくよく突っぱねたままの顔を見れば。


「…大佐?」
「分かったのなら手を離してくれないか」
「あ、わり」


言われて反射的にぱっと手を離したはいいが、寝起きとして気になることが一つ。


「…あのさ、」
「何だ?」
「…何で顔、近づける必要があったんだ?」


それに、今でも近いと思うのは気のせいじゃない。


「あぁ、」


大佐は気付いていたのか、と言っただけで、突っぱねたまま宙を漂っていた俺の左腕を取って。


「お前は気にしなくて良い」


ただ仮定を証明してみようと思っただけだ。


「…仮定?」


それと俺に顔を近づけることと、更に俺の手を取ったことと何が関係あるんだろうか。
そもそも仮定ってなんだ。


「…つか手ェ、離せよ、」
「……」


言っても大佐は離そうとせず、俺の手を凝視するだけ。
何なんだ一体、とか思いつつもう一度文句を言おうと口を開き声を発するより先に。


「…左手でも、いけるか?」
「はぁ?」


大佐の意味不明な台詞の方が先で。
俺が気の抜けた声を漏らして、それを疑問に変えて問う形になったと思ったら左手を引かれて。
手の甲に口付けを落された。


「……―――っ!!?」


一瞬何が起こっているのか理解できなくて。
大佐が目を閉じて俺の左手の甲にキスをする、という行動を凝視していた俺だったけど、分かった途端にばっと手を引いて、下がれる所まで体を後ろに下げる。
と言っても、この場所では五センチも下がれれば良い方なのだが。


「な、な、何す、」


この際相手が誰にしろ、こんなことをされ慣れていない俺はキスされた部分を右手で覆って、どぎまぎしながらもこの真意を聞こうとするが言葉が上手く出ない。
自分で言うのもなんだが、何とも情けない。
そんな俺の今の状態を知っているとは思うけど。


「…やはり感覚が違うな…」


大佐はと言えば少し顔を顰めてまた意味不明の言葉を吐くだけ。


「だから何なんだ!!」


多分柄にもなく俺の顔は真っ赤になっていたとは思う。
けど大佐の言動と、聞いたことに答えない態度にいい加減腹が立ってきて叫んだ。
途端、大佐がまたずいっと顔を近づけてきて。


「…な、何だよっ」


起こっている顔ではなかったが、あまりに真剣な顔に俺は思わず押しを引かずにはいられなくて、顔を少し後ろに下げる。


「やはり、実際にしてみなければ駄目らしい」
「…アンタいい加減俺の問いに答えろよ…」


けど真剣な顔しても意味の分からないことを言われては、俺じゃなくても気が抜けるだろう。


「つーかどけ、って…」


言いながら、ようやく俺はまともに視線を合わせた。
それが、いけなかった。


「…ぇ…」


視線を合わせたことを、こいつはどういう風に取ったんだろう。
少なくとも、俺の予想の範疇を超えていたのは確かだと思う。


「…っ、」


咄嗟に目を瞑ったから、俺は大佐の顔は見なかった。
否、見れなかった。
だって、ここまで顔が近付いたらされることなんて。
キスしか、ねェじゃんか。


「…っ!」


分かってて。
そこまで分かってて。
数秒、甘んじてそれを受け入れてしまった自分が嫌だった。
この青い軍服を押し返せない、自分も。


「………証明、出来たのかよ…」


その、仮定とやらは。
俺は可能な限りの低い声で言った。
それは何故コイツが仕掛けてきたことにじゃなく、自分に対しての怒りでなのかは分からなかった。


「…いや、」
「な…」


その上、この返事だ。
俺に理解もさせず了承もさせずキスしてきたのは誰だよ。
これじゃただのされ損じゃねェか。


「…っテメェ!」


一度殴ってやらなきゃ気が済まない。
それも思いっきり。
だから右手を出したのに。


「っ!」


その右手は大佐の顔を殴れることはなく、ぱしっと気味のいい音を立てて掴まれて。
引かれて。


「……っ!」


さっきキスをされた瞬間、次なんて絶対ないと思ったのに。
その次が直ぐにやってくるなんて考えもしてなかったから反応が遅れて。
もう一度、受け入れてしまうことになった。


「…、っ、…」


何で。
何で今度は直ぐ、離れてかないんだ。


「…、…っ!」


早く終われと願って、俺は頑なに口を閉じていた。
それなのにコイツは、空いてる手で俺の口を開けさせて。


「…ん、んっ…」


舌を入れてきやがった。
広いように思えて狭い口の中で一生懸命舌を奥にしまっても、コイツはそれを引き出そうと奥の方にまで伸ばしてくる。


「ぅ、んっ…は、…っ」


一度引き出されてしまった俺の舌は、もう奥にしまうことは出来なくて。
ただコイツの良いように、絡まれるだけ。


(何で…)


何で、こんなことに。
何でこんなことを。
何で俺は。
動けない?


「…っは、…は、…っ」


解放されて、口から出るのは息ばかり。
キスが、こんなに息の上がるものだなんて思わなかった。
そしてこんなに、激しいものだとも。


「…っ、」


色んな意味で情けない自分を隠す為に、大佐を睨み付けた。
視線が絡まる。
が、大佐は俺がガンを飛ばすことなど何でもないように俺を見て。


(な…っ)


視線を逸らさないまま、ぺろり、と。
見せ付けるように、弧を描いて唇を舐め取って。
にやり、と不敵に笑って。


「…悪くない」
「っ!」


そんな行為と呟かれた言葉に、俺が耐えられるわけがなく。
ただ真っ赤になってすごむことしか出来なかった。


「…報告書は、確かに受け取った」


多分それに笑ったと思う笑顔を笑顔を見せて、大佐は体を引いて。


「ぇ、あ…」
「次は国家資格の査定だな」
「…あ!」
「その様子だと忘れていたようだな…」


今度は呆れ顔。
まるでさっきまでの行為が嘘のように。


「まぁそんなことだろうと思って、定期報告もこの時期にしておいてやったんだ」


散乱している本を時々踏んだりして、俺から離れながら。


「まぁ査定と言っても結局書類提出だからな。三週間もあればいいものが出来るだろう?」


時々振り返って。


「それまではここに入り浸れば良いさ」


そして。


―――その方が、何かと私も都合がいい」


そんな言葉を吐いて、出て行った。
最後、吐いた言葉の表情は見えなかった。


「っ何がだよ…!」


結局俺の問いには何一つ答えないで、意味深な言葉だけ残して去っていった。


「何が…何で…っ!?」


何で俺はキスされたわけ。
何で俺はキス受け入れたわけ。
何でアイツはキスしたわけ。
仮定って何だよ。
駄目ってなんだよ、悪くないって何がだよ。


「都合って…何の都合だよ…っ、」


そして俺は何一つ分からないまま。
赤くした顔を覆うしかなかった。














「…さて」


閉じた資料室の扉を背にして呟くロイ。


「この先はどうやって攻めるべきか…」


その顔には、無意識に笑みが浮かぶ。


(仮定は証明できると、今後それを正しい定説として使うことが出来る)


鋼の。
君はそれを知っているだろう?
それに私は。


(本気になると、手がつけられなくてね)


だから自覚して、証明できた今、躊躇うことなど何もない。


「私はもう、躊躇わないよ」


そう呟いて、今度は故意に。
唇を舐めた。








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05/07/30
大佐覚醒。
そしてロイ→エド的展開に行くのか行かないのか。


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