焔の錬金術師の称号を持つ、階級が大佐の軍人。
顔は良い方だとは思うけど、別に俺はどうとも思わない。
むしろ事あるごとに上手い理由つけて、面倒な仕事を押し付けていく部分が逆に考え物というか。
更に口を開けば嫌味と命令しか聞いたことがないこいつに。
最年少で国家資格を取った鋼の錬金術師。
興味のあることに関しては凄い集中力を持っている所為か、定期報告の期日を忘れることが大半で。
催促の使いをやればいつも嫌な顔をしてやってくる。
そんな嫌そうな顔が面白くて、ついからかってしまうのが癖になっている今日この頃。
しかし反感を買い過ぎると手がつけられなくなるのが面倒な部分と言うか。
滅多に冷静さを欠かない私としては、この子供には。
絶対好印象なんて持たねェ。
あまりいい感情は持つことはない。
そう思ってた。
そう思っていたのだが。
叙情詩 1話
「ったく、折角良い感じにいってたのによ…」
「定期報告の期日は前以って伝えていたはずだが」
大佐執務室に入ってきた途端、面倒臭そうな表情で執務机の前に置かれているソファにどかっと腰を下ろす。
そして座った途端にこの台詞。
実際エドの表情をするのは、定期報告の期日を三日も過ぎてようやく連絡がつき、六日目にしてやっと東方司令部に顔をだしたエドを目の前にしてのロイの方なのだが。
更にそんな態度で出られては、走らせていたペンも止めて、ため息も吐きたくなるのは当然とも言える。
(大方賢者の石の手掛かりについて有力な情報を自分たちで得て、早速その場に向かおうとした時に私からの催促を貰った、というところだろう)
それにしても何故こんなに態度が大きいのか。
「既に六日も過ぎて待ってやっているのはこっちということを忘れているわけじゃないだろう」
一応私が上司で、鋼のが部下で。
呼び出しても普通ははい、と一言目で返事が返ってくるはずが、鋼のの場合、三言目ぐらいに帰ってきたら良い方だ。
「タイミング悪く期日指定したのはそっちだろ」
「悪いが期日指定したのは君たちが情報を掴む前だ。残念だったな」
「〜〜、」
しかし大抵の場合、私の言い分の方が正しいので毎回やり取りの終わりは鋼のが言い返せなくなって終わる。
それが定期報告の際の茶飯事だった。
「すいません、大佐…今回は僕も忘れてしまっていて…」
「ああ、気にしなくて良い。悪いのは本人だからな」
「ンだと!?」
アルフォンスの言葉にさらりと笑顔で返せば、がばっと過敏に立ち上がり、執務机越しにロイに勢いを纏って迫るエドワード。
普通は銀時計を持つ本人が覚えている期日を、この兄弟の場合、実際覚えているのは弟の方で。
エドワードはといえば、自分にとってどうでもいいことは忘れる性質らしく、ロイにとっては公務であることも、エドワードにかかればさらりと忘れても良いことに変わる。
だから定期報告の期日を伝える時は、本来エドワード一人に伝えればいいことをわざわざ弟を呼んで、むしろ弟の方に言い聞かすように伝えている。
だが頼みの綱アルフォンスも今回ばかりは夢中になってしまったらしく、普段なら遅れても二日のところを今回は時間が掛かったらしい。
「ほら、兄さんも謝るの!」
むしろ兄一人が謝れば済む事だというのは、ロイもアルフォンスも思ってはいても口に出しはしなかった。
この状況で言えば、エドワードが暴れるということが二人には手に取るように分かったからで。
「まあいつもの事だしな、別に構わないが?こちらとしては報告書を出してもらえば事足りることだ」
兎にも角にも、既に六日も滞っていることを早く済ませなければならない。
「…それは一字たりとも書いていないことを分かってて言ってんだよ、な」
「当然だ」
さあ出してもらおうかと言う手を目の前に差し出せば、先ほどまでの覇気は何処へやら、目を泳がせ始めるエドワード。
「あー…猶予、ってのは…」
「忘れていてどの口が言うんだそれは?」
「うっ」
立ち上がったと思ったら、がっとエドワードの口を覆うようにして片手で両頬を掴むロイ。
その顔は笑っているが、目は明らかに笑っていない。
悪かったって!という声がロイの手の平に隠されて良くは聞こえないが、手を必死に外そうと躍起になるエドワードの表情に満足したのか、ぱっと手を外してやると、もがいて後ろに引いていた体がストッパを失い、エドワードの体は床に落ちる。
背中が床に付くのは免れたが、尻餅はついてしまった。
「ってーなぁ!急に手ェ離すなよな!」
一瞬走った痛みに、片目を瞑って眼を飛ばせば。
「何時間あれば出来る?」
「へ、」
思ってもみなかった言葉に、俺は思わず気の抜けた声を漏らしてしまった。
多分、目も丸くなってると思う。
「何時間あれば、三ヵ月分の報告書が書ける?」
「ぇ、え?三…時間あれば、多分…」
何か、びっくりしてる自分がいる。
だって今まで、こんな風に時間聞いてきたことなかったし。
何時もとにかく催促するだけだったから、驚くだろ、そりゃ。
急に気、使われれば誰だって。
(何か、コイツ変わった?)
そんな風にほんの少し良い方向に考えたのも束の間。
「よし、二時間だな」
「…はぁ!?」
さらっと首を絞められた。
三時間は俺の時間配分の中でギリギリのラインなのに、それを一時間も縮めて提示してきやがった。
「ふざけんなよ!二時間でなんて終わるわけ…!」
「出来るだろう、君なら」
前言撤回。
何か過大評価してくれているような言葉が聞こえたけど、今の俺にとってそれは、まぁ精々頑張れと半笑いで突き放しているようにしか聞こえなかった。
「出来ねェもんは出来ねェっつの!」
立ち上がって、執務机にバン!と鋼の手を付いて断言してやれば。
「出来ないんじゃない」
やる、んだろう?
「っ、」
にやりと微笑って言われた言葉に詰まって返せなかったのは、俺がいつも言ってる口癖だったから。
出来ないと言う前に、まずはやってみる。
それが俺の、何か難しいことを成す時に掲げるもの。
奇しくも、今回もそれに当てはまってしまうようで。
「…ってやろーじゃねーの…!」
それに追い詰められると逆にやる気が出るという性格に火がついてしまったからには、やるしかない。
そうと決まれば。
「アル、お前中尉と少尉に手伝い頼まれてたよな?」
「え、うん」
先程この執務室に入る前、用件が済んだら手伝って欲しいことがある、とすれ違ったホークアイとハボックに頼まれていた弟に、エドワードは真剣な目で。
「今回は俺一人でやるから、お前そっち行って良いぞ」
「鋼の?」
「え?で、でも二時間しかないんだったら尚更僕が居た方が…」
確かにアルフォンスが居た方が効率も上がるし、毎回手伝ってもらっているのなら今回もそうだろうと踏んで、おそらく大佐も二時間と提示したのかもしれない。
その仮説は当たっているのか、ちらっと大佐の方を見れば驚いた顔をしていた。
多分、一人では本当に厳しい時間配分になる。
けど。
「大丈夫だって」
大佐の柄じゃねェとは思うけど、俺が思うに、期待されたんじゃないかって思った。
だったら、柄じゃなく応えてやるってのも。
たまには、いいんじゃないかって。
「よし、そうと決まればアル、お前はとっとと手伝い済ませて来い」
帰ってくる頃には終わらせてみせるからよ。
と、にかっという笑みを見せて言うと。
「…分かったよ、でも無理しないでね?」
頑固な兄がこうと決めたら動かないことを知っているから、アルフォンスは大人しく受け入れた。
「それは約束出来ねェけどな」
エドワードはエドワードで、弟の言っていることが頑張れという意味を成しているということを知っている。
たった一回のやりとりで、色んな意味を含んでいるのがこの兄弟。
そしてそれが、誰よりも互いに近い存在であることを示しているんだと、ロイは知った。
(…?)
そう自分の中で理解した瞬間、今度は理解し難い何かが、自分の中に生まれた。
一番近い表現は、弟を羨んでいるんだと思われるが。
などと考えていると、すっと目の前に手が差し出され。
「鍵」
「鍵?」
何の、というロイの声より、エドワードの声が先で。
「資料室の鍵だよ。俺そっちでやっから」
まとめなきゃならねェのもあるし、とつけ加える。
「あぁ…」
エドワードが資料室に篭って報告書を作ることはいつものことで。
そういえば既に弟は出て行ったんだな、とロイも特に変に思うところもなく、引き出しを開けて取り出した鍵をエドワードに渡そうと、エドワード側まで歩いて差し出された手の上にまで持っていった、ところで。
「…二時間」
「あ?」
「二時間経ったら、取りに行くからな」
無意識に、そんな言葉を漏らしていた。
「はぁ?いーよ持ってくるし…」
それより鍵貸せよ、と怪訝な目で見てくるエドワード。
そんな目を見ながら、自分の言ったことを考えた。
(…私は、何を言った?)
そうだ、そんなことを言わなくとも、鋼のはいつも報告書を持ってくる。
別に取りに行く必要もないし、むしろ手間が増えるだけ。
それなのに、何故。
「おい、鍵!」
いい加減痺れが切れたのか、かざされたままの鍵をもぎ取ろうとロイの手に摘ままれていない部分に触れて引っ張った。
すると。
「え、」
「な、」
ロイが思いの他しっかりと握っていて、エドワードが引っ張っても取れなかった、のはいい。
だが、ロイが掛けられた力に一緒に倒れてこようなど、誰が予想しただろうか。
「ぅえ!?」
「っ!」
考え事をしていた分、ロイの反応は遅れ。
エドワードは反応していたとはいえ、覆いかぶさって来る自分より大きな体を受け止められるはずもなく。
「…ってー…」
エドワードはいい音と共に頭を床に打ちつけたが、幸いなことに無駄に高く分厚いカーペットが役に立って、目をぎゅっと瞑って衝撃に備えるほどの痛みはなかった。
この時ほど、この無駄に高価なカーペットに感謝したことはない。
「……済まない…」
ロイはといえば、エドワードに全体重を掛ける寸前で肘を曲げて、何とか覆いかぶさるという状態で事なきを得た。
もし手を付いていなかったら、重い軍人の体で小さな体を潰すところだった。
機械鎧を含んで言えば、体重は変わらないのだろうが。
「ったく、アンタが手ェ離さねェからだぞ…」
「だから謝って…、」
互いに不満を漏らしながら目を合わせた刹那。
今の状況を理解した。
「…な、んだよ…」
「…いや、…」
傍から見れば、ロイがエドワードを押し倒していること以外に取れないと思われる。
「…おい」
その状況は何故か私の思考を止めて。
「おい大佐、」
暫く、体が動かせなかった。
「おい!早く退けって!」
「え、あ、ああ…」
大きい声で言われ、ようやく我に返った私は体を起こし。
「ったく、時間ねェんじゃねーのかよ…」
そうぶつくさといいながら鋼のは私の手から鍵を奪い、ソファの影に置いてあったトランクを持って出て行った。
ということは目がそう捉えたので、脳には伝わった。
ならば私は仕事を再開しようと立ち上がればいいものを。
「…?」
分かってはいるのに、体が動かない。
まるで、何か衝撃的なことがあったように。
「…一体、」
何なんだ、と。
ぽつりと漏らして触れた頬は、熱を持っていて。
「…何だ…?」
おそらく鋼のが出て行ってから熱を持ったから、見られてはいないと思うが。
そんなことより。
(何なんだ私は?)
いい年をした大人が、あんな子供を。
しかも男を押し倒して、赤面するなど。
「…私は一体、」
どうしたというんだ?
「……あー…」
何だ、今の。
執務室を出て扉を閉め、確実に中の人物に聞こえないように吐いた。
(何か…心ここに在らずっつーか…)
大佐にしちゃ珍しい、と思った。
いつも憎たらしいくらい冷静で、何処まで心の内を明かしているのか分からないのが普通っつーのもおかしい言い方だけど、何かそれに慣れた所為か。
(今日の大佐は、変だった)
頑張れみたいなこと言ったり。
鍵をすんなり貸してくれなかったり。
押し、倒したり。
「……変だ…」
「何がだ?」
「っ!?」
資料室への廊下を歩きながら口に出していたらしく、独り言を聞いた誰かが問うてきた。
ばっと後ろを振り向けば、見慣れた顔が煙草を銜えて俺の肩から顔を覗かせていた。
「少尉…」
「何が変なんだ?」
「え、いや、別に!」
下手にボロを出して悟られるのもどうかと思い、俺は足早に去った。
けど今思えば、別に何を隠すこともなかったのに。
大佐似感化されたのかどうなのか。
「俺も、変だな…」
資料室を前にため息を吐いて、俺はノブを回し気付いた。
「あ」
報告書提出までの制限時間を。
「…何で顔が赤かったんだろうなぁ…」
ハボックは煙草を銜えたまま、そんなことを言っていたことを。
エドワードは知らない。
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05/07/28
まだプラス状態の微妙な感じ。
ブラウザでお戻り下さい。