「エドワード」
「なあに、かあさん」
一つ下の弟アルフォンスの遊び相手になっていたエドワードを、母トリシャは呼んだ。
アルフォンスに散らばっているおもちゃを一つ渡し、その弟を気にしつつ、椅子に座っていた母の太股に飛び込み。
「エドにね、お話があるの」
純真な瞳で見上げてくるエドワードに、トリシャは優しい声で言った。
叙情詩 序章
「おはなし?」
「…そう」
エドワードは目を輝かせてトリシャを見た。
その目に、トリシャは少し迷ったような表情を見せたが、幼いエドワードには分かるはずもなく。
「なに?おれききたい!」
トリシャの話す童話やお伽話が大好きだったエドワードは、ただ楽しみにトリシャの声を待つ。
自分の子供のことが分からないわけがないトリシャは、エドワードに。
「…今から話すことはね、楽しいお話じゃないのよ?」
「ちがうの?」
「…ええ、」
きょとんとした目に変わり、それでもトリシャの言葉を待つエドワード。
父ホーエンハイムの血を引くエドワードは、同年代の子供よりも脳の成長が早かった。
難しいことは理解できなくとも、重要な部分はしっかり加味して理解し、そしてそれを記憶している。
おそらくは、弟のアルフォンスにも同じことが言えるようになるだろう。
だから話す時期は、今しかない。
アルフォンスがまだエドワードのように言葉を理解していない時期。
近い部屋で聞かれていても、何も覚えていないだろうから。
そして、エドワードがある程度のことを理解できる時期。
大きくなって、覚えているか覚えていないかの瀬戸際の時期。
それが、今だった。
「いい?エドワード…これから話すことは、覚えていなくてもいいわ」
「?」
「ううん…覚えていて欲しくないの…」
「かあさん?」
沈んだ表情を見せるトリシャの頬に、エドワードは手を伸ばす。
幼いながらに、母が何処かに行ってしまうのではないか、そう思ったエドワード。
自我が完全に目覚めていないエドワードにとっては、無意識の行動だったと思われる。
「…大丈夫よ、お母さんは何処にもいかないから」
「ほんとう?」
「…ええ」
ふんわりと笑った微笑みには、それでも悲しさが何処かに残っていた。
それはこれから話すことを物語る、何かを想定しての表情だった。
「……お母さんはね、不思議な力を持っているの」
少しの間を空けて、エドワードの目を見て話し始める。
「…ふしぎな、ちから…?」
「そう、不思議な力…」
エドワードはその言葉に少し心躍らせたが、真剣な目になった母に気付いてそれは少し抑えた。
「お母さんの家系には、代々不思議な力が受け継がれるの」
その力は、一世代前が亡くなると次の世代に受け継がれる。
そして決まって、第一子に。
「うけつがれ…?つぎのせだい…?」
不思議そうにトリシャの言葉を繰り返すエドワードに再び、覚えなくていいのよ、と微笑う。
「覚えていなければ、自覚することはないのだから…」
それがこの力の条件。
自覚しなければ、はっきりと覚醒はしない力。
ただ微弱に、溢れてしまうことはあるけれど。
「だから、私は今、話すの」
エドワードが、この力に気付いてしまわないようにと。
この力に気付かないまま、次の世代に受け継いでしまえばいいと。
(無責任な、言い分かもしれないけれど…)
きっと私は、エドワードの子供を、見ることは叶わない。
そしてエドワードが成長する姿を、見ることは叶わないから。
「かあさん…?」
「この力は…」
エドワードが自分を呼ぶ声に重ねて、トリシャも声を発した。
「ある特定の人と能力を受け継いだ者の未来を、垣間見る力…」
それを私たちの一族は、"夢見"と呼んでいるわ。
「ゆめ、み…?ゆめを、みるの?」
「…そう、夢で…未来を見るの」
ただ、特定の夢を。
「辛い、力なの…」
「かあさん?」
目に、涙が溢れた。
こんな力があるが故に、この子を苦しめてしまうのかと思うと。
「どうしたの、かあさん」
「ごめんね…」
ごめんね、こんな力を継がせてしまうことになって。
ごめんね。
(ずっと、傍に居てあげられなくて…)
悲しみを、終わらせることが出来なくて。
貴方に悲痛な運命を、託してしまって。
翌朝。
「行って、しまうんですね…」
「あぁ…」
玄関でホーエンハイムを送り出そうとするトリシャの後方で子供たちがドアの影に隠れてこちらを伺っている。
それに気付いたホーエンハイムは。
「…言ったのか」
ぽつりと呟いた。
何を、とは口にしなかったが、トリシャには何のことかは分かっていて、小さく頷いただけだった。
「…どうせなら、言わない方が良かったんじゃないのか…?」
知らないままの方が、エドワードの為になるんじゃないのか?
ホーエンハイムの少し辛そうな声は、エドワードと、そしてトリシャを思っての声で。
「…いいえ…」
だがトリシャは首を横に振って。
「話さなければ、私の気が済みませんから」
そう言って微笑ったトリシャの表情は、やはり辛そうなものを含んでいた。
ホーエンハイムは居た堪れなくて、表情から視線を逸らして。
「…自覚はせずとも、誰かを愛してしまえば…目覚めてしまうんだろう…?」
「……」
それは、トリシャがエドワードには言わなかった言葉。
そう、"夢見"の力が目覚める要因は一つではない。
自覚する以外に、誰かを愛すること。
それが、"夢見"の力を目指せさせるもう一つの要因。
「…きっと…何処かで、望んでいるんです」
誰かを愛して、この力を目覚めさせてしまった時、私の言ったことを思い出してくれるんじゃないか、って。
「そして、あの子ならこの力を壊してくれるんじゃないか、って…」
「…トリシャ…」
「…一つだけ…この力を壊す方法があります…」
でもそれは、自分が命を賭けるということ。
「…私には、その勇気がなかった…」
だからこうして、貴方を見送ることしか出来ない。
「許して、下さい…」
顔を覆うと同時に、声に涙が混じる。
そんなトリシャの肩を、トランクを置いたホーエンハイムが抱き寄せる。
「私こそ、許してくれ…」
お前と、子供たちを置いて旅立つことを。
トリシャにしか聞こえない声で呟くと、トリシャはただ首を振り。
そして顔を上げて。
「…エドワードが力を知ったら、きっと貴方のところへ行くでしょう…」
その時は、全てを話してあげて下さい。
そう決意に満ちた声で言ったトリシャの後ろに、アルフォンスを抱いてこちらを見ているエドワードが居て。
「…分かった…」
視線が合ったエドワードはばっと首を逸らしたのを見て、ホーエンハイムは寂しく笑い。
「…子供たちを、頼む…」
「…はい、」
トリシャの返事を聞いてトランクを持ち、家を出た。
ホーエンハイムの背中を見送り、佇むトリシャ。
「…私の命は、もう長くありませんが…」
誰にも話してはいなかったが、自分の中に直せない何かがあるということを知っていた。
だから。
この命がある限りは、精一杯。
「子供たちに、尽くします…」
その言葉はホーエンハイムに誓ったのか、天に誓ったのか分からないが。
そんなトリシャの背中を、エドワードはずっと見詰めていた。
「…さん、」
誰かが、俺を呼んでいる。
「兄さん!」
「…ん…?」
「もー、何時まで寝てるんだよ…もう直ぐ着くよ?」
「あー…」
アルフォンスに起こされ、今列車に乗って居たんだと思い出す。
そうか、夢か。
「…何か、懐かしい夢見た気がする…」
「夢?あ、着いた。降りるよ兄さん!」
「おー」
アルが俺のトランクを持って先を行く。
二人掛けの椅子に横になっていた俺は、体を起こしてさっきの夢を思い出す。
幼い頃の俺は童話とかが大好きだったらしいけど、錬金術を知ってから、科学的で現実的なことばかりを追いかけるようになったって、母さんが言ってたっけ。
父が出て行ったのはもうはっきりとは覚えていない。
覚えているのはアイツと母さんの背中。
母さんの背中は寂しそうで、何処か。
辛そうだった。
何故かそれは、アイツが出て行ったことに全て当てはまらないような気がして。
(それに母さんが…何か、言っていたような気がする…)
夢なんて曖昧なもので、目が覚めたら重要な部分は全部飛んでしまうから、覚えていることは少ないけど。
ただ。
「兄さん!ほら、早く!」
一向に来ない俺を呼びに、アルが大きな体を窓から覗かせる。
「ああ、今行くって!」
たん、と床に足をついて、降車口から俺は列車を降りた。
「んー…」
と体を大きく上に伸ばして、俺は駅内を見渡した。
「久し振りだなぁ、ここも」
「もう三ケ月も来てないもんね」
「定期報告じゃなきゃ、最近は来ないからな」
そんな風に、イーストシティに来たことを噛み締め。
「じゃ、行くか」
「うん」
目的地である東方司令部へと向かった。
夢なんて曖昧なもので、目が覚めたら重要な部分は全部飛んでしまうから、覚えていることは少ないけど。
ただ。
覚えていて欲しくない、と。
そう母さんが言ったことだけが、脳裏に残っていた。
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05/07/25
父はアニメ設定の方向で。
相変わらず夢から始まるのが好きで(爆)
行き当たりばったりだと思われますがお付き合い下さいませ。
ブラウザでお戻り下さい。