『何でアンタが、それを言うんだよ…っ!』
何のことかと、思った。
『アンタは、俺の好きなアンタじゃねェのに…っ!』
君のその言い方は、まるで。
『代わりになんて、出来るワケねェだろ!!』
君の逢うことの出来ない人が。
『俺が、アンタを代わりになんて出来るワケねぇんだよ…っ!』
私に近いような。
いや全く同じだと、言っているように聞こえて。
それは一体どういう意味なんだと、思わず名を呼んでしまえば。
呼ぶな、と。
悲痛な声が返ってきて。
私の手を振り解いて行ってしまう君を追いかけることは、出来なかった。
「……」
今まで、あそこまで辛い表情は、見たことがなかった。
おそらく私が、開けてしまったんだろう。
必死に押し殺していた感情を。
涙を。
そんな表情を見た後だったから、夢なんて見たくなかった。
それでも夢の中の君は、変わらず笑っていて。
だが時々、少し沈んだ表情を混ぜるようになってきた。
それが一体何を意味するのか。
今、分かった気がする。
夢と現実が、交わり始めた。
それは、もう直ぐ終わるのだと。
夢の中の君が、現実の君との終わりを、暗示しているのだと。
だから私は聞きたかった。
私じゃない"私"のことを。
違う色の空の下 5
資料室からのやり取りから、一体どれ位経っただろう。
カレンダーを見て日付を確かめることなんて、とうに忘れた。
でも頭の中では鮮明に覚えている。
あの時、アイツが言った言葉の全てを。
暗記には強くても、ヒアリング能力なんて高くない。
けど、どうしてかあの時のことだけは、覚えてるんだ。
脳が、忘れようとしないんだ。
それだけ、影響が強かった。
あの声で、あの表情で言われたのなら、尚更。
それでも、月日は自然と流れていくもので。
研究は何の滞りもなく進んでいった。
ただ、アイツとはあの日以来、口も顔も視線も交わしてなんていないけど。
近い研究をしているといっても、根本はまるで違う。
この研究所に全く同じ研究をしている奴なんていない。
何人かでチームを組んでやっているところは別として、この部屋で研究している奴は大抵個人で、ということが多い。
期日までに成果を出して、それを目当ての研究会で発表して、良い評価をもらう。
それを目標に、皆研究を続けている。
勿論俺も例外じゃない。
だからあんなことがあっても、俺は次の日も普通に研究を続けていた。
ちらりと見れば、アイツも普通に続けていた。
あの日のことはきっと、お互い忘れてはいないとは思う。
でも、もう一度あの話題を出されたら、俺は何を口走ってしまうか分からない。
何をしてしまうか分からない。
縋って、大きな声を上げて泣くか。
殴って、もう俺に近付くなとブチ切れてしまうか。
俺にも、分からないから。
だから俺は、口も顔も視線も交わさない。
だからいつ何処で会ってしまう分からない昼休みは、埃っぽい資料室に篭ることにした。
資料室はこの間のことを思い出してしまうけど、会わないよりは良かった。
中庭じゃ、会う確立が高過ぎる。
そんなリスクを背負えるほど、今心は安定していない。
それに、今は空を見たくない。
煙の色をした、空なんて。
資料室に篭り始めて、暫く経った時。
その日、俺はいつものようにしゃがんで膝を抱えて顔を埋めて、本棚に背を預けて、小さくなって、何も考えまいと現実から逃げようとしていた時。
キィ、と、扉の開く音がして。
俺は引き戻された。
ふと、硬く閉じていた目を開けて、少し顔を上げて光を差し込ませれば。
窓から差し込んでいた光の先に、人が立っていることに気付いた。
ぎこちなく顔をそっちに動かして、体にそって顔を上げると。
真剣な顔をした、ロイが立っていた。
「…話が、したい」
そう言った声には、揺るぎない何かがあって。
多分、嫌だと言ったところでその場から動こうとはしないだろう。
俺が、こくんと小さく頷けば、ロイは俺から少し離れた所に腰を下ろして、同じように本棚に背を預けた。
「……この間のことを、聞いてもいいか?」
不思議と、心は落ち着いていた。
ついこの間まで、一体何を口走るか分からないとか思っていたのに。
時間が、俺に少し落ち着けるものをくれたんだ。
「…あぁ、」
普通に、言葉を返せた。
ぎこちない感じは、否めなかったけど。
「…代わりになんて出来ない、というのは…」
それは、私だから?
迷いのない口調だった。
その感じに単純に、俺は凄いと思った。
自分の言葉一つ一つに責任を持って、この間代わりでいいって言ったことも取り消そうとなんてしないで。
その言葉があった上で俺に聞こうとする、その強さが。
羨ましいとさえ、思った。
俺は責任を持つどころか、言葉にしようとすらしないで。
逃げて、ばかりで。
(…それじゃあ、何も始まらない…)
始まってもいないのに、切ることなんて、終わることなんて、出来やしない。
せめて、始まらせなければ。
(…言わないまま終わって後悔するくらいなら…)
変な顔されても、信じてもらえなくても。
言って後悔する方が、ずっといい。
「…何も言わないで、聞いてくれるか?」
俺は久方ぶりに視線を交わしてロイに言うと、何も言わず頷いてくれた。
「………ロイ・マスタング。地位は大佐。二つ名に『焔』の銘を持つ、国家錬金術師…」
それが、俺のいた世界での、アンタだ。
視線を交わしたまま言えるほどの自信はなくて、首を元に戻して、淡々と言った。
「俺のいた世界では、機械技術が主流じゃなくて、錬金術という化学が発達していた」
錬金術。
物質の中に存在している法則…流れを理解し、分解、再構築する…創造する技術。
「…俺が調べた限りでは、この世界では何百年も前に表に大きく出ないまま、滅んだらしいが…聞いたことくらいは、あるだろ」
勿論無から有を作り出せるような素晴らしい力じゃない。
質量保存と自然摂理の法則に則った"等価交換"が原則になっている。
そして大切なことは、人も物も全てが世界、宇宙のような大きな流れ…全の中の一つであって、だけど全はその一が集まって初めて存在しうるということ。
『全は一、一は全』…錬金術師はこれを理解することから始まる。
「基は違えど、これは機械技術でも言える事だと思ってる」
俺は、そんな世界で育った。
生きていた。
ぽつぽつと、それでいたはっきりと話す俺の話を、ロイは何も言わずに聞いてくれていた。
「…いつからか…ある特別な物質を使えば、等価交換の原則を無視して、人さえも甦らせることが…人体練成が出来るという伝説を聞くようになった…」
そんな伝説を耳にするようになったのは、既に俺と弟が、死んだ母を甦らせようと人体錬成を行った後だった。
「俺は錬成過程で左足を、弟は全てを、持っていかれた」
「…!」
「…二人がかりで一人を甦らせようとしても、無駄だった」
人の姿を、成していなかった。
錬金術において、人体錬成は禁忌だと知っていたのに、やらずにはいられなかった。
またあの幸せな日々が戻ってきてくれるんじゃないかって、思わずにはいられなかったから。
「…俺が十二歳、弟が十一歳だった…」
俺の我が侭で、まだたったそれだけしか生きていない弟の人生を台無しにしてしまった。
俺は必死になって弟の魂を鎧に定着させた。
右腕を犠牲にして。
「俺は死んだって良かった…けど、持ってかれたのは右腕だけで…還ってきてくれたのは、魂だけだった…」
「…それで、右腕と左足が…」
「…そう、義手と義足なんだ…」
右手をぎこちなく動かして見せた。
「……だから俺は、どうしても弟を元に戻してやりたかった」
その為に、俺は命を捨てた。
「…そしたら、俺は"扉"を越えて、この世界に来ていた」
錬金術師たちが錬金術を使うにおいて、質量保存と自然摂理だけでは説明しきれない部分がある。
それが、エネルギー。
錬成過程でのエネルギーはどこからきているのか。
「…錬金術師たちは、"扉"を開ける力を持っていて、その"扉"を開けて、この世界からこの世界の命を使って、それをエネルギーとしているんだ…と」
俺はそれを、知ってしまった。
「戦争が起きるときは、錬金術が多用されているか、誰かが人体錬成を行おうとしている…つまり、この世界は…」
俺のいた錬金術の世界の裏に存在する世界。
「…だから、向こうの世界とそっくりな人が存在しても、おかしくない…」
長い説明ののち、ようやくそこに至った。
「…それは知っていたけど、世界は広いんだし、絶対逢うことなんてないって…絶対逢わないんだって、自信さえあったのに…」
それでも、出逢ってしまった。
惹かれて、しまった。
「…俺がこうして研究を続けているのは、この世界の技術の中に、向こうの世界へ帰る方法があると信じているから…」
だから、俺はアンタに逢いたくなかった。
「…俺は絶対に帰って、向こうの世界で、弟と、皆と…」
アンタと。
「笑って、生きるんだって…っ…」
喉が熱くなってきて、視界が歪み始めた。
そして気付けば。
俺を、抱きしめてくれる温もりが、あった。
「…な…っ」
慌てて胸板を押し返そうとするが、より強い力で抱きしめられて。
「…どうして、そんなに、辛いことを…黙っていたんだ…っ!」
切な声が、聞こえた。
「……なん、で…っ…」
何で、信じるんだよ。
嘘じゃない。
今言ったことは全部本当だけど。
でも、信じて欲しくなかった。
馬鹿馬鹿しい、って軽蔑してほしかったのに。
科学者が何非現実的なことを、って馬鹿にして欲しかったのに。
俺から、離れてってほしかったのに。
「何で信じんだよ…っ!」
悲痛な叫びから直ぐに、ロイの声がした。
「君がここに存在することが、何よりの真実だから…」
嘘でも本当でも、そんなことはどうでもいい。
君がここにいるということが。
今の全てだから。
「……もう一度、言う」
私は、君の世界の"私"の代わりでも構わない。
「…っ!」
「…これは、私の我が侭なんだ」
君の傍に居たいと思う、私の。
「君は言ったことは本当になそうとするから…いずれ帰ってしまうんだろう」
だからそれまで、私を代わりにしてくれないだろうか。
「…っ駄目、だ…」
代わりになんて出来ない、しない。
そんな頑なな言葉が、壊れようとする。
「…好きだ」
「っ!!」
「好きなんだ」
「…っ」
少しの間でいい。
違う夢を、みさせて欲しい。
「……っ馬鹿か、アンタ…っ!」
そんなとこも、向こうのアンタと、そっくりで。
けど、違う一面も見つけてしまって。
現実しか見なかった向こうのアンタとは違って、こんなお伽話を、信じてくれた。
だから、だろうか。
腕を、回してしまったのは。
戸惑いと、まだ残る辛さと。
でもそれ以上に。
満ち足りた何かが、あった。
「……弟は、元に戻ったのか…?」
「……分か、んねェ…」
けど、元に戻ったって。
信じてる。
「…そうか…」
小さくそう言うと体を離して、俺の顔を覗き込んで。
微笑んでくれた。
こっちにきて、初めて見た顔だった。
何か、それが嬉しくて。
俺も思わず微笑んでしまいそうになった、瞬間。
「おい!エルリック居るかぁ?」
バン!という音と大きな声がして。
俺たちは反射的にばっと体を離して、立ち上がると。
「おーいたいた!って、何だロイも一緒かよ」
「あぁ、資料を探しててな」
ロイは焦りを隠そうと頭を掻く。
「って、それよりやったな!!」
「は?」
俺の方を見て一人盛り上がる同じ研究室の研究員。
何かと親身になってくれる、仲の良い奴の一人だ。
そいつがおめでとう!と言いながらバンバンと俺の背中を叩く。
「おい、肝心なとこが抜けてないか?」
「あ、悪ぃ、言ってなかったか」
ははは、と高らかな笑いをかます奴に呆れてため息を吐くロイだったが。
「エルリックの研究が認められたんだよ!」
「え?」
息を、呑んだ。
「良かったな!大出世だぜ!!」
「大出世って…」
「イタリアだよイタリア!!ほら、前、専門でやってる研究室に移るのが目標だっつってたじゃねーか!」
「あ…」
エドワードは目を見開いた。
「それだけ伝えようと思って探してたんだよ。じゃ、昼休みももう直ぐ終わるから戻るな」
「あ、あぁ…」
男は後で祝賀会でもやろうな!と嬉しそうに言って去っていった。
残された俺達に沈黙が突き刺さる。
折角繋がったものが、一瞬にしてまた解けていくのを感じた。
たった、一分かそこらしか繋がっていなかったのに。
一年以上かかってやっと繋がったものは。
一分という時間しか、俺たちにくれなかった。
一分の温もりだけ、しか。
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05/04/24
第一次大戦後、ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟崩壊するんですが、
まぁ第二次にも繋がるからいいかなって思ってイタリア(適当/爆)
次で終わります。
ブラウザでお戻り下さい。