相も変わらず夢をみる。
それは何故か、必ず光を背にあの少年が振り返るところから始まり。
「……」
必ず、列車に乗って少年が笑顔を残して去っていくところで終わる。
毎日起こることは違うのに、夢の入りと出が同じというのはどうなんだろう。
何度も疑問に思った。
だが、不思議と目覚めは悪くないんだ。
むしろ始まりと終わりが分かっているから、夢の中でもう直ぐ夢が終わるんだと知ることが出来ると考えれば、心の準備が出来て良いと思う。
が。
「…別に…おかしくはないんだ…」
そう、おかしいとは思わない。
例え同じ夢を見続けようが、始まりと終わりが同じだろうが、私はおかしいとは思わない。
だが。
「望んで、しまう…」
そんな自分は、おかしいだろうか。
所詮、夢は夢。
現実とは違う。
いくら多少容姿が違えど、同じ人物が夢と現実に存在するからといって、望むのはおかしいだろうか。
「…微笑って、ほしいんだ…」
ロイは額に右腕を乗せ、目を閉じて呟いた。
「現実の、君にも…」
毎日笑顔を見せてくれる夢の中の君と。
毎日辛そうな顔を見せる現実の君と。
それを繋げたいと思ってしまうのは、おかしいだろうか。
「…君は…」
君は、気付いているか?
初めて会ったときから、一度も私に笑顔を見せてくれないことを。
それは現実でエドワードと出逢ってから、一年が過ぎた、ある朝のことで。
今まで思ってはいたが、こう、ふと口に出したのは初めてだった。
「…エドワード…」
名前を、口にしたのも。
違う色の空の下 4
「資料を探してくるか…」
何時もより早く研究室に入ったロイは、昨日中途半端にしていた資料を探しに、資料室へと向かった。
大勢が集まる研究室に雑談が溢れかえるのは少なくない。
どちらかといえば静かな方が研究が捗るロイは、今朝の気の紛らわせも兼ねて、少し早い今日の公務を始めようと思いつつ、資料室の扉に手を掻けようとした時。
(…開いている?)
この資料室に機密が書かれているものが置いてあるわけではないので、鍵は付いていても掛けることはしていない。
ドアが、少し隙間を作っているのに気付いた。
「…?」
別に誰が居ても公共の場で気を遣う必要はないので、キィ、という扉の音を抑えることはしなかった。
ただ自分よりも早くこんな所にくる奴がいるのか、とは思ったが。
かといって一体誰がいるのか、気にならないわけではない。
資料を探すついでに、顔もみてやろうと視線を流しながら本棚の間を歩く。
そして何度か通路を曲がって、次の区画へ足を踏み出した瞬間。
「っ、」
思わず、息を呑んだ。
誰が居ると思うだろうか。
つい数時間前まで、夢に出てきていた人物が、居るなんて。
「…ぁ、」
流石に距離が短かったので気配に気付いたのか、エドワードは顔を上げて小さな声を漏らした。
しかし目が会った途端、顔は直ぐに背けられて。
「おはよう、ございます…」
「…おは、よう…」
少し、変な感情が湧きあがった。
ここ最近ようやく普通に話せるようになったのに、顔を上げないで喋るのは変わらない。
勿論、礼儀として顔を向けてする挨拶もこの場合当てはまる。
だが、別に気にしてはいなかった。
向こうから話し掛けてくれるようになったんだから、今はそれ以上望まない、そう思っていた。
昨日、までは。
「…やっぱり顔は、上げてくれないんだな…」
「………ぇ…」
「…っ!」
はっと目を見開いたところで、口から出てしまったものは戻らない。
(…今、何て、)
逆に私が、顔を合わせられなくなってしまった。
(エドワードが、私を見てくれているというのに…)
だがそう思うと何故か。
変な話、勿体ない気がして。
とにかく、と視線を、顔を、エドワードに向けた。
「……、」
するとやっぱり、エドワードは視線を逸らして、またあの顔をする。
何処か辛そうな顔を。
「……なぁ、」
何故君は、そんな顔をするのかな。
「っ、」
「…ぁ、」
その言葉は、口から勝手に出ていた。
訂正も出来たが、それは出来なかった。
(…ほら、またその顔…)
どうしていつも私にだけ、そんな辛そうな顔をするのか。
嫌われていると思えるのなら、どんなにいいか。
だが君のその表情は、明らかに以前とは変わったものになった。
なあ、君は気付いているか?
私を見れずに伏せる顔が、日に日に辛くなっていくのを。
(…だから、なのか?)
だから私の顔を見てくれないのか?
見れないのか?
(だが…それだけでは繋がらない)
辛いから見れないのだとしても。
だったら、何故そんな辛そうな顔を?
まるで。
「…私を通して、誰かを見ているのか…?」
「…!!」
目を見開くということは、当たっているのだろう。
それも、簡単に会うことが出来ないような。
そんな、表情。
「…何で、」
何でそんなこと、言うんだよ。
俯いたまま、辛い声を吐き出す。
「…何で、だろうね…」
何故だろう。
酷く、曖昧な部分が多過ぎる。
だが多分私も。
夢の中の君と、重ねているからだと思う。
そして少なからず。
「…君が、好きだから」
「――っ!」
顔を上げた君は、私から視線を逸らそうとはしなかった。
ただ固まっている。
信じられない、という顔で。
人は便利な言葉を持っていると、今日ほど思ったことはない。
曖昧な気持ちも、確かな気持ちも。
ひっくるめて、伝えられる。
だが伝えることと伝わることは別で。
「…俺が、アンタを通して誰かを、見てるって?」
は、と馬鹿にした笑いが漏れ。
「馬鹿じゃねーの」
「…な、」
「勘違いも大概にしろよ」
エドワードの顔は、真横に逸らされててよく見えないが。
「そんでアンタが俺を?」
迷惑なんだよ。
気持ち悪ぃ。
言葉ははっきり聞こえた。
私の今の全てを否定する言葉を。
「…っ」
誰も受け止めてくれなんて言っていない。
ただ伝えたかっただけだ。
伝わって欲しかっただけだ。
たったそれだけのことすら、許してはくれないのか。
「――っ!?」
腕が勝手にエドワードを引き寄せて。
顔が勝手に近付いて。
エドワードの唇に、自分もそれを押しつけた。
「―――っめろ!!」
唇はエドワードが自由な方の腕を突っぱねて離れてしまったが、掴んでいる腕は離さなかった。
「離せ、離せって…!」
「当たっているんだろう?」
「っ、」
エドワードの動きが止まった。
「君は私を誰かと重ねている」
「…っ違、」
しかしロイの言葉は止まらなくて。
「だから私の顔が見れないんだろう?」
辛いから、悲しいから。
「っ違う!!」
「代わりでも構わない!」
エドワードの叫びが終わらないうちに、ロイが言葉を重ねた。
「…ぇ…?」
聞き取れなかったのか、聞き間違いだったのか。
エドワードはもう一度と無意識に急かすと。
「誰と重ねているか私は知らない」
だが、簡単に逢えないんだろう?
だから君はそんなに辛い顔をするんだろう?
だから君が少しでも楽になるのなら。
「私が代わりになるのなら、私はそれで構わない」
君の近くに居れるのなら。
(君が、笑顔を見せてくれるのなら…)
それは、流石に口には出せなかったが。
「…君の辛い顔は、もう見たくないんだ…」
私の我が侭かもしれない。
けど、伝わって欲しい。
「……っ」
ロイはエドワードの返答を待った。
「…んで、」
「…?」
「何で、アンタが…っ」
聞き取れなかったんじゃない。
聞き間違いであってほしくて、聞き返したんだ。
「何でアンタが、それを言うんだよ…っ!」
自分の言葉に涙腺が刺激される。
「アンタは、俺の好きなアンタじゃねェのに…っ!」
「…?何を…」
困るのは分かるよ。
アンタは何も知らねェんだから、困るのは分かる。
けど、今言わずにはいられねェんだよ。
「代わりになんて、出来るワケねェだろ!!」
涙が頬を伝う。
エドワードは今まで以上に悲痛な表情をロイに向けて、叫び続ける。
「俺が、アンタを代わりになんて出来るワケねぇんだよ…っ!」
同じなんだ。
全部一緒なんだよ、向こうのアンタと。
探そうとした。
違うところを必死で探してた。
けど、探せば探すほど、見つけるのは同じところばっかで。
髪も。
顔も。
目の色も。
体つきも。
口調も。
仕草も。
性格も。
そして。
「…エドワード…」
声も、全部。
俺の知ってる部分ばっかで。
一緒で、同じで。
違うのはただ。
空の色、だけ。
「呼ぶな…」
「エドワード…」
呼ばないでくれ。
頼むから、呼ばないで。
縋りたく、なってしまう。
「呼ぶなっ!!」
ばっと掴まれている腕を振り、拘束を振り解いて、俺は逃げた。
多分、俺を呼んでたと思う。
けどもう何も聞こえなくて。
気付けば、俺は中庭に居た。
「…何で…っ」
空を振り仰げば、晴れ渡る空が広がっていた。
けど、ミュンヘンの空はスモッグで曇っていて。
俺が求める色は、くれなかった。
「何で、青くねェんだよぉ…っ」
晴れていても灰色の空。
その空を見たくなくて、俺は目を瞑った。
溢れた涙が頬を伝って落ちる。
涙はこんなに素直なのに。
俺は、素直になれない。
なっちゃいけない。
けど、思わずにはいられないんだ。
この空が青かったら、と。
next→
05/04/22
ここが一番書きたかった。
ブラウザでお戻り下さい。