心地良い風が吹き抜ける。


「……」


その風が、自分の中にも吹き抜けてくれればどんなにいいかと思う。


「……くそ」


晴れの日は必ず、気分転換にと殺風景なこの中庭に足を運んで、二つあるベンチの向かって左側に決まって腰を下ろす。
他の研究員達はこんな場所より今の時期は新緑の葉をつけた裏庭へと行くから、この時期ここは穴場になる、と誰かから聞いた覚えがある。
人が多い場所は、人の声が多過ぎて考えられない。
だから、俺にとってこの場所は有り難い。
筈なのに。


「…くそ…っ」


毎日、そんな言葉しか吐いてない気がする。
あの日から、アイツに会ってから、覚えてる限り毎日。
もう、数ヶ月が経ったっていうのに。


(…何で…)


慣れないのか、と自分でも思う。
言葉を交わすことも、顔を見ることも。
向こうの世界では、何を思うことなく自然とやっていたことが何で出来ないんだと。
多分。


「…同じ、だから…」


そう思わず呟いてしまった声を。


「何が?」


拾われてしまった。



違う色の空の下 3





「…アーサー、」
「同じって、何が?」


中庭と通路の間の柱に片手を軽く添えながら、半身を乗り出して俺に問う。
アーサーの目は、答えなければ何度でも問うてくるような、そんな目をしていて。


「―――夢…とね、」


上手く稼働しない頭を何とか回し、言える範囲で、分からない範囲でならと口を開いた。


「夢?」
「そ」


素直に返答されたことに惹かれアーサーは隣のベンチに腰を下ろした。


「正夢ってやつ?」


その動作を終えたアーサーに意味深な笑みを向ける。
向けられた側はその笑みに、これ以上は言わないという意思を感じ取った。


「エドの夢に、ロイが出てきたって?」
「それ以外何かある?」
「いや、ねェけど」


思いの他あっさり引き下がったことに、エドワードは少し驚いた。


「はは、何だよ、俺がアイツを避けてる理由を聞きに来たんじゃねーの?」


驚いて、思わず口から出てしまった。
こんな台詞、言うつもりなんてなかったのに。
乗せられた。
言った後、小さな声であ、と漏らしても遅い。


「あれ、分かってんだ?」


じゃあ聞いてもいいよな?
そう言われて頷く奴なんていない。
俺も、その例外じゃない。


(…言えるかよ)


そんな、非現実的なこと。


「…黙秘するってことは、俺を介して本人に伝わるのが嫌っつーわけね」
「…」


だんまりを続ける俺とは逆に、アーサーは言葉を止めない。


「…それは、お前がロイと初対面で目ェ見開いたことに関係あると取っていいってことだよな?」
「な…、」


奇しくも、言われたことと同じ行動をとってしまう。
いや、とってしまわずにはいられないんだ。
俺はあの時、出来る限りで平静を装った。
初めましてと、宜しくお願いしますと、ちゃんと言えたと思っていた。
けど、そんな所に落とし穴があったなんて。


「正夢になったからって、目見開くのは分かる」


けど、大抵それは一瞬で終わることだ。
ただの、正夢なら。


「が、お前のその後の行動も考えるとなると、話は別」


明らかに、それ以外に別な何かを意識している証拠だ。
夢の部分では繋がった。
あとは、エドの中にある根底が何か分かれば。


「…ばか、じゃねーの」


は、とエドは笑いを噴き出した。


「つーか、夢って言った時点で信じる方が変だろ」


普通はそうだろ。
夢と同じ人と会いましたーなんて、普通笑って流すもんだろ。
何で信じてるんだよこいつ。


「…そうだな、普通は笑うとこだよな」


でも、同じこと言う奴がもう一人いるんだよ。


「ぇ…」


にやり、という表現が一番適切だと思う、笑い方。


「どういう、」


寄りかかっていた背を伸ばして、アーサーの方へ体をずらすが。
アーサーは立ち上がって、俺を見下ろして。


「…それは、話の流れからして分かるだろ?」


だから、本人に聞きゃあいい。


「んなこと、」


言われたって。
面と向かうことすら躊躇われるっつうのに。


「…お前らはさ、話したらいいと思うぜ、俺」


心ん中で想ってたって、伝わらない。
願ってたって伝わらない。


「言葉は、そのためにあるんじゃねーの?」


ぐしゃぐしゃと、エドワードの頭を掻いて笑う。


「な、」
「言ってみろって、口説いてくれるぞー」
「はぁ?」


俺の抜けた返答で、ようやく手を離してくれた。
長い間好き勝手弄られた所為か、ポニーテールにした髪が原型を留めていない。


「んな馬鹿な…」


呟きながら手櫛で金髪ストレートの髪を直していて気付いた。
いつの間にか、真剣な話がどっかにいったことを。
こういう風に後くせなく話を終わらせるのが上手いと、心底思う。


「いや、アイツならやるなー絶対」
「何を根拠に…」
「マジな話さ、口説かれたらどうするよ」


ずい、と顔を詰められて、勢いから思わず頭を引いてしまう。


(…分かってねぇなぁ…)


口説かれる、なんて有りえないっつの。
俺が、絶対にそうさせないんだからさ。


(俺が口説かれたって、何の利点もねェんだよ)


あるのは、苦悩だけだし。
喜びとかいう、苦悩だけ。
そんなもん、味わいたくないから。


「…そしたらその時、考えるよ」


そんな言葉で、逃げるしか出来ないんだ。


「そっか」


折角、俺とあの人を繋いでくれようとしたのに、ごめん。
とか、言えたらいいのにな。


「じゃ、またな」
「ん、」


ひらひらと振った手の力を抜いて、重力に任せて腿の上に落とした。


(でも、嬉しかった)


明日会ったら、礼の一つでも言わなきゃな。
こうして一人でいるようになって、久し振りに笑った気がした。
笑えるようになった、気がした。


少し、心地良い風が吹き抜けてくれた気がした。











「…え、異動?」


次の日の夕方。
昼休みになっても来ないアーサーの事を聞こうと、ロイに話し掛けられた。
話し掛けられたことに驚いてたようだったけど、直ぐに表情を戻して話してくれた。
急に今朝、市内の別の研究室に異動になったことを。
ロイも今朝上から聞かされて知ったらしく、本人には会っていないらしい。
ロイ曰く、アイツはこういうことを言わないで行ってしまう奴だから、と笑ってたけど。
そう思うと、だから昨日、あんなに色々言ってくれたんかなぁって思う。


「どうした?」
「…え、いや…」


礼が言えなかったことに少し残念な顔をしていると、聞かれた。


「何か、残念、だと」
「そんな顔しなくても、距離は遠くないんだから会いに来るさ」


そういう奴だからな、とロイは笑った。





「今何処に?」
「あ?何時もの宿だけど」
「じゃあ会いに行く」
「何言ってんだよ、アンタ今イーストシティに居ないんだろ?」
「そんな顔しなくても、距離は遠くないんだから会いに行くさ」
「…顔は見えてねェだろ」
「分かるよ、君のことだから」







言葉は少し違えど、思い出してしまった。
だって何か、似てたんだ。
電話の向こうの、顔に。
勿論俺だって見えてなんかなかったけど。


(重なる)


重なるんだよ、ぴったり。


何で、ここに俺はいるんだろう。
何でアイツはここに居るんだろう。


何で、この世界でも出逢ってしまったんだろう。





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05/04/20
アーサーお疲れ様でした。
ようやく二人の世界に…なればいいな…。


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