こちらの世界に来てから数年。
夢を見ることは殆どなかった。
時々覚えてはいるものの、それは幼い頃の夢で。
別に、その夢は向こうの世界にいた時にも見ていたから、なんの違和感もなかった。
けど。


『―――…ード』


今日は何か、違った。
景色が、リゼンブールじゃない。
何処か威厳を感じさせるような、場所。


『……ワード』


俺が立っている位置から数歩先に、大きめの机がある。
そしてその先に誰か、居る。


『エドワード』


逆光で良く見えないけど、こっちを向いているんだと、思う。
向こうの世界で見慣れた青い軍服が、光に当てられてより鮮明な青を魅せる。
そして。


(この、声…)


聞き覚えがあった。


『エドワード』


何度も俺の名前を呼ぶ声。
声にはどことなく優しい音が含まれていて、そして、どことなく悲しそうで。


(…何で…)


顔が見えなくても、分かる。
そこに立っているだけで、声だけで。 アンタ、だって。


(でも何で―――)





「…何、で…」


何で今更、夢なんて見せるんだ?
この数年、全く見ることのなかった夢。


「よりによって、アイツの…」


別に、見たいなんて欠片も思ってなかった。
むしろ。


「…見なくなんて、なかったっつの…」


呟いてごろん、と横を向けば、目じりに溜まっていたものがベッドに落ちた。


「くっそ…」


女々しい。
だから見たくなんてなかったんだ。
人が必死に考えないようにして、向こうに帰ることだけを考えて、頑張ってんのに。


(…弱くなる)


顔も見てないのに、声を聞いただけで。
こんなに。
そんな想いをまた置く深くに沈めるために、俺は目をぎゅ、と閉じた。
それでも、涙は止まらなくて。


(…くっそ、何で、何で…っ)


何で、急に。
ロイの夢なんか。


エドワードはカーテンから漏れる朝日を遮るように、布団をかぶった。
それが、研究室を移って当日の日の朝のこと。
研究室でこちらの世界のロイに会う、数時間前のことだった。



違う色の空の下 2





「じゃあこのデータの近似値を取るの、頼んでいいか?」
「はい」
「あとこの結果は…」
「それはここに」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ俺、戻ってもいいですか」
「いや、まだ…」
「一応、自分の研究もあるんで」
「あ、おい、」


かといってエドワードは部屋を出て行ったわけではない。
ロイもエドワードも同じ研究室で研究をしているので、自分のテリトリーに戻っただけ。
ロイの行き場のない手が暫く宙を漂う。


「……」


近い研究をしている者同士では、先の会話のように部分的なことを頼むことも少なくはなく。
勿論ロイとエドワードの場合も例外ではない。
が、此処最近、ロイはエドワードとの会話後、良い顔をしない。


(私が何かしたか…?)


はぁ、とため息を付き、漂っていた手ともう一つの手を机にべたりとつけて、項垂れるロイ。
言いたいことが言えないもどかしさというか何というか、そんなものもため息には含まれていた。
全く見当違いのデータを取ってもらったわけではないし、頼んだことはきちんとやってくれる。
向こうには何の非もないので何も言い返せないというのもあるのだが、そういう問題ではない。
何というか。
態度が、気に食わない。


(…初対面で、何かやらかしたわけでもないし…)


そう、何かやらかしたわけでもないのに、エルリックの態度が他の奴と私とでは全く違うんだ。
他の奴には苦笑したり、愛想笑いをしたり、馬鹿笑いをしたりと色んな笑みを見せているのに、私には一切ない。
見せてくれるのは、無表情に近い冷めた顔と、嫌な顔だけ。
それに他の奴とは歳も離れているくせに世間話をしたりするのに、私とは必要最低限の、研究の話でしか言葉を交わしてくれない。


(…明らかに、)


嫌われているとしか言いようがない。


「はー…」
「何だぁ?ため息なんてついて」


ため息と同時に突っ伏した頭を、振ってきた声に反応させて上げれば、アーサーが白衣のポケットに手を突っ込んで前屈みになって、ロイの顔を覗き込んでいた。


「…何だアーサー」


研究はどうした、と言いながら前髪を鬱陶しそうに掻き上げれば、もう昼休みだぜ、という言葉が返ってきて。
周りを見渡せば、既に同じ研究室の奴らは昼食を摂りに出払ったあとだった。


「で?何かあったのか?」
「……別に」


少し間を置いての返答は、肯定している証拠。
それに気付かないアーサーではない。


「そんな表に出してて何かねェわけねェだろ」


言われて、考えた。
こういう場合、吐き出した方が少しは楽になるのではないかと。
ロイは体を起こして、椅子の背もたれに背中を預けて。


「…態度、がな…」
「態度?」
「…例の、十八の」
「あぁ、エドね」
「な…」


アーサーから出てきた名前に驚いて、ロイは思わず目を見開いてしまった。
何がって、その馴れ馴れしさに。


「エドがどうかしたのか?」
「お前、何でそんな馴れ馴れしく…」
「は?いや本人がそう呼べっつったから」
「…っ」


さらりと言われたことが結構重く圧し掛かって、また机に逆戻る。


「何だ何だ?」


わけの分からないアーサーはがしがしと頭を掻いていたが、ふとロイの先ほどの言葉を思い出して。


「あー、あれだ、エドの態度が他の奴と違うってことだ」
「……分かってるなら言って欲しくないんだが」
「はは、悪ぃ」


私がエルリックに同じ研究室の仲間以上の感情を抱いていることは知っている、と思う。
それもあって苦笑して謝るアーサーに苛立ちを感じるが、今は惨め過ぎて反論する気も起きない。
それは何よりの事実で、否定出来ないわけで。


「…嫌われているのか、私は…」


心の中で呟いたつもりが声に出していたらしく。


「さぁ、どうだろうなぁ」


アーサーが答えたことで気付いた。
が、分かっているんだから別に今更隠すことでもないので、取り消しはしなかった。


「ま、おかしいとは思うけどな、俺も」


ロイにしか見せない、エドワードのあからさまなあの態度。
それはロイとエドワードが初対面の時から始まっていた。
あの朝。
二人が始めて会った時。


(…おそらく、互いに気付いてねェんだろうな)


互いに、目を見開いていたことを。


(ロイはまだ分かんだけどな…)


肝心なところで自分を隠せない奴だ、聞いちゃいないが大方夢の人物にでも似てたんだろう。
ならエドワードは?
エドワードは何故目を見開いた?
もし、エドワードにもロイの夢のことに近いような何かがあるのだとすれば、あの態度に合点がいく。
あの嫌そうな態度は逆に考えれば、エドワードにとってロイが特別とも取れる。
それが何故ああいう形になって現れるのかは分からないが。
そもそも、この憶測が正しいのかどうなのか。


「…考えてても分からねェか、こればっかは」


目を伏せて普段は見せない真面目な面立ちを見せるアーサーに、ロイは疑問を感じて、どうかしたかと聞く前に。


「俺が聞いてきてやるわ」
「は?」
「いやほら、相談受けてる身としては、俺が率先してくのが筋だろ」


そんなことを言っているうちに顔つきはいつもの感じに戻ってきたが。
それに、とロイの方を向けば。


「…俺も、気になるし…な」


楽しむ様子は一切無く、研究に没頭している時の顔に変わっていて。
この顔に変わったときは、何を言っても聞かない。
折角の好意ということもあって、ロイは。


「…悪いな」


苦笑交じりの声と共に、頼みの言葉を吐いた。





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05/04/18
間が空いてすみません…。
一先ず区切りがいいので上げておきます。
それにしてもアーサーの位置が自分でも分からないんですが(爆)


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