「エド!エドワード!!」


どたどたという足音と共に、自分の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
それは目指すことは違うものの、この研究室で研究をしている、聞きなれた奴の声で。


「エドワードっ!」
「うっせェな」


聞こえてるっつの、と勢い良く扉を開けて入ってきた奴に、エドワードは呆れ声を漏らして振り返る。
視線と首は反応してやっているが、体と手はしっかり机に向かって研究を続けたままだ。


「何?」
「何だその反応。折角良いニュースを持ってきてやったのによー」
「反応とか持ってきてやったとか言われても…」


一番重要な部分を言ってもらってないのだから、こっちは喜びようがない。
こいつはいつも感情が先走って、肝心な部分を言い忘れる癖がある。
この場合癖というのかは置いておいて。


「その良いニュースの部分を聞いてねェし」


気になったというのもあって、エドは持っていた試験管を置いて向き直る。


「っと、そうだったそうだった」


はは、頭を掻きながら笑い。
そしてエドワードに持っていた書類サイズの封筒を手渡した。


「これが良いニュース」


一見、何も入っていないような薄さ。
持ってみてもその印象は変わらない。
が、覗いてみれば薄い紙が一枚入っている。


「…?」


摘まんで出して、文字の羅列の部分を見る。
と、一番最初に目に飛び込んできたのが。


「…研究室…異動…?」


の部分的に読み取った文字で。
よく読めば、何度かのエドワードの研究成果を評価して、ミュンヘンで一番大きな研究室に移らないかという誘いだった。


「…って、あの研究室の!?」
「そ、良いニュースだろ?」


良いも何も、これ以上のニュースはない。


「端くれ研究員の俺から見ても、エドの研究は凄いと思ったし、認められて当然だよなぁ」


すげーよホント、と言う、ニュースを持ってきてくれた本人を放って、エドワードは文面を何度も読み返す。
夢じゃないかと疑うように。
夢じゃないんだと信じるように。


(…夢じゃ、ねェ…!)


こちらの世界に来て二年。
この研究室に入って、一年のことだった。



違う色の空の下 1





某研究所のある一室にロイの声が広がる。


「新しい研究員が?」
「そ」


この研究所きっての情報通と言われているアーサーが、また新たな情報を持ってきた。
いつも何処から仕入れてくるのか疑問だが、私が気にしても仕方のないこと。
だが気にならないわけではなく。
特に今回のように新しい研究員が入ってくるという情報。
大きい研究所となると、大抵は他の研究室からの引き抜きによるということで、極秘に事は進められているはず。
この研究所にいる私たちでさえ、その件は前日か当日に本人と初対面にして知るというのに、一体どうやって調べるのか、そっちを研究しても楽しそうだ。
などと思うのは今に始まったことではないので、いつも思うだけに留まるのだが。
こちらとしても色んな情報を知れるのは、疎い私にとって有り難いことこの上ない。


「今度はどんな奴なんだ?」
「それがよ」


ロイに向き直るように椅子を跨ぎ、背もたれに腕をクロスして置くと。


「まだ十八のガキらしいぜ」
「十八ぃ?」


年齢を怪訝な顔でオウム返しすれば、アーサーは嘘じゃねェって、と自分の情報の真実味を主張する。


「いやお前の情報を疑っているわけじゃないんだが…」


研究員が入ってくるのは本当だろう。
だが、いくらなんでも十八という年齢は間違っているのではないかと思わずにはいられない。


「それ十分疑ってる範囲だろ」
「アーサーは本当だと思うのか?」


逆に問いかければ、頭を掻いて。


「そりゃあ耳に入れたときは疑ったけどよ」


曖昧な返事を返してくるが。


「けど、いつの時代も天才って奴がいてもおかしくはねェだろ」
「それはそうだが…」


努力型の天才はこの研究所にも多いが、生まれてこの方、天賦の才を持った奴は見たことがない。
自分も含め、いわゆる努力型の奴の才能が開花するのは、年齢からすれば中年と呼ばれる範囲になってからというのも珍しくない。
幸い私はある程度早く開花したらしく、二十五でこの研究所に引き抜かれた。
今言葉を交わしている同い年のアーサーも同時期に引き抜かれてきている。
私たちの時でも異例だと言われていたのに、十八というのはやはり。


「信じられない方が強いな」


きっぱりと言い放って、止めていた手を動かし研究を再開する。
が、自分の情報を信じられないと言われたようで納得いかないアーサーは。


「ま、明日になってみりゃ分かることだからな」


俺の言ってたことが本当だったら奢れよな、と言って立ち上がり出て行こうとする。
のを、ロイは焦ってちょっと待て、と引き止めて。


「明日?」
「あぁ、明日らしいぜ、来んの」
「……」
「それがどうかしたのか?」


別に急なのは今に始まったことじゃねェだろ、と振り返るアーサー。


「…明日私は居ない」
「は?あぁ、集まりがあるっつってたっけ」


気になるのに、リアルタイムで確認できないのは気分が悪いというか。


「けど嫌でも次の日にゃ顔合わせることになるから、我慢しろって」


アーサーの優位な笑みは、先に楽しませてもらうぜと言わんばかりのもので。
苛立ちを露にした笑みを浮かばせながら。


「ああ、間違っても研究会の方に行くから安心しろ」
「あー頑張れよ」


ロイが言えば、踵を返し、苦ともせずさらっと手をひらひらと振って返すアーサー。
と。


「あ、そういや忘れてた」
「何だ、まだ何かあるのか」


私は明日の準備で忙しいんだと早口に言うのを無視して。


「その新しい研究員の指導、お前になるって説が高いらしい」
「は」
「じゃ」
「な、オイ、待て、」


ロイが制止するのも聞かず、アーサーは出て行ってしまった。


「聞いていないぞそんなこと…!」


設備と環境は素晴らしいが、この研究所のやり方には時々ついていけない。
こういうことは流石に前以って言って欲しい。
というか、普通は前以って言うものだろう。
アーサーの情報が外れたことはない。
そしてこの研究室に入ってくるとなると、私が指導員となるのはまず間違いないだろう。
指導員というのは、新しく入ってきた研究者にこの研究所の決まりごとなどを教える役目。
相手が慣れてしまえばその役目からは解放されるが。


(私自身、教えてもらった時は結構な時間を有したからな…)


何百人という研究者たちを抱える研究所だ。
人数も多ければ守らなければならないことも多くなる。
指導員は大抵歳の近い者に回ってくる。
十八に一番年齢が近いこと、この研究室で一番若いのが私となると、私しかいない。
それにしても、相変わらず嫌な言い残し方をする奴だ。


「どうにかしろ、お前のその癖…」


ロイは完全に呆れて、大きなため息を一つ吐いた。











翌日。
一室にざわめきが充満していた。
それを特に制止することもなく、博士は切り出した。


「今日からこの研究室に配属になる、エルリックだ」
「エドワード・エルリックです」


フルネームを言った後、宜しくお願いします、と深々と頭を下げ、ポニーテールの髪が肩をかすめて低い位置に下りる。
周りの研究員たちのざわめきは、エドワードが頭を上げても止まなかった。
それもそのはず、殆どが三十から四十代の研究員たちの中に、僅か十八の奴が入ることになるのだから。
だが年齢だけではない。
長い金髪に金の瞳。
白い肌に整った顔だち。
中性的なものを感じさせることに、男たちばかりのこの研究室は落ち着きを取り戻せないのだ。


「今日は挨拶だけで、正式に配属されるのは明日からだ」


若いが、研究内容はお前ら以上のものを感じさせる。
資料として配布しておくから、明日までに目を通しておくように。


「以上、研究に戻れ」


そう研究員たちに言い放つと、エドワードを連れてきた博士は、また連れて研究室を出た。
研究室を出てから、ざわめきが奇声に変わった気がするのは気のせいだろうか。
けど慣れているから。
そう割り切って、博士の後に続いて暫く廊下を歩いていると。


「おはようございます、博士」
「アーサーか、捗っているか?」
「おかげさまで順調です」


前から歩いてくる研究員が挨拶をしてきた。
博士は軽く返した程度で、そのアーサーと呼ばれた人の横を通り過ぎようとした時、何かを思い出したように。


「あぁ、すまないアーサー、」
「何か」
「このエルリックを事務室まで連れて行ってやってくれないか」


急ぎの用を思い出してな、とアーサーの肩に手を置いて言った。
アーサーはちらっとエドワードの方を見ただけで、直ぐに視線は博士に戻し。


「分かりました」


頷いて、またエドワードを見た。
その視線は、さっきの研究員たちとは何か違う感じがして。
興味本位だけではなく、もっと別な。
どこか、楽しむような視線で。


「ではエルリック、明日から励んでくれ」
「あ、はい、」


博士はそう言ってエドワードの肩を軽く叩いて、来た廊下を戻っていった。
残されたアーサーとエドワードの間には、初対面ということもあって微妙な空気が流れていたが。


「じゃあ、案内するんで、エルリックさん」
「…どうも」


にこりと笑って促す様に上手い具合に流されて、エドワードはアーサーの後を歩き出した。


「エルリックさんは…」
「エドワードでいいですよ。どうせ俺の方が年下ですから」


後ろを歩いていたはずが、いつの間にか並んで歩いている。
顔は前を向いたまま苦笑して言えば。


「じゃあエドワードはさ」
「…はぁ」


いきなり馴れ馴れしくなって。
驚いたけど、そういうのは嫌いじゃなかった。
俺自身、堅苦しい言葉遣いは嫌いだったから。


(…何か、気ぃ合うかも)


そう思ったのも束の間。


「ホントに十八?」


何を聞かれるかと思えば。
少し呆気に取られたけど、素直に頷くと。


「いや、何かもう少し下に見えるから」
「……」


前言撤回。
気が合うなんてとんでもない。
別にそんなこと言わなくてもいいのに。
つかこれでも、全然伸びた方なんだけど。


「あ、気ぃ触った?」
「…まぁ」
「はは、悪い」


俺の態度に気付いて弁解するものの、心からの謝罪は感じられない。
俺の心は深く傷付いたってのに。
けど。


「俺こんな性格だからさ、ムカついたらムカついたってはっきり言っていいから」


けど自分の性格を分かってるだけマシだと思う。
案外、嫌な奴じゃあないかもしれない。


(…こういう軽い人、向こうじゃいなかったからな…)


向こう、はアメストリスの方にかかっている。
こっちの世界の方が、俺にとっては合っているのかもしれない。


「俺、エドワードとは研究室が違うから、研究中は話せないけど」


でも休憩入ったら、エドワードんトコにはアイツも居ることだし、遊びに行くからさ。


「…アイツ?」


引っ掛かった、人物を示す言葉を返せば。


「今日は研究会行ってていないんだけどな、あの研究室にはもう一人いるんだ。それがアイツ」


気になったけど、アーサーは明日になれば帰ってくるから分かる、と言って、事務室に着いたら自分の研究があるから、と行ってしまった。
アーサーの話では、色々と俺に教えてくれる役らしい。
とりあえず。
明日の楽しみも出来たってことで、俺は手続きを済ませに事務室へと入った。











「よ、ロイ」
「アーサー」


研究室へと向かう廊下を歩いていると、後ろからアーサーの声が聞こえて、ロイは足を止めて振り返った。
アーサーが追いつくのを待って、また歩き出す。


「どうだったよ、昨日は」
「失敗はしていない」
「何かあっさりだな」
「本心で聞いていないんだから、誠心誠意答えたところで無駄骨だ」
「お、分かってんじゃん」


ははは、と大きめの声で笑うアーサー。
朝からこのテンションには当に慣れた。


「で、今朝は私の反応でも見にきたってところか」
「勘が良いのは相変わらずってね」
「昨日散々私に興味を持たすようなことを言ってたからな、想像くらいつく」


結局アーサーの罠にはまったように、興味を持ったのは事実で。
実は今朝が少し楽しみでもあった、というのは絶対に言わないが。


「そういや博士から電話は行ったか?」
「あぁ、」


電話の内容はやはりというか、今日から配属される研究員の世話、もとい指導の件だった。
断る術はないので、大人しく引き受けるしかなく、頷いたわけだが。


「それにしたって夜中に電話はやめてほしい」
「あの博士、変なとこで常識に欠けてるよな」
「こっちは研究会帰りで疲れているというのに…」


それでも、夢は見る。
疲れていても、疲れていなくても、嫌なことがあっても、なくても。
必ず、同じ夢を見る。
それもここ一年近く、殆どと言っていいくらい。
あの、金髪の子の夢を。
普通ならば、ノイローゼになってもおかしくないと思う。
が、私の場合、毎日違うんだ。
出てくるあの子と、私は変わらない。
ただ毎日、起きることが違う。


(―――まるで、寝ている間にも別の世界で時間を過ごしているような…)


別に私はロマンチストでもないのに、そう思わずにいられないのは何故だろう。
それに何故か。
必ず同じ光景から始まり、同じ光景で終わる。


「んじゃまぁ、あの子見て疲れでも癒せよ」


アーサーが研究室の扉を開ける。
すると既に居た、人影が振り返る。
朝日が丁度逆光になって顔が見えなくなるが、それは一瞬のことで。
顔は直ぐにはっきりして。


「―――!」


私が見る夢は。
必ず同じ光景から始まり、同じ光景で終わる。
そう、今のように扉を開けると、人影が振り返って。
しかし逆光が眩しくて、私は一瞬目を細め、見えなくなって。
目がなれた頃、顔がはっきりしてきて。
あの子の顔がはっきりして。
だが何故だろう。


(…何、故…)


何故現実の今も。
同じ光景と、同じ顔を目にしているのだろうか。
夢の中と同じ、あの子を。





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05/04/07
思いの他アーサーが出過ぎてどうしたらいいか(爆)


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