昨日はいつもと変わらなかった。
普段通り朝起きて、研究室に篭って1日研究をして、家に帰る。
何時からそれを日課として続けてきたのかなど覚えていない。
別に、変わったところなどなかった。
なのに何故。




『……さ』


金髪の、三つ編みの、黒い服に赤いコートを羽織った人。


『…佐』


(いや、私の目線からだと、これは子供か…?誰だ…?君は…?)


名を聞こうと口を開いた。
が、口から出て行ったのは、問い掛けではなく。


『       』


それは私には聞こえなかったが、確かに発せられたもの。
おそらく、この子の名前だろう。
そうでなければ、この子がこんな笑顔を見せる筈がない。


『大佐』


大佐?


(それは私のことか?)


何故、私をそう呼ぶんだ?
私は誰だ?
私は、君の何なんだ?
一体君は――――誰だ?




「…君は…」


今度は自分の耳にも入った、自分の声。
寝起きから掠れた声だった。
それで私は、夢を見ていたんだと知った。


「……今のは…」


天井を見たまま、額に右腕を乗せて呟いた。
一体、今の夢は。
あの子供は。
あの笑顔は。


昨日はいつもと変わらなかった。
なのに何故。
急にこんな夢を見たのだろうか。



違う色の空の下 序章





日々文明が進化している今の時代、研究に明け暮れる奴がいるということは珍しいことではない。
戦争が増え、規模が大きくなっていく中では、何処の国よりも早く技術の進歩を極めたいが故に国が融資している研究所も少なくはない。
逆に研究者が増えているといっても過言ではない。
が、認められるものは数少ない。
その数少ない中に入れる人物というのは、紛れもなく実力と頭脳のある者である。


「何でだよ、何で駄目なんだよ」


ある家屋の一室に不満な声が響く。


「仕方ないだろうエドワード。実力があっても実績がないのなら認められない」


ここは、向こうとは違うんだよ。
そう言い聞かせるはエドワードの父親、ホーエンハイムだった。



エドワードがこちらの世界――エドワードが以前居た錬金術が栄えていた世界から、扉の向こう、と呼ばれるこの世界に来て、半年が過ぎた頃の会話。


こちらの世界に体が投げ出された時、機械鎧は手足に付いてはいなかった。
ホーエンハイムが言うには、扉を通り抜けたのは魂だけで、人が作り出したものは受け付けなかったのだという。
片腕片足がない体で生きていくにはどの世界でも辛いこと。
エドワードもホーエンハイムも機械鎧を作る知識はなけなし程度に多少はあるといっても、技術はない。
かといって諦めたのでは、この世界で生きていくことを諦めると同じ。
そう言ったエドワードの確固たる言葉にホーエンハイムも頷き、機械鎧と呼べるものではなかったが、義手義足を完成させた。
流石に上手くは機能してくれないが、その不便さにも多少なれた頃になって、エドワードはホーエンハイムに言った。


「向こうでは俺を認めてくれた!」
「向こうでは、だろ」
「っ、」
「…ここは、私たちが居た世界に近くても、同じではない」


現に錬金術も使えないし、機械鎧もない。
他にもどちらかと言えばこちらの世界の方が進歩している気がする。
それは錬金術とは違う部分で、だが。
エドワードだけではないが、元々錬金術師たちは科学の分野において秀でた頭脳を持っている。
そうでなければ"理解・分解・再構築"が出来ないからだ。
エドワードたちの世界は科学に秀でた人物たちを総称して錬金術師と呼ばれていた傾向があったことは、この世界と全く違うというわけではない。
ただ錬金術師という固有名詞ではなく、ただの科学者として呼び名が変わっているだけで、エドワードが今まで読んだこの世界の本を読んだ限りでは、科学に関して根本的な違いはないに等しい。


だったら、俺はこの世界でも俺の頭を生かせる。
研究していけば、扉を抜けられる方法が見付かるかもしれない。


そう思ったエドワードは、ホーエンハイムに相談したのだった。
だが返ってきた言葉は喜べるものではなく。


『…特例、というのはあまり好まれない世界なんだよ―――特に、女子供はね』


こちらの世界の厳しさをひしひしと感じさせるものだった。
錬金術には大人も子供もなかった。
ただ、力をもっているかどうかだけ。
それがここでは通用しない。
頭脳があっても、それを生かそうとする場がなければ、何も出来ない。


「…だからって…」


だからって、このままじゃ前に進めねェ。
自分から歩かなきゃ、何も変わらない。


「……頼む、親父…!」


エドワードは頭を下げた。
父親に、初めて。


「………」


こんな必死になった息子を見たのは初めてだった。
諦めた自分とは違い、この子は帰ることを望んでいる。
それはおそらく。


「…お前に、頼みごとをされるのは…これが最初で最後かもしれないな…」


ホーエンハイムははぁ、と折れて、気のせいか何処となく嬉しそうな声で。


「…つてを当たってみよう」
「っ親父…!」


ばっと顔をあげてホーエンハイムを嬉しそうに見上げ。
さんきゅ!と抱きついた。











「じゃ、行ってくる」
「あぁ、気をつけて」


ホーエンハイムが数少ないつてを当たってようやく見つけたのは比較的小さな研究所。
だが大きい小さいなどエドワードにとっては関係ない。
研究場所は小さくとも、研究ができることには変わりない。
それに研究成果の発表の場を使えば、自然と自分の名は広がってくれるはず。
それを拾ってくれるお偉いさん方に期待をするしか、今は手はない。
実力があっても実績がないのなら、作るしかない。
この世界の自分を、創っていくしかない。


「気をつけて、じゃねェだろ」
「?」
「この場合、頑張れ、とかじゃねーの?」


エドワードがにかっと笑って言う。


「あぁ、そうだったな」


確かにそうだ。
今から意気込んで行くのに、こんな控えめな送り出し方があるだろうか。


「頑張ってきなさい」
「……おう!」


労いの言葉は、エドワードには似合わない。
私が今出来ることは、エドワードに道を探してやることだけ。
その道を歩くかを決めるのはエドワード自身。
更に道を創っていくのもエドワード自身。
私はただ、笑って背中を押してやるだけ。
この明るいとは言えない、スモッグにおおわれた空の下に。











「おはよう、ロイ!」


ばつん、と液体の入った試験管を持っているのを知っていて背中を叩くのは、こいつの毎朝の挨拶だからもう慣れている。


「っと、」


はずなのに、今日は違った。


「何だぁ?ぼーっとして」


叩いた相手、アーサーも私が慣れているのを知っていて叩いてくるのだから、いつもと反応が違うことに気付いたらしい。
だからといって、話す義理もない。


「…別に」


しれっと言ってはみたものの、アーサーのことだ。


「んだよ、昔っからの仲だろ?話してみろって」


こう言うに決まってる。
昔からの仲だから何だというのはこの際置いておいて。


「……夢を見た」
「夢ぇ?」
「あぁ」


正直、誰かに言いたかったから別に嫌悪感は生まれなかった。
ロイは試験管を置いて、少し下がってきた眼鏡を右手中指でつい、と上げ。
向かっていた机に背を向けて寄りかかり、昔馴染みの研究者と向き直ると。


「…今まで見たことのなかった、な…」
「何だそれ」
「…私にも、良く分からない」


だからこそ、気になる。


「具体的には?」
「それがうろ覚えでね」
「ふーん…夢は願望が出るってーけどな」


同じ白衣を着た目の前の奴は、そこらにあった試験管をひょいと掴んで中身を回しながら言った。


「願望、ね…」


アーサーはそう言うが、おそらく違うと思う。
どちらかと言えば、夢の相手に望まれているような。
そんな気がして仕方なかった。


だがその夢と、現実が交わることはないだろう。
夢に出てきたあの子が、目の前にでも現れない限り。





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05/04/02
ロイはロイ・マスタングのままで。年齢も変わらず。
そしてアーサーという名前に関してはそんな気にしないで頂けると有り難い…。
最後までお付き合い頂けると幸いです。


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