「エドー」


家に甲高い声が響く。


「エドー?」
「エドならさっき『ちょっと出てくる』って言って出てったよ」
「えー?」


大きなダンボールを抱えて左右を何度も行き来しながら、聞こえてきた祖母の声に不満の声を漏らす。
そんな孫に機械鎧の部品を組み立てつつ呆れる祖母。


「そんな声出すんじゃないよ」
「だってー、今日中に部屋片付けなきゃいけないのにー」


しつこく文句を漏らす孫に、ふぅ、と息を漏らして。


「仕方ないだろ?今日は…」
「え?あ…そっか…」


最後まで言わずとも悟ったのか、ダンボールを置いて。
祖母もまた、部品を組み立てる手を休め。


「そっか、今日は…」


ウィンリィとピナコは窓枠から見える四角い空を眺めた。



月凪 22





「よし、綺麗になった」


エドは濡れた布で墓石を拭いて、何度も上下させていた右手を止めた。
握っていた布を落とし、綺麗になった墓石の前に青空に映える、色とりどりの花束をゆっくりと置き、墓石に刻まれた名をじっと見つめた。
石には、トリシャ・エルリックと刻まれている。
他ならぬ、エドの母の墓である。


「…去年までは、まともに来ることもなかったからな…」


しみじみと呟く。
母が死んで、もう何年になっただろう。
忘れるわけがないのだが、もうぱっとは出てこない。
最後に此処に立ち寄って、色々と報告したのが確か三年前。
気が付けば俺は、十八になっていて。
あれから切らずに伸ばした髪は、高い位置でポニーテールにしても背の真ん中を越える位まで伸びた。
その三年の間に、沢山のことがあったんだ。
そう、母に報告するように、思い出し始めた。


膝を付いて屈んでいた体を、膝に右手をついて起こし、墓の前になおる。
右手はもう、機械鎧ではなかった。





俺たちは半年前、人造人間との死闘の末、手に入れた賢者の石を使い、人体錬成を行った。
自分たちの知識の全て、そして今までしてきた旅の集大成を一つの錬成陣に込め、俺たちは両手を合わせた。
目の前にいたアルの次に見たのは、まばゆい光の向こうにいた、俺がかつてアルの魂を錬成した時に見た"真理"。
"真理"が扉の前に座り、俺の方をじっと見ている。
ふと。
隣にアルの姿がないことに気付き、辺りを見回していると、"真理"は口元だけであざけ笑っているではないか。
俺はそれに怒りを覚え。


『…弟を何処へやった』
"よぅ、久し振りだな。待ちくたびれたぜ"


噛み合わない会話が、益々エドの怒りを煽っていく。


『何処へやった!』


俺たちは"代価"を払って此処に来たんだ!
叫ぶエドに、"真理"は少し間をおいた後。


"もう、それ相当のものは返したぜ?"
『な、に…?』


高らかな物言いに、エドは眉をひそめた。
理解していない様子が面白いのか、"真理"の口の端がまたつり上がる。
何だよ、とエドが返すと、自分の体の右側を指をさし、次にその指は左下の方を指して。


"見てみろよ"


そう言われ、エドは指がさした順に自分の体を見ると。


『…!』


それは機会鎧ではなく、生身の腕と足だった。
一瞬信じられなくて、右手を握って開く、という動作を何度も繰り返す。


"な?返したろ?"


自慢げな声がエドを我に返した。
確かに俺はこれを望んでいた。
だが、それよりも強く所望したことがある。


『…弟は?』


目を細め、対峙する"真理"を睨む。


『俺たちは賢者の石を使った。足りないということはないはずだろ』
"あぁ、まぁな"


むしろ十分なくらいだったぜ、と吐くのが、全部遠回しに言われているようで気に喰わなくて。


『はっきりしろよ!弟は…アルはどうしたんだ!!』


声を荒げて、体を掴めるか分からないが、どこでもいいから掴んで殴ってやろうと近付こうとした時。


"お前より一足先に、現実に帰してやったぜ?"
『な…?』


理解し難い言い方ばかりで返すからか、頭で分かるように組み立て直すまでに時間がかかる。
現実に帰した。
それはつまり、アルは体を取り戻して、既に現実に戻っているということ。


『アル…アルは戻れたのか!?』


頷く"真理"に、エドはようやく安堵の息をつく。
だがそれも一瞬のこと。


"だが、いくら賢者の石を使ったとはいえ、お前ら二人ではすこーし足りなかったようだがな"
『…ぇ…?』


少し垂れていた頭を上げて、もう一度"真理"を見る。


『少し、って…どういう…』
"体は完全に戻してやった。元もまだ扉の中に残ってたしな。だが…"


記憶だけは、移し替えることは出来なかった。
その言葉にエドは目を見開き、唐突に理解する。
"真理"は賢者の石で物理的なものである体を先に創り、精神的なものである記憶を後に入れ替えようとした。
だが、あの量ではそれが出来ないと体を創ってから知った、と。


『そんな…じゃあアルは…!』
"お前のことは一切覚えてない。全く別の記憶が勝手に創られた"
『…っ!』


そんな。
折角此処までこれたのに。
元に戻れたのに。
その喜びを分かち合うことが、出来ないなんて。
互いの温もりを確かめることが、出来ないなんて。
でも。

生きていてくれればそれでいいんだ。

以前、ある人に対して思った言葉が、浮かんだ。
そうだ。
俺は生きている。
アルだって生きているんだ。
だったら、何だって出来る。
アルの記憶がなくなっても、俺が覚えている。
アルが俺を知らなくても、俺が知っている。
それだけで、十分じゃないか。


『…アルは、何処に…?』


やけに落ち着いた顔と声を向けられて、逆に"真理"が驚いたような感じを受けていたようだが。


"…さぁな。それは俺にも分からん"


だが、この世界の何処かにいるのは確かだ。
そしてエドは目を閉じた。
ほらな。
それだけで、十分だ。


『そうか、分かった』


これで、また俺が生きる理由ができた。
アルを探すという、俺の生きる理由が。



目を開けた時、俺は家があった場所に横たわっていて。
一筋の涙を流し。


「アル」


呟いて傍に居ないことを確認して。


「アル」


もう一度呟いて、傍に居ないんだと言い聞かせて。
帰ってきたんだと、実感した。







そこで『俺たち』の旅は終わり。
次への力を養うために、改めて色んなことを考えるために、暫くリゼンブールに留まることにした。
そして家のない俺がロックベル家に世話になって、数ヶ月後。
唐突にウィンリィが。


『あたし結婚するわ☆』


そう明るく告げたのが、つい数週間前。
相手はウィンリィと同じく機械鎧技師を目指している、歳は俺たちより少し上の、器量の良い男だった。
家を離れたくないというウィンリィの希望を快く受け取って、婿に来ることを即決した、とばっちゃんから聞いた。
俺も何度か会って言葉を交わしたが、直ぐ暴走するウィンリィには勿体なくらいの男で。
その上趣味というか、生き甲斐も合うというのだから、互いにこれ以上の相手はいないだろう。
結婚式は数日前に身内だけで小さく済ませ、今日からロックベル家に引っ越してくるらしく、ウィンリィが朝から片付けに追われていた。
前日から手伝うと約束していたが、ばっちゃんに伝言を頼んで、俺は此処にきていた。
今日は、母さんの命日だったから。
今日だけは、此処でだけは。
一人で沢山、話してやりたかったから。


「えーっと、何処まで話したっけ…」


今まで話してきたことを確認するように追いかけて。


「あ、そうそう、そんでウィンリィがさ、一度きりの結婚式なんだからっつって、こんな少人数じゃつまんないーとか言い始めてさぁ」


苦笑しながら、無意識に話していただろうか。


「折角だから軍部の人たちとか、大佐とか呼…ぼ、う、…って…」


言葉が、止まった。
久しく口にしていなかった言葉を、発してしまったから。
三年前のあの日から、呼ぶことをやめた人の名を。


「……あ……でも、今はもう大佐じゃないんだよな…」


あの人が数週間前に大総統になったというのは、国民へのお触書で知った。
三十二才で異例の出世を遂げたのは、積み重ねた国民たちからの信頼と、誰も行おうとしない大胆な発想で自分を貫くことにある、と新聞に書いてあった。
それを読んで、大佐の中ではあの日から何も変わらず、自分の信じた道を歩き続けたのだと俺は感じた。
結局、俺という人間が大佐の傍にいなくても、世界は変わらず動き続けるということ。
俺の傍に大佐という人間がいなくても、俺も自分の願いは叶えられたということ。
その事実があるのだから、これから先俺も大佐も、互いがいなくとも生きていける。
だから、俺は祝いの言葉も、何も送らなかった。
未練も後悔もない。
ただあるのは、大佐との思い出。
それだけ。
それだけでいいのだから。


「…俺が覚えているから…」


たとえ貴方が俺を思い出してくれなくても。


「俺は。覚えているから」


俺はその思い出だけで。
前に進めるから。
今度はアルを探し出すという、願いと共に。

そして俺は、柔らかに笑った。
母の墓前で、初めて見せた笑顔だった。
幼いながらに。
俺とアルが笑うと、母は笑ってくれると思っていた時期があった。
それを今更ながらに思い出して。
また、笑った。


と、後ろから草を踏む足音が近付いてきたのに気付いた。
てっきりウィンリィが戻ってこない俺に、痺れを切らして迎えに来たんだ。
そう、思って振り返った。


「わり、ちょっと長居し過ぎ…た…」


その先には。
忘れもしない、それでいて懐かしい。


「…ぅ…そ……」


まるで幻ではないかと思ってしまうくらい。
あの人が。
ロイが、柔らかく笑っていた。





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04/10/20
あと一話で終わるか終わらないか…。
でももうちょっと。


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