部屋の窓から見える日は橙色に染まっていた。
少尉が出て行ってからどれ位時間が経ったかは分からないが、数時間が経過したことは確かだろう。
俺は乱れた服も整えず、だらりと全身の力を抜いて背中を預け。
視線は何処を見るわけでもなく、ただ傾いていく太陽を見つめていた。
月凪 15
日が遠くの山に隠れ始めたとき。
カタン、と窓の開く音がした。
その窓はエドがずっと見ていた中央の窓ではなく、一番右の、既に赤色の光も差さなくなった窓の方からだった。
音に気付き首と目をふっとそちらに向けると、今だ逆光になっていてよくは分からないが、黒い人影が出来たのは分かる。
人影は窓の上部の格子に片手をついて滑るように窓を抜け、部屋に左右乱れた足音をたてた。
「何だぁ?しけた顔してんなぁ?」
男はゆっくりと俺に近付いてくる。
そして俺と中央の窓を遮って、受けた赤い光が顔を照らし、ようやくエドは頭がはっきりした。
「お前…っ、グリード…!」
見覚えのある悪人面。
忘れるわけがない、アルを攫った奴だ。
「お、覚えててくれたワケ?光栄だ」
少し腰を屈めてエドに視線を合わそうとする。
その顔には何かを企んだような笑みを浮かべている。
それが気分をこれ以上ない位害し、エドは眉間にしわを寄せた。
「何しに来た」
何の為に来た。
何で此処にいる。
エドは聞きたいことを簡潔に、一息で問うた。
するとグリードは高らかな声で笑い。
「まぁそんな焦んなって」
急ぎの用なんてねェんだからよ、と言った。
その言葉にエドは不審に思った。
この際南部に陣を取っていたことなどどうでもいい。
何故グリードにとって敵陣である軍の、しかも司令部に潜入してきたのか。
そして何故、東方司令部なのか。
他にも問いたい事は多々あったが、俺は時間をかけたくなかった。
別に早く帰りたいとか、こいつの近くに居たくないとかそういうことではなく。
何か、聞きたくないことまで聞かされそうな、そんな気がしたから。
「で、何から聞きたいんだ?」
グリードはエドの横にどっかりと腰を下ろすと、腕を背もたれにかけて、何でも話すぞと言わんばかりの余裕の態度を示す。
その態度に怪訝な表情で返したが、下手をしたら東方司令部の危機を招くかもしれない。
エドは不本意ながらも結んでいた口を開いた。
「…お前、南部に居たんじゃなかったのか」
「何だよ、そんな世間話からか?」
単刀直入に聞いてくるのかと思ったぜ、と期待を裏切られたような顔をこちらに向けるが、エドは決してグリードを目を合わせることはしなかった。
「他によ、もっと聞きたいことがあンだろ?」
「だったら遠回しに聞かねェで話せばいいじゃねーか」
飄々とした態度に腹が立って、半ばキレ気味に聞くと。
「そうか?じゃあ好き勝手話させてもらうぜ」
待ってましたという顔を向けるグリードが視界の端に入る。
何故だろう。
俺はそれを望んだはずなのに、後悔した自分がいた。
「ま、まずはお前の質問からだな。俺が東部に来たのは数週間前だ」
普通なら何の疑問も持たない言葉。
しかし何処かが引っ掛かった。
「遊び回るにも流石に顔を曝すわけにはいかねェからな」
んである廃屋に暫く大人しく居座ってたんだが、流石に暇になってよ。
ちいとばかしその中で出来る範囲の遊びを始めたんだわ。
「遊び…?」
また引っ掛かる。
が、グリードはそれに気付かない様子で話を続ける。
「そしたら近くの奴らが良い具合に誤解してくれたもんだからよ、もっと面白れェことを見つけたってワケだ」
面白いこと。
遊び。
頭には確かに引っ掛かるのに、まだ繋がらない。
あと一つ、確証を得られるような言葉を吐いてくれれば。
「…何だよ、」
促すように言ったエドの台詞にグリードは目を伏せて。
「調べに来た士官たちを神隠しに見立ててある人物を誘き出してやろうってな」
にやっと笑った。
ある人物。
それで全てが繋がった。
「…ま、さか…っ、」
ここまで繋がってしまったら、逆に否定する方が難しい。
嫌な予感は当たってしまった。
「研究所跡の事件は―――っ!!」
「ご名答だ」
数週間前から夜になると聞こえる低い唸り声。
帰ってこない士官たち。
誘き出したある人物。
倒壊した研究所。
それがグリードという奴で全て一本に繋がった。
「何でだっ!」
何が目的だ!!
声を荒げてエドはグリードに掴みかかった。
だが、逆にその手首を掴まれて引き寄せられ、顔を近づけてきて。
「お前に決まってんだろ?」
予想だにしない言葉に目を見開くエド。
俺が今回の事件に関わったのは偶然のはず。
それが何故、俺が引き合いに出てくるのか。
「俺はお前が気に入ってよ。どうしても欲しくなったんだよ」
だが東方司令部の大佐がお前にご執心だっつーじゃねーか。
それにお前も満更じゃねぇ。
だから手っ取り早く。
「消してやろうと思ったンだよ」
「…!」
何か、何か言い返さなければ。
早くこいつの動く口を止めなければ。
でないと、俺が。
困惑して何も言い返せないエドを見下しながら、グリードは笑みを浮かべ、話すのをやめない。
「お前が居たのは誤算だったがな。経緯はどうあれ、あの蜀台を崩してくれたのは感謝してるぜ?」
止めろ。
「何せアレには結構労力使ったからよー、」
止めろ。
腕を払おうと腕を力いっぱい振るが、びくともしない。
その行動にグリードは悟って。
「…分かってんだろ?」
「っ、」
言うな。
それ以上言うな。
「お前が、アイツを殺そうとしたんだ」
「―――――っ!!!」
心の奥底に隠していた事実。
認めたくなかった事実。
事件の原因を作ったグリードには全て見られていたんだ。
俺が必死になって押し込めていたことを。
俺が、大佐を殺しそうになった、ことを。
「死ななかったのはつまんねェが、まぁ結果的に記憶を失ったワケだから、収穫はなかったわけじゃねーし」
何か言っている、それしか分からなくて。
グリードの言葉は、もう聞こえなくなっていた。
そんなエドの様子にグリードはため息をつき。
「このままお前を連れ去っても良いんだがな」
こんな気の抜けた奴を攫ってもつまんねェ、と吐き捨てて。
「今回は退いてやるよ」
そう言って腕を離し、入ってきた窓まで足を進めると。
「…お前の目に俺が惹かれた光が戻ったんなら、また来るかもな」
その言葉を残して、グリードは去って行った。
人は追い討ちをかけられると、こんなにも生きる気力というものを失うのだろうか。
突きつけられた、言い逃れの出来ない事実。
知っていたはずなのに。
何時かは認めなければいけないことだったのに。
誰かに言われる前に、せめて自分で何とかしたかった。
誰かに指摘されることを、一番恐れていた。
それはまるで。
お前は此処に居てはいけないんだ。
お前は大佐の傍に居てはいけないんだ。
そう、言われているようで。
せめて傍に居られればと願っていたけれど。
「…もう、傍には…居られねェのかな……っ」
結論を見出せないまま。
また涙が、頬を伝った。
橙色の光は、いつの間にか青白い光に変わり。
窓の外には大きな月が、エドを見下ろしていた。
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04/09/27
一応ここら辺ははっきりしておきたいなと思ってたので。
でもグリードに関してはあんまり深く考えない方がいいかも…。
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