いつだったか、ある町を訪れた時に開かれていた祭りの露店で、それを見つけたんだ。
それを見た時、俺はどうしようもなくアンタに会いたくなって、自然と手に取っていた。
店主に会計を頼むと、これにはこの色が映えるよ、って言われて見せられたもの。
あまりに俺たちにそっくりで、結局二つ、買ってしまった。
その片方を、俺はアンタに渡そうとして凄い恥ずかしかったのを今でも覚えている。
投げて宙を舞ったそれは、引き寄せられるようにしてアンタの手の中に落ちたんだ。
月凪 13
ヒューズと別れてから部屋戻り恐る恐る扉を開けるが、ロイは全く関心がないのか手の動きは止まらなかった。
勿論こちらの方なんて向いてもくれない。
「…戻り、ました…」
上目遣いで機嫌を伺うようにエドは敬語を使った。
「…」
しかし返事はなく、無言の圧力が辺りを包む。
これは遅れたことを怒っているのか、それとも仕事をほうってヒューズについて行ったことを怒っているのか。
この沈黙と空気から、両方だと考えた方が正しい気がする。
どちらにしろ、これは謝った方がいい。
「…ごめん」
少し頭を垂れて謝罪の言葉と意を示すと、ロイの手は止まって。
それでも何も言わないまま、ただ床に積み上がる書類を指差した。
頭を上げたエドは腕を上げたロイを見てその先を追い、指が書類を指しているんだと分かると、急いで先程までハボックがやってくれていた仕事に手を付け始めた。
昨日までとは違う仕事で、正直勝手が分からなかった。
だからといって機嫌の悪いロイに聞くわけにもいかず、自分で何とかするしかない。
そこは適応力のあるエドの底力で何とかカバー。
一時間後には昨日までのペースが戻っていた。
だが一時間経ってもロイは俺に話し掛けてくれなかった。
追加の書類を渡すにしても、目の前に差し出すだけ。
俺がふとこれはどうするんだ、と言った時も、書類を取り上げるだけ。
一応は出来ないなりに頑張っているのだから、そろそろ折れてくれても良いのに。
そう思ったとき。
「…何を言っていた」
「え…」
ロイに背を向けていたエドは、声を聞いて背中越しに振り返る。
急に話し掛けられたことに驚いて、声が聞こえたことしか分からなくて思わず聞き返してしまった。
聞こえなかったのか、と怒られる気がしたが。
「…ヒューズだ。何話してたんだ」
その声は思ったよりも普通で安心して。
また顔を元に戻して書類に視線を落としながら答えた。
「あ、何か、元気かって…聞かれただけだけど」
嘘は言っていない。
でも今ロイに話せるのはこれだけで。
潰れてねぇか、とか辛いか、とか、ロイが聞いても何のことだと聞き返されるだけだから。
しかし俺を連れ出してまで聞くことじゃないと、言ってから気付いてももう遅い。
最近、自己嫌悪の回数が多くなったなとまた自己嫌悪。
「…そうか…」
「…?」
何も言ってこないのかと不思議に思い振り返ると。
少し複雑なロイの表情が見えた。
何故、そんな顔をするのだろうか。
思わず口から出そうになったその言葉を何とか押さえて、エドは顔を逸らした。
「…休憩、するか」
そう言ってペンを置いて背をどっしりと椅子に預けた。
そして視線だけをこちらに向けて、お前も休めと声をかけて椅子を立った。
と、静かな室内にカン、と甲高い音が響いた。
「?」
エドは音のした方を向き、ロイが拾い上げるのを待った。
机の影から拾い上げたもの。
「何だ、これは…?」
「…!!」
それは細いチェーンが通してある、琥珀色をした石だった。
ロイは自分のポケットから落ちたらしいそれを不思議そうに見つめている。
「…黄水晶…」
「何?」
その石が黄水晶と呼ばれることをエドは知っていた。
エドが以前ロイにあげた石だったから。
「やるよ」
ロイは俺の手から宙を舞って自分の手にへと落ちたそれを、まじまじと見て。
「…これは?」
「…」
俺はただ黙って俯いているだけ。
それは日にかざせば透けて、まるで誰かの髪の毛と瞳の色を思わせる、綺麗な琥珀色をした石。
「…まるで、エドみたいだな」
嬉しそうにそう言われて、俺は顔を上げられなくなるほど真っ赤になった。
絶対、気付いているんだ。
だったら俺だって。
「じゃあこれはアンタみたいだなっ」
そう言ってロイに見せ付けるように差し出した漆黒の石。
これもまた、誰かの髪の毛と瞳の色を思わせるような。
「…それは、君からの告白と受け取ってもいいのかな?」
ロイは琥珀色の石に口付けながら言った。
それだけのことなのに、自分にされているような錯覚に陥ってしまうのは、おかしいだろうか。
でも。
「…お互い、滅多に会えないからさ」
だから互いをいつも思い出せるように。
一瞬見開かれたロイの瞳は、すぐに柔らかな視線へと変わり。
「…ありがとう」
俺を、抱きしめてくれた。
ロイに渡したのは黄水晶。
俺が持っているのは黒曜石。
この石を見るといつも会いたくなってしまうのは否めないけど。
それでも、この石があったから、俺は旅を続けられていた。
ロイも、いつも身に着けててくれたんだ。
互いを繋ぐもの。
これでロイは思い出してくれないだろうか。
過去の俺たちと今を、これで繋げられないだろうか。
これ異常ないくらい、期待がつのる。
だが。
「黄水晶?聞いたこともないな…」
何より覚えがないというのは気味が悪い。
そう吐いて足もとにあったゴミ箱に。
捨てた。
「―――――」
カラン、とした乾いた音があたりを包む。
全てが、なくなった。
今まで辛いことがあっても、涙を流しそうなことがあっても。
ロイが此処にいるから、ロイにも俺が居るから。
だからこの感情は俺一人が背負っているんじゃない、ロイも背負っててくれてるんだ。
そう信じて、俺は生きてこれたのに。
片方がなくなれば、繋がっていたものは切れて、地に落ちる。
だめだ。
泣くな。
言い聞かせても、溢れるものは止まらない。
沢山泣いたんだろ?
もう大丈夫なんだろ?
もう、泣かないんじゃなかったのかよ…!
こんなに、辛かったなんて。
涙を堪えるよりも。
涙を流す方が、こんなに辛かったなんて。
「…な、」
エドの涙に気付いたロイが驚きの声を上げる。
が、涙で視界が霞んでいるエドには、雰囲気を感じ取るだけで精一杯で。
「何、泣いて…」
「っ、」
見られたくなかった。
今のロイに涙だけは見せたくなかった。
弱い自分なんて、見せたくなかった。
強いと思わせなければ、離れていってしまうから。
でももう。
傍に、いれない。
「っ、オイ!!」
伏せた顔の顎を引き、後ずさりから反転して。
ロイの制止も聞かぬまま、エドは部屋を飛び出した。
「流石にもう終わっただろ…」
話が終わった頃合を見計って休憩室から大佐執務室への廊下を歩いていたハボック。
と、ばたばたという足音らしきものが大きくなってくるのに気付いたが、特に気にも留めずに角を曲がろうとした時。
いきなり前から人影が飛び出てきて。
「っと!」
「っ!」
ハボックは、相手がぶつかってきた衝撃で後ろに倒れそうになったが、何とか足に力を入れて堪えて、飛び込んできた奴を見ると。
「…エド!?」
「っ、少尉?」
容姿から直ぐにエドだと分かった。
エドも声からハボックだと分かったのか、思わず顔を上げて見上げてしまった。
自分が泣いていることも忘れて。
「お前…!」
「あ…っ」
ハボックの驚く顔が目に入り、慌てて視線を逸らして離れようとした。
「っごめ……っ!?」
が、ハボックは背に手を回してそれを許さなかった。
(…壊さないでくれって、言ったのによ…)
切実な気持ちとは裏腹に、中のエドを逃がさぬよう腕に力を込める。
「っ離せよ…っ!」
これ以上、もう誰にも惨めな姿なんて曝したくないのに。
暴れるがあまり、右手で殴ろうとしてしまった。
だがその手を逆に絡め取り、エドを引きずるようにして来た道を戻り始めた。
「っ離、せっ!っ少尉っ!!」
エドの呼ぶ声はハボックの耳には入らぬまま、長い廊下に響いていた。
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04/09/16
次は予想できるかな。
そんな表現が出てくるんですが。
ブラウザでお戻りください。