俺が知ってたロイって何だったんだろう。
言葉を交わす度に、今までのロイが薄れていく気がして。
今まで見てきたロイの、一体何処までが本当なのか。

何処かが、痛い。
だから誰かに甘えたいのかも、しれない。


月凪 10




ロイが目を覚ましてから五日。
エドがロイの介抱を始めてから四日が経った。
ロイのこなす仕事の量は相変わらずで、むしろ日々増えていっているような気がしてならない。
その分エドが病院・司令部間を往復する回数も少しずつ増えていって。
流石に若いし体力も人並み以上にあるので、もうバテるということはないのだが、息が上がるのは否めない。

今日も頑張るか、とまた昨日と同じように何往復もする覚悟でロイの病室の扉を開ける。


「おはよーございまス」
「あぁ」


朝と帰りの挨拶だけは一応礼儀として敬語は使うが、今はそれだけで、普段の会話はタメ口を使うエド。


「えーっと、今日はまずどれから持ってけばいいんだ?」
「いや、今日はいい」
「え、」


昨日までなら室内に入ってロイに近付くと、山のような書類の束を押し付けられていた。
その書類がないのなら分かる。
だがまだベッドの周りや床には相当な量の書類が散らばっているのに、今日はいいとはどういうことなのだろう。


「ここらに散らばっているのは急ぎのものではないからな。後でハボックがまとめて取りに来る」
「あ、そぉ…」


だったら別に俺がゆっくり歩いて運んだって変わらねぇのに。
思わず口に出してしまいそうになった言葉を飲み込む。
急ぎの用じゃない。
だったら今日此処に来なくても良かったんじゃ。
そんな言葉が頭を過ぎったが、それでは俺は何の為にロイの傍に居ることを選んだのか分からなくなる。
自問自答で生じた矛盾にエドは苦痛を覚えた。


その様子にきっと今のロイは気付いていないのだろう。
あれ程本人でも気付かないようなことにまで気を配っていたロイが、今ではエドのことに関して何の関心も、思いも示さない。
分かっていたことなのに。
その言葉を何度心の中で口にしたことだろうか。
口にする度に、今まで自分が見てきたロイは何だったんだろうと思う。
もしかしたら、これが。
『今』のロイが本当のロイなんじゃないか、って。

暫くそんなことを考えいて、心此処にあらずの状態だったのに、ロイはようやく視線を手元の書類から上げて。


「どうした、」
「…え。あ…や、別に…」


明らかに不審に思う視線が痛い。
しかしロイはどうでもいいと思ったのか、直ぐに視線を戻して。


「今日は走り回らなくてもいいんだがな」
「?」
「その代わりここら辺に散らばっている書類と、机の上に山積みの書類。これを照らし合わせて間違いがないか調べてくれ」


そう言われてエドはおもむろに床に落ちている、否置いてある書類を腰を屈めて手に取り。
机の上に綺麗に重ねてあった書類とを見比べる。
どうやら体裁が違うだけで、書いてある内容は同じ、といったところだろうか。
それにしても、床に散らばっている書類の順序はてんでばらばら。
これだけの量から一枚一枚探して確かめなければならないのは正直骨が折れる。
だが、ロイはロイで別な仕事があるようで、間違ってでも手伝ってくれなどとは口に出来るわけがない。
ふと書類を抱える中尉が頭を過ぎった。
こんなに大変な仕事をしていたんだ。
でも今の俺は中尉の代わりにこの仕事もこなさなければならない。


「…分かった」
「今日中にな」
「この量を!?」


決意したのはいいが、昨日今日始めたばかりの俺にこの量をやれと。
どう考えたって任せることはおかしい。


「無理、とは言わせないからな」
「っ、」


先に牽制されてしまっては、上司に逆らえるわけがないじゃないか。
只でさえ分が悪い状況なのに。


「言い出したのはお前だ。それなりの仕事はこなしてもらう」


どんな理由があろうと、な。
そう言った目は冷たかった。
この前の笑顔の面影は全くなく、今のロイは俺に何か言いようのない混沌を抱えているようにも見えて。
断れ、なかった。


「…分かった…」


きゅ、と唇を結ぶ。
堪えるしかないんだ。
今は与えられたことを一つずつやっていく。
それが一番"何か"に近道な気がするから。












夕刻。
軍人たちの多くは定時で当に上がっている時間であり、外はもう暗くなりかけている。
コンコン、と扉を叩く音が病室に響き、扉が開くと。


「失礼します、書類を取りに上がりました」


軽く敬礼をしてハボックが入ってきた。


「あぁ、頼む」


ロイは一瞬眼鏡をかけた顔を上げて確認すると、そう言って顎で書類を仰いだ。
ハボックもはい、と頷いて山積みになっている書類の束に手をかけようとした時、ロイの居るベッドの反対側から金髪が見えた。


「…エド!?」
「…あ、少尉」


いないとばかり思っていた少年が居たことに驚いて、思わず声を上げるハボック。
呼ばれたことにようやくハボックが来たのだと知り、顔を上げた。


「お前何してんだよ!?」
「あ、やー…」


苦笑するエド。
と、エドが座っている周りに散らばっている書類に気付く。
そういえば、と予定通りに終わっている書類の量が、此処に持ってきた時よりも増えていることにも気付いた。
抱えていた書類をぱらぱらと確かめると、期限はまだ何日も先の書類が所々に混じっていた。


「…終わんなくて、さ」


今日中に終わらせろ、って言われてたんだけど。
そう頭を掻いて申し訳なさそうに言うエドを横目にハボックはロイに目を向けて。


「大佐、何でエドが、」
「書類は来週までと言われていたがな、早いに越したことはない」


しれっと言うロイ。
その態度に無性に込み上げるものを感じて。


「っ俺が言ってンのはそういうんじゃないンすよ!何でエドが『今日』、ここにいるンすか!?」


え。
エドは顔を上げてハボックを丸い目で見るが、ハボックの目は大佐に向いたまま。


「俺は確かに昨日、エドに明日は来なくてもいいって伝えてくれっていいましたよね?」
「そうだったか?」
「〜〜っ」


表情を少しも変えないロイにハボックは益々苛立つ。
話の種になっているエドといえば、その話の意味が分からず頭に疑問符を浮かべるばかり。


「ちょちょ、ちょっ!!」
「何だ、お前まで」


話に入ってきたエドに今度は呆れるロイ。
この男は何があっても動じないのだろうか。


「どーいうこと??」
「今日エドは来なくても良かったんだよ」
「は?」


ハボックの話によれば、連日もの凄い距離を往復した俺に、今日は休みを取ってくれていたそうだ。
その旨を伝えてくれとロイに言ったらしいが。


「俺、全然聞いてねぇぜ、そんなこと」


ただ『また明日も遅れるなよ』と言われただけで。


「大佐ぁ〜〜」


呆れるハボックに、ロイは悪気の欠片もなくエドの方を見ると。


「悪かったな」
「……や、…別に…」


結果的に今日はずっとロイの傍に居れたわけだし、と心の中で噛み締める。
体の重さとでプラスマイナスゼロ、というところだろうか。
エドのそんな気持ちも知らず、ハボックは。


「エド、明日は休んでいいからな」
「馬鹿を言うな、私は明日から司令部に戻るんだぞ?今まで以上に仕事があるんだ、こいつが居なくてどうする」


尤もな意見である。
ロイは今日医師から退院許可を貰ったらしく、仕事の合間合間に退院の手続きを済ませていたのを覚えている。
これで明日からは病院に通わなくて済むわけだが、今とっている宿は病院から直ぐの位置にあって。
病院から1キロは離れている司令部に、毎日通うのは億劫過ぎる、というか俺がもたない。


「あ、俺は平気だって」


二人に割って入って言うが。


「でもよ、お前宿此処の近くなんだろ?今からチェックアウトするのも無理だしなぁ…」


そう、もうチェックインはおろか、チェックアウトなんて出来る時間帯ではない。
金は払ってあるので別にもう一晩泊まってもいいのだが、明日のことを考えるとここから通うのは辛いものがある。
ハボックもそれは知っている。


「じゃあ司令部泊めてくれよ。アルも居るんだろ?」


アルは研究所跡の後始末を手伝うと言って、司令部に泊まっているのである。
アルが居るなら自分としても落ち着く。
そう言おうとしたのだが。


「いや、だったら俺ん家に泊まればいい」
「え、何で」


何故そうなるのか。


「司令部のベッドは硬いっつってただろ。俺ん家の方がいいと思うけどな」


それにアルに言えない愚痴ってのも聞いてやれるしな?
それはハボックなりの優しさ、なのだろう。
…甘えても、いいのかな。


「…んじゃ!世話になっかな!」


迷った。
けどハボックの優しさを無下になんて出来ないから。


「…どうでもいいが」


エドとハボックのやり取りを聞いていたロイは、もの凄く不機嫌な顔で。


「書類だけは終わらせて帰れよ」
「あ、分かってる」


顔が見えなかったエドは気付かなかったようだが。


「――――」


不機嫌な顔に、言葉に怒りが混じっていたのにハボックは気付いていた。









エドが絡むと自分の中の"何か"が変わることを、自覚していないんだろう。
だから性質が悪いんだ。
これが今後どう影響するのか―――。
俺にとって、いい影響であるわけがないのだけは、確かだ。




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04/09/06
次回、ようやく舞台は司令部へ。
そしてやっとハボックのエドへの矢印が明確になってきたかな。


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