目の前が真っ暗になって。
頭が真っ白になった。
月凪 6
―――誰だ?
その言葉が病室に響いてから暫く、沈黙が流れた。
それは重い、驚愕という沈黙。
ホークアイもハボックも、ロイがエドに向かってそんな言葉を吐くなど有りえないことなのに、確かに発せられた言葉が二人の思考をも混乱させる。
「―――…たい、さ…何を…」
やっとの思いで口を動かし、頭を押さえるロイに問う。
いや、無意識にと言った方が正しいだろう。
ホークアイ自身、自分でも今何と言ったのか分からなかったのだから。
冗談であってほしい。
だがこんな時に冗談を言うほどふざけた人間でもないことを自分は知っている。
これは、現実と思うしかないのか。
「何、はこちらの台詞だ。何故軍の病院にこんな子供がいる?」
ホークアイの言葉は流し、先に問うたのは私だ、とロイはエドを見据えて言った。
当のエドはといえば、驚きも悲しさもないように、まるで感情がない様子で、どこかを見ているだけ。
大佐の、とぼける仕草すらない様子からおそらく、いや完全に記憶喪失、と言っていいだろう。
医療の知識も精神科の知識がなくともそれ位は感じ取れる。
とにかく、とホークアイは自分のすべきことを考えた。
「…医師を、呼んできます」
そう言ってきびすを返し、隣に居たハボックにエド君を頼んだわ、と耳打ちすると早足で扉の元へ向かい。
「…っ、」
一瞬だけ、魂が抜けたようなエドへ辛そうな視線を贈る。
一番辛いのは、この子なのに。
こればかりは何も出来ない自分に感じる怒りを押し込んで、ホークアイは扉を開けた。
「…さて」
病室の扉が閉まってから口を開いたのはロイ。
扉に向いていた視線を戻し、またエドに向けて。
「先程の質問に答えてもらおうか?」
何故、ここに居る?
問われても、やはり返事すらない。
ハボックはこのやり取りに入り込もうとしたが、言葉が出てこない。
下手に大佐に何かを言っても、多分煽るだけ。
エドに言ってもこの様子では反応すらないだろう。
もどかしい。
少しでも、力になってやりたいって思っているのに。
何も出来ない自分がもどかしく、何より腹立たしい。
「答えろ」
あまりにもな言い方に、流石にハボックが口を開いた。
が、それより先に。
「…大佐に…、」
いつの間にか俯いていたエドがこの病室に入って初めて言葉を発した。
しかしそれはいつものような元気な声ではなく、限りなく沈んだ声で。
「大佐に…その傷を、…負わせた原因…だから…」
自虐的な、発言だった。
ようやく口を開いた言葉がそんな痛い言葉だなんて、とハボックは拳を握った。
それ程、この現状に追い詰められているのか。
だがそれを知らないロイは。
「…君が、私に?」
また問われて、今度はただ頷くだけ。
「…そうか…覚えていないんだが…」
一度視線を外し、また戻すと。
「しかし君みたいな一般市民を庇うには、それなりの理由がある筈だが?」
一般市民。
今の大佐には、錬金術師にすら見てくれない。
それには流石に耐えられなかったのか、エドは数歩ベッドに近付いてポケットから銀時計を取り出し。
「……一般市民じゃ、ない……国家錬金術師だ――」
ロイを見据えて、今のロイとを繋ぐ唯一の軍の戌の証を見せた。
それには一瞬驚いたようだったが、直ぐに目を細めて。
「……お前が?」
睨むようにエドに冷たい目を突き刺す。
急に『君』から『お前』に呼び方と態度を変えたのは、その瞬間だった。
「だったら尚更聞きたいね」
自嘲するように笑って。
「何故私が軍の戌であるお前を庇う必要がある?」
言葉が、突き刺さった。
―――体から、力が抜ける。
「軍の戌同士で、馴れ合うつもりなどないのだから」
冷たい目で、口の端を上げながら目の前の人は何かを言った。
としかもう、思えなくて。
確かに頭には入ったのに。
―――心が、受け付けない。
立っていられない。
そう思った時、体が規制をかけたように勝手に動いて、俺は気付いたら扉を開けていた。
『…っ何言ってんだよアンタは…っ!』
パタン、と閉じた扉の向こうから、少尉の声が入ってきた。
『忘れるにも、程があんだろ…っ!』
その口調は、上司と部下という立場を感じさせず。
まるで、俺の心の叫びを代わりに言ってくれているような。
『…っ、大切にしてたんじゃねェのかよ…っ!!』
代わりに、泣いてくれているような。
どうしよう。
必死に堪えてたのに。
俺、少尉の顔見たら、きっと――――。
「…少尉…」
部屋を出ると、俺に背を向けたエドが立っていて。
俺を呼んだ少年の背中は、いつもの頼もしい背中ではなく。
けなしでもなんでもなく、小さく見えた。
その背中越しに、エドは振り返り。
「…エド…」
きっと今にも泣き出しそうな顔してるって、自分でも分かってる。
それでも、笑って言いたかったから。
「さんきゅ……っ!」
精一杯の言葉は、青い軍服の中に消えて。
俺は少尉の腕の中にいた。
目の前にはあの人の腕の中と同じ、色。
「少尉、離し…」
駄目だ。
視界が霞んでくる。
「…強がんなよ…」
「!」
泣きたい時には泣けばいい。
こういう時こそ、子供の特権使えばいいんだよ。
それでもそれが嫌だったら。
「…俺が、隠してやるから…!」
「しょう、い…」
「俺が、居てやる…っ」
「っ、」
俺の目に光が入ってこない程、抱きしめてくれてる。
泣いてもいいのか?
俺、我慢しなくてもいいのか?
すがってもいいのか?
「―――――っ…!」
駄目だと分かっていても、少尉の腕の温かさには逆らえなかった。
少尉の気持ちを知っているからこそ、それだけは駄目だと言い聞かせたのに。
これじゃ、大佐の代わりじゃないか。
きっとそれも、少尉は知っている。
…俺は、ずるい…。
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04/08/25
以降大佐は冷酷に。
にしても考えていたのとは違う方向に進みつつあるんですが…。
ブラウザでお戻りください。