言わないで。
頼むから、その言葉だけは…。


月凪 5




俺たちは導かれるように先頭を走る少尉の後を追った。
ここは病院だとか、走ってはいけないとかいう規則も頭にはなく、ただ大佐の居る病室へと走る。


(…大佐、)


少尉から目を覚ましたと聞いた時、驚きと喜びが交差して声を発せられなかった。
その上みっともなく足に力が入らなくて、中尉に手を引っ張ってもらわなければ立つこともままならなくて。
それは何より安堵したからなのだが。
同時に何か不安にも似た気持ちが湧き上がってきて。


(…何もない、よな…?)


まるでこの気持ちもあの時と同じで、心のどこかで病室へ行くのを怖がっている自分がいる。


(大丈夫、だよな?)


それでも今はただ会いたい。
会って、謝りたい。
ありがとうと言いたい。


―――言いたかった、のに。












「大佐!」
「…あぁ、中尉か…」


ハボックが扉を開け、中尉が先に中に入り大佐を呼ぶ。


「…ん?どうした、大将」
「…ぇ、あ…、うん…」


エドが入ってから自分も入ろうとしていたハボックだが、肝心のエドが突っ立ったままで、促すように声をかける。
頷いたものの、足は動かない。
おかしい、あんなに会いたいと思って走ってきたのに。
…会うのが、怖いなんて。

結局ハボックに背を押される形で入室したエドだったが、やっぱり扉の前から一歩も進めなくて。
ハボックは不思議に思ったが、今は上司の容態が専決、中尉の一歩後ろの位置まで近付いた。
ロイはベッドにふしたまま、額に手の甲を当てて、ホークアイと共に医師の話を聞く。
体中に巻かれた包帯が痛々しい。
医師は聴診器を首に掛け直しながら言う。


「意識もしっかりしていますし、もう大丈夫ですね」
「そうですか…」


ホークアイは安堵の息を吐く。
ハボックも自分なりに張り詰めていた気を緩めた。


「普通に会話する分には何も問題はありません。ですが興奮させるようなことだけはないようにお願いします」
「はい」
「では何かあったらまた呼んでください」


軽く会釈をし、医師は退室して行った。
エドの横を通った際、不思議な目を向けていたが、それでも俺は大佐の顔を見る勇気はなかった。


「ったく、心配かけないで下さいよー…事後処理任せられるこっちの身にもなって…」
「少しくらい労いの言葉をかける気はないのか、お前は…」
「日頃の行いが悪いからではないのですか?」
「中尉も…」


二人に責められるロイ。
この時、エドはもう既に微妙な違和感を感じ取っていた。
ぎゅ、と胸を握るエド。
気付きたく、なかった。


「ですが、エドワード君を庇ったことには賞賛させて頂きます」


柔らかな笑みを浮かべて言ったホークアイ。
当然ロイからも、そうだろう?と何にしろ笑みを返してもらえると思って。
だが。


「…庇った?誰を?」


返ってきた言葉と怪訝な表情は思いもよらぬもので。
ハボックとホークアイは顔を見合わせ、おかしいとは思ったものの、言葉が出てこない。
ふとハボックが。


「…エド、」


と名を呼びこちらを向くが、俺はただびくりと肩を振るわせるだけ。
しかしハボックの体が完全にこちらを向き、今までロイとの間を遮っていたものがなくなり、目が合ってしまった。
今目が合うまで、とても長く感じられた気がする。
会って、謝りたい。
ありがとうと言いたい。
言いたかったのに。
きっと今はその台詞の意味を分かってもらえない。


「…君は…」


そこまで分かっていても。
気付いていても。
その台詞だけは言ってほしくないと、願っていた。


「大佐?」
「…!」


ホークアイも、ようやく気付いた。
どうして直ぐに大佐の違和感に気付かなかったのだろうか。
大佐の性格から考えれば、この部屋に俺が入った時にもう気付いて名を呼ぶ筈。
なのにエドワード君の存在に触れることはなく、ただ時間だけが過ぎて。


(エドワード君は、気付いて…?)


エドの方を向くと、ただ大佐の方をじっと見つめているだけ。
その目には、光はなかった。


「君は…」


言わないで。
頼むから、その言葉だけは。
分かっていても、言われたくないから、だから。


「…誰だ?」












願いも虚しく、頭に打ち込まれた言葉。
これで全てあの時と同じになった。


また、一番近くに居た人が消える。


そう思うと、目の前が真っ暗になって。
思考も感情も何も忘れて、立っていることしか出来なくなっていた。




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04/08/24
導入部分はこんな感じで。
次からようやくハボックが話に入ってきます。


ブラウザでお戻りで下さい。