まだ、生きている――――。
月凪 4
「――――」
エドは父が事故に遭ったあの日のように、病院の屋上に居た。
今日もあの時と同じような青空で、目の色が青くなってしまうのではないかと思うほど、格子に背を預け膝を抱えて、青空をずっと見ていた。
何もかもが、あの日と同じになってしまうのではないか。
そんな考えと共に、瞼を閉じるとまた嫌な記憶が蘇り、エドは顔をしかめた。
アルの声を聞いてからの自分の行動が思い出せない。
ただ本当に必死で、どうやってあの瓦礫の中から脱出したのかすらも分からない。
覚えているのは、腕の中で冷たくなっていく体。
今思い出しただけでも手が震える気がして。
怖かった。
瓦礫が大佐の上に落ちてから五分も経っていないだろう。
たったそれだけでこの様だ。
腕の中で人の死を見届けた人は、どうやって立ち直ったのだろうか。
俺はアルが居なかったら、大佐だけではなく俺も確実に下敷きになっていた。
死の恐怖に打ち勝てたのは、互いに死を目の前にしたことがある弟の声。
きっと、この腕の中の命を失いたくないと思った強い想いが俺の足に、腕に、心に力をくれた。
でもそれも、今考えれば遅かったのかもしれない。
大佐はあの事件から一日経った今も、目を開けてくれない。
医師たちは最善を尽くしたと、あとは本人次第だと言っていた。
遅かったの、だろうか。
「―――俺の、所為だ…」
あの日、父が事故に遭ったのも。
父が記憶を失ってしまったのも。
「―――俺の、…」
父が出て行ったのも。
「―――っ全部、俺の――っ」
大佐が、死にそうになったのも。
「っ俺の――!!」
ガシャン!と生身の方の手を振りかぶって、後ろ手で格子を殴る。
「俺の、俺の、俺の…っ!!」
何度も何度も殴った手は、血が滲み始めた。
こんなことで、起こったことが消えないなんてこと位分かってる。
自分を痛めつけたところで、大佐の傷が治らないことだって分かってる。
でも、大佐が負った傷みはこんなもんじゃないんだ。
そう思うと、自分も血を流さずにはいられなくて。
「―――っ!!」
渾身の力を込めて殴った。
それを最後に、大きく響いていた音が止み、ガチャ、と扉を開ける音がエドの耳に届く。
荒い息のままそちらを向くと。
「…病院での自虐的行為は、あまり賛成出来ないわね」
後ろ手で扉を閉めるホークアイ中尉が視界に入った。
エドから少し離れたところに、ホークアイも格子に背を預けるようにしてしゃがみ込んだ。
一息ついた後。
「…後悔、してるの?」
「っ!!」
いきなり核心を突く問いにエドは目を見開き、思った。
やっぱりそう見えるのかと。
そして自分の感情を悟ってくれたのかと思うと、少し気が落ち着いた。
あの時も、今も、あるのは後悔の念。
時間が戻って欲しいとは思わない。
だがもし、という言葉が頭から離れないのだ。
「…後悔…しない方が、おかしいだろ…」
他にどうすればいい?
俺はどんな感情を持てばいい?
「――俺の、所為なんだから…」
謝って傷が治るわけじゃない。
頭を下げてなかったことに出来るわけがない。
「全部、俺の――っ!」
あの日から何度も思い込ませるように自分に言った言葉。
その言葉はあの日以上に重く圧し掛かり。
エドは耳を塞ぐように頭を抱えた。
「俺の…、」
「…エドワード君らしくないんじゃない?」
いつもの貴方ならこんなに自虐的になるなんてこと、と言うホークアイに、エドは低い声で。
「…俺、らしいって…何?」
ホークアイを見つめた瞳に力はなく、思い詰めるような瞳だった。
それに驚いたホークアイは何も返せず。
「…俺なんて、国家錬金術師って言っても…ただの人間なんだよ…」
無力で、ちっぽけで。
肝心な時に動けなくなるような。
「そこらへんの人間よりも…全然…」
「エドワード君…」
まだ四歳だったあの時より、強くなったと思っていた。
錬金術も覚えたし、歳相応ではないとはいえ、体も大きくなった。
でも。
「肝心な時に何も出来なきゃ、意味ないんだよ…」
あの時みたいに。
小さく呟かれたその言葉を、ホークアイは聞き逃さなかった。
「あの、時…?」
「ぁ……」
十一年前の出来事は、アルもよく覚えていない。
だからこそ自分の中だけにしまっておくつもりだったのに、言ってしまったことは仕方ない。
エドは父が自分を庇って事故に遭ったこと、そして記憶を失ってしまったことを話した。
「…そう、だったの…」
「……」
「ごめんなさい、何も知らないで…」
「…いいよ、」
誰も二回もそんなことがあったなんて分からないよ、とエドは苦笑した。
(でも…だったら尚更…)
ホークアイはエドに向き直り。
「…お父様は、生きていらっしゃるんでしょう?」
「ぇ…あ、うん、」
真剣な目で、また急に何を言い出すんだろう、と戸惑いを隠せないエド。
それを知ってか知らずか言葉を続ける。
「…大佐も、生きているのよ」
「…?」
「だから、後悔なんてまだ早いの」
「え…」
まだ早い?
後悔が?
何のことか全く分からなかったが。
「後悔なんてものは、大切な人が死んでからしなさい」
「!」
まだ大佐の目は覚めないけど、生きているの。
生きているならいくらでもやり直せる。
いくらでも謝ることだってできる。
「死んだら、謝ることすらできないのよ」
「ぁ…、」
一瞬だけ目を伏せて言ったその台詞は、前の台詞より何よりも重かった。
それは自分が経験したことのようにも聞こえて。
「謝っても起こったことはなかったことに出来ないと思うでしょうけど、死んだら何も言えないの」
「中尉、」
「ありがとう、も…何も…」
そうだ。
俺は何考えてたんだよ。
父さんも大佐も、生きてるじゃないか。
「…中尉、」
いくらだって謝れる。
ありがとうも言える。
喧嘩だって出来る。
『生きている』
その一言で、心が軽くなった。
「中尉、ありがとう」
俺は、また笑える。
「エドワード君、」
と。
バン!と大きく扉が開く音が響くと共に、ハボックが入ってきた。
「っと、二人ともこんな所に居たンすか!?」
「少尉、」
「どうしたの、何か…」
「何かも何も、大佐が目覚ましたんすよ!!」
「「!!」」
俺は笑ったけれど。
心の中のしこりは消えなかった。
まだ何かある気がして。
不安は、消えない―――。
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04/08/20
中尉にこの台詞を言わせたかったのです。
さて、次が一つの山ですな。
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