何かが、起こる。
そんな気がした。
月凪 1
「で、わざわざ俺らの居場所を探し出して、仕官送り込んで、呼び寄せた理由は?」
「まぁ少し待ちたまえ。こちらにも順序というものがあるんだ」
そう言われ、エドはため息をついてロイの机から少し離れた位置にある、大きな二人掛けのソファにどっしりと腰を下ろす。
隣に居たアルも、向かいのソファに同じように座った。
ちらりとロイを横目で見ると、束になった書類を一枚ずつ、それも相当な速さで処理しているのが見える。
別にそれは、書類を溜め込んで結局最後に苦しむという、ロイの何時もと変わらぬ光景だというのに、エドの中では何かが違っていた。
(…くそ、…)
昨日見たあの夢が頭から離れず、何か心の中に変なものがある気がして。
(何なんだよ…)
考えれば考えるほど、忘れようとすればするほど、眉間にしわが寄っていく。
何か別なことを考えようとしても、こうして黙り込んでいると、考えずにはいられなくなってしまうのが現状だ。
だから早くロイの口が開かないか、エドはそう急かすようにロイを見ると。
「待たせたね、」
思いが通じたのか、ロイは顔を上げて俺たちを見た。
それを合図に、腰を上げてエドとアルはまだ書類の残っている机に近づいた。
「いいのかよ、まだ残ってんぜ?」
「これは今日までではないからいいんだ」
しれっとした顔で束を叩くロイ。
「では、本題に入ろうか」
しかしその顔はその言葉と共に真剣な面持ちに変わり、二人もすっと息を呑んだ。
どんな話をするのかは大方検討がついていた。
場所を調べ上げてまで俺たちを呼んだ、つまり急ぎの事。
更に電話でも手紙ででもない、仕官を遣わせたということは重要な事。
つまり俺達の力を必要としている高度な任務だということ。
「何か、起こっているのか?」
エドがそれなりに理解しているとそれで悟り、ロイも。
「そこまで分かっているなら話は早い」
そう言って机の引き出しから一枚の紙を取り出し、二人の前に滑らせた。
エドとアルはそろってその紙を覗きこむ。
そこにはある研究所らしき建物の見取り図が書いてあった。
それも相当広い。
「この研究所がどうかしたんですか?」
アルの問いにロイは椅子から立ち上がり、窓の外を見ながら。
「その研究所跡には以前から不穏な噂があってね」
「噂?」
「あぁ」
ロイの話によると、数週間前からその研究所跡の近くに住む住民から、"夜になると低い唸り声が聞こえる"との通報が来たらしい。
最初は聞き間違いか何かだろうと相手にしなかったのだが、その通報が日を追うごとに増えて、遂には動かなくてはならない状況にまでなった。
しかしそれだけの証言では何が原因で何が起こっているのか見当もつかない。
そこである夜、まず数人の仕官が偵察に出掛けた。
「だがその仕官たちは何日経っても戻る気配がなく、今度はその仕官たちを探すべく、また別の仕官たちが探しに行った」
「まさか、」
エドが目を少し細めて言うと、ロイはこちらを振り向いて。
「あぁ、その仕官たちも帰ってこなかった」
「何だよ、それ…神隠しってやつか?」
「どうだかな…私も今の所、それが一番有力だと思うんだが…」
そんな理由で上が納得するわけがないだろう、とロイは呟く。
確かに神隠し、と報告書に書けるなら今俺たちはここに居ないだろう。
「それに住民に被害は全くなく、何故か軍の人間のみ、という点も気になる」
「で?」
「私の部下が消えたということもあって、上から命を下されたというわけだ」
有力な人材を共に原因をつきとめよ、とね。
その言葉にエドはにっと笑って。
「それで俺たちってワケだ」
「いいですよ、僕たちも気になりますし」
「そう言ってもらえると助かる」
安堵したように肩の力を抜くロイ。
が、エドは逆に拳に力を込める。
今の話がどうでもいいわけじゃない、むしろ気になるからこそこの任務を受けるのだ。
けど、正直あの夢について考えなくてもいいのなら、何でも良かった。
考える暇もない位、何か別なことに没頭したかったから。
「行動開始は今から一時間後、日が落ちかけてからだ」
ロイの言葉に、二人は深く頷いた。
一時間後、三人は荒廃した研究所前でアームストロング少佐とおち合い、夕日に照らされた薄暗い中へと足を踏み入れた。
使われなくなってからだいぶ経ったのだろうか、壁のいたる所が剥げて、酷い所では鉄筋が剥き出しになっている。
きょろきょろと周りを見ながら数歩前を歩いているエドに気付くと、ロイが。
「あまり気を散らすな。いざという時に瞬時に反射出来なくなる」
「あ、そうだな」
尤もな理由を素直に認めるエド。
それにしても、この広い中をどうやって回るのか。
「入ったは良いのですが、どう調べますか、」
エドの疑問を代わりに言ったように、少佐が問う。
それにロイは少し黙ったあと、
「…ここは、軍とは何も関係のない薬品の研究所でね」
口を開いて声を出すと同時位に、何か唸る声が頭をかすめた。
四人は確かにそれを聞き取り、暗い通路の奥を見据える。
ロイは尚も言葉を続ける。
「以前から裏があるような気がしていたんだが…」
口の端を上げながら、三人に構えの合図をし。
それと同時に闇の向こうから明らかに造られて生まれたような生き物が姿を見せた。
俗に言う合成獣だ。
そして自分も発火布の手袋をはめた右手を前にかざして。
「やはり、私の考えは正しかったようだ、なっ!」
言い終わると同時に、指を鳴らした。
日はとうに暮れ、窓からは月明かりが射す。
だがその光だけではまともに歩けるわけがなく、途中にあった燈台にロイが火をつけ、それを持って先頭を歩いている。
と、アルが。
「唸り声が止んだね…」
「もう、居ねぇみたいだな」
「まだ油断は出来ぬぞ、エドワード・エルリック」
「そうだ。何時でも攻撃できるよう、武器はしまうなよ」
「分かってるっつの」
四人は合成獣の来る方向に向かって、何種類もの合成獣をなぎ倒しながら進んでいたが、この直線の廊下に入ってからぱたりとそれが来なくなった。
それにしても十数分歩いているが、この廊下は長過ぎる。
「…長いな、」
エドの呟きに、ロイが前を見たまま。
「気付いていたか?この廊下は明らかに新しい」
「言われてみれば…」
建物に入ったばかりの時とは違い、壁に傷みが全くない。
どう見ても研究所が使われなくなってから造られたものだ。
「…これは想像以上の何かがありそうだな…」
その声にエドは隣を歩くロイを見て、内心焦っているような表情を浮かべているのを知った。
と、ふとロイの足が止まり、エドも反射的に足を止める。
前を見ると、廊下が二つに分かれていて、通路の幅、高さ共に左右の通路ともアシンメトリーになっている。
「…何だ、これ」
「どちらかが確実に罠なのは確かだな」
サラッとロイが言う。
そして早速頭を働かせ。
「合成獣で少し手間取ったからな、時間短縮のため二手に分かれよう」
それに効率がいい、との案に、三人は頷いて。
「問題はどう分かれるかだが…」
ロイは少し考えて。
「…では少佐とアルフォンス、私と鋼ので…」
「嫌だ」
即答で否定の返事をしたのは当然エド。
それにいち早く肩を落として呆れる弟。
「…兄さん」
「何で俺と大佐なんだよ。俺とアル、大佐と少佐でいいじゃねーか」
この場に及んで我侭を言うか、と大佐も呆れる。
「…あのな、私が何も考えずにその組み合わせにしたと思ってるのか?」
「違うのか?」
「まぁゼロではないがな」
「やっぱりな!!」
認めるのか、とアルと少佐は思ったことだろう。
エドも当然の返しをするが、ロイは。
「だが私たちの能力を考えてみろ。
私は遠距離、鋼のは遠距離にも対応できるが、どちらかと言えば近距離タイプだろう。
少佐は接近戦重視だがスピードに難点がある。近い敵よりは遠い敵を任せた方がいい。
アルフォンスもどちらも対応できるが守り重視とも言えるからな、近距離が最適だろう」
「う、」
「そこからバランスを考えると、私と鋼の、アルフォンスと少佐が一番いい組み合わせだと思うんだがね」
納得せざる負えないような程の圧巻と、尤もな言い分にエドも気圧されるが、ここで引くわけにはいかない、と反撃しようとする。
「で、でも…」
「それにこの通路と高さを考えろ」
反撃もままならないまま、更にロイが畳み掛ける。
ロイの言う通り通路を見る。
右の通路は今いる廊下と大差ないが、左は高さは断然低く、幅も小さい。
「廊下の高さは私より少し高いくらいだぞ?ここに少佐かアルフォンスと行けと?」
「…や、まぁ…」
確かに理に適っている。
それ以前に、ココまで言われるともう嫌とは言えないだろう。
「納得出来たかな?鋼の」
「…はい…」
エドは肩を落として返事をした。
それに満足して。
「では行こう。くれぐれも無茶はしないよう」
「は!」
「分かりました」
アルと少佐から返事を聞くと、二手に分かれて足を進めた。
今だ嫌な気分から抜けられないエドに、ロイは急にトーンを変えて。
「何時まで落ち込んでいる気だ」
「?」
「明らかにこちらの方が罠だぞ。気を抜くな」
「え…」
「どうも向こうは私と鋼のに用があるみたいだな…」
と、真剣な声で言った。
(…何だよ、この嫌な感じ…)
ロイの言葉に、エドはまた心に何かを感じ取っていた。
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04/08/11
無駄に長い…。
こんなに深く書かなくていいのではと思ったんですが、
手が勝手に…。
ブラウザでお戻りください。