最後にもう一度―――。
瞳の住人 14
朝日が心地よい高さまで昇った頃。
「大分動かせるようになったな」
「あぁ、」
リースはエドが部屋の中を普通に歩き回っているのを見て言った。
数日前までは動かすことすら困難だったはずなのだが、記憶をなくしても体が覚えているというやつなのだろう、数日も経てば稼働時の痛みも引き、日常生活に支障がない位には動かせるようになっていた。
「流石に走ったりすんのは無理だけどね」
「だがその様子だったらもう退院しても大丈夫だろう」
まさか今日言ってもらえるとは思っていなかった医師としての言葉に、エドは一瞬目を丸くしたものの、すぐに笑顔に切り替わって。
「ホントか?」
「あぁ」
リースはにこりと笑って肯定を示した。
話によれば、元々は頭の怪我が治れば退院出来ていたはずだったが、記憶喪失という思いもよらぬ形になってしまったため、ここ数日はエドが人の手を借りずに生活出来るようになるまで、そして医者として患者を不自由なままほうり出すわけにもいかなかったので、入院という形をとっていた。
喜びのあまり大声でリースの手伝いをしているアルに叫ぶエド。
「聞いたかアル!俺今日退院…!」
「聞こえてるよ兄さん」
苦笑した声が扉の向こうから聞こえてくる。
(正直、まだ心配な点もあるんだけどな…)
兄弟のやり取りを見ながらリースはふと心の中で呟いた。
傷は癒えても、肝心の記憶がまだ戻らないのだ。
エド自身、そのことを気にしていないように見えても、人は心の中の大きな穴に不安を感じずにいられない。
記憶がないという恐怖心は、いつ襲ってくるかも分からない上、その恐怖からいつ精神が崩壊してもおかしくない。
だから直ぐに手を差し伸べてやれるよう、まだ入院を勧めるべきなのだろうが。
「早速何処行くか考えねェとな!」
「そうだね。兄さんは何処に行きたい?」
「んー…既に行ったとこもあるんだろ?だからアルに任せる!」
「じゃあね…」
だがこの兄弟の絆は強い。
きっとお互いがお互いの無いものを補って生きているのだろう。
この兄弟なら大丈夫だろう。
リースはそう確信したから、退院許可を下ろしたのだ。
「んじゃぁ、お世話になりました」
「ありがとうございました」
「ああ、元気でな」
深々と礼をする兄弟に、リースは柔らかく笑って、照れたように言った。
不思議と小さな焦燥感に駆られたが、もう留める理由はない。
だから笑って。
「俺はここにいるから、またどっか悪くしたら来いよ」
まぁそうならないことを祈る、と言われると、エドは苦笑して。
「あはは、気をつけるよ」
そう言うと二人はきびすを返し、顔だけをこちらに向けて。
「「さよなら!」」
別れの言葉を揃って、一つ。
リースもまた。
「元気で」
もう一度そう言った。
どうかこの子達に、明るい光が照らされますように。
「…なぁ、アル」
「ん?」
リースの家が見えなくなった所まで来ると、エドはぽつりをアルを呼んで。
「―――俺…一人で、さ…。寄りたい所が…あるんだ、」
何処となく申し訳なさそうな声で見上げて言う。
アルにはそれだけで、今兄が行きたい所を悟ると。
「…分かった。行って来なよ。僕は図書館で待ってるから、」
そう言って、エドに近辺の地図を渡した。
エドは受け取ると、鋼の右手でぎゅ、と地図を胸に抱きこみながら。
「…ありがと」
たった一人の弟に、感謝した。
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04/06/14
次最後の山場ですね。
にしてもホントにアルって良い子だと思います。