瞳の住人 12
「…あれ」
目を覚まして目を窓に向けると、日が既に高い位置にきていた。
昨日の夜、エンヴィーという奴が押し入ってきて言われた言葉が心の中に渦を巻いて眠れなかったのだが、それでも眠気というものには適わず、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
寝た時間が時間だったので今は昼近いようだ。
本当ならアルが起こしにきてもいいのに、と思ったが、多分疲れているのだと気を使ってくれたのだろう。
「…今日も、来るんかな…」
エドは重い右手と左足を何とか動かして窓際に寄ると、さんに顎を置いて力を抜いた。
ここら辺は人通りが少ないのか、人の声は聞こえず、鳥達の声と羽ばたく音だけが聞こえてくる。
正直、来て欲しくない。
今の自分は絶対目を見て話せない。
それ以前に、話すことすら出来ないかもしれない。
きっとあの人の姿を見ただけで体が、疼くから。
「…来ねェといいな…」
そうだ、エンヴィーの言っていることが全部当たっているとは限らない。
こんな感情は俺のただの思い過ごしだという可能性だってある。
それに、あの人がそういう傾向があるとも限らないじゃないか。
そうだ、そう考えればいいんだ。
落ち着いて考えれば分かることじゃないか。
だからもう考えない。
俺の感情とか、欲望とか、考えなければいい。
当たり前の現実を見ればいいんだ。
「――――でも…」
でも。
何でだろう。
あの人が、エンヴィーの言った通りであって欲しいと。
願う、自分がいる。
「〜〜っ」
考えるな、考えるな。
そう言い聞かせてエドは首を左右に振る。
結んでいない髪が自分の顔にぱさぱさと当たる。
そこでようやくエドはようやく髪が長くなっていることに気付いた。
「…記憶、喪失…か…」
髪が記憶のない歳月のことを語っているように見えた。
ここまで髪が伸びるほどの間のことを、覚えていないんだ。
でもどうしてこんなに伸ばしたのかは分かる気がする。
エドは髪を少しつまむと毛先をじっと見て。
記憶が戻りますように―――。
口付けながら小さく小さく願をかけた。
と、髪を見つめる視界にふと何か動くものが入ってきた。
近くを見ていた視線の焦点をそれに合わせると。
「――――っ!!」
エドは窓からばっと身を引いて後ずさりする。
来た。
来てしまった。
バタン、という音が部屋の外から響き、足音が少しずつ近づいてくる。
どうしたらいいかと焦って周りを見渡すが、歩くこともままならないエドには何の意味もなく。
そうだアルがいる、と思ったが、今は出掛けているのか足音は止まらないままこちらに向かってくる。
逃げ場は、ない。
コンコン。
「っ!」
ノックの音が響く。
返事をしなければ大丈夫かもしれないが、今の自分が何処かに行けるはずもない。
それにさっきまで窓から顔を出していたのを見られたかもしれない。
そうなると返事をしない理由なんてあるわけがなくて。
「…は、い…」
戸惑いながらも返事をすると。
「失礼するよ」
キィ、という音とともに男の声が聞こえた。
ドアが完全に開くと、青い軍服が視界に入る。
「気分はどうだ?」
「あ、全然平気です」
あれ、話しかけられても普通に話せる。
それで気が緩んだのか、エドは自然に顔を上げてロイの顔を見た。
どくん。
「そうか、それは良かったな」
どうして。
顔を見ただけで。
「そういえば勝手に銀時計を持っていってしまったが…すまなかったね」
申し訳ないが国家資格の特権使用はしばらく停止させてもらうよ、と言う言葉もまともに聞こえない。
何で、どうして。
どうしてこんなに緊張するんだ。
カラダが、疼くんだ。
「だから…鋼の?」
エドの様子が変なことに気付いたのか、ロイはエドの顔を覗き込もうとして、手を近づける。
と、びくん、と反応してエドはその手をぱしん、と払ってしまった。
「あ、…」
どうしよう、平気だって言ったのに。
これじゃ明らかにおかしいじゃねーか。
しかしロイはその行動に対しては触れずに。
「…調子が悪いのなら、無理はしないほうがいい」
そう言って近づけた手を戻そうとする。
あぁ、よかった。
そう思ったのに何故か。
少し俯いた視界から消えていこうとするその手を、無意識に掴んでしまった。
「…え、あ…え、と…」
「…」
自分でも驚いた。
気付いたら手を掴んでいるのだから。
ロイも少し驚いたようだがその手は振り払わず、そのままゆっくりとベッドの端に腰を下ろして。
「どうした?」
覗き込むと嫌がると分かったロイは声だけで問うた。
「…っ、」
離れていく手を見てよかったと確かに思った。
でもどうして俺は今この人の手を握っているのか分からない。
頭では良かったと思っても。
心が、それを嫌がったのだろうか。
この人を想う心が、離れて欲しくないと。
「…あ、の…」
だったらいっその事、言ってしまえばいいのかもしれない。
心に溜め込んでも抑えられないのなら、言ってしまえばいい。
エドは心を決めて切り出した。
「俺、…」
「ん?」
「…俺、変に…なるんだ…」
言った。
こうなったら全部言ってしまえばいいと、どこか自棄気味に言い放つ。
「…っアンタ見ると、変になるんだ…っ」
「…鋼、の?」
「変に緊張したり、変にカラダが疼いたり…っ」
頭で考えないようにしても、全然駄目で。
考えたら考えたで、止まんなくて。
「…っ心が、熱くなって…っ」
エドはよりいっそう俯いて、ぎゅ、とロイの手を掴んでいる左手に力を込める。
きっと真っ赤な顔してんだ、と頭は妙に冷静だった。
でも心臓はもの凄い速さで動いてる。
「…」
ふと俯いた視界に影が見えた。
ロイはエドに顔を寄せると、少しの躊躇いもなく、それでいて自然に、唇に唇を重ねた。
え、と一瞬何が起こっているのか分からなかった。
でもゆっくりと頬に添えられたロイの左手が、顔を少しずつ上に向かせられるのに気付いて、エドははっとしてロイを押し返した。
「…っ、」
押し返したものの、何て言っていいのか分からなくて言葉が詰まる。
その沈黙は先にロイが破って。
「―――…嫌、だったか?」
「…え…」
少し申し訳なさそうな声で聞いてくる。
エドは呆気ない声を出して呆けていたが、直ぐにはっとして緩やかに首を横に振った。
「…私も、嫌ではないよ」
君とこうすることも、君から求められることも。
そう言うと目を見開いたエドに、ロイは優しく笑って。
「君が、好きだから」
その言葉を、心から受け止めて。
今まで葛藤していたことが嘘のように晴れていく。
だが、次に出た言葉は。
「でも、ここまでだ」
「…?」
「君はきっとここまでしか望んでいないんだよ」
「…どういう、」
何が言いたいのか分からない。
ロイは目を伏せて続ける。
「…君は今のキスで正直満足しただろう?」
「あ…」
確かにそうだった。
俺の心は今のキスで満たされたのは確かだ。
「でもね、私が望んでいるのはその先なんだよ」
この先は、きっと君を泣かせてしまう、と目を開いてエドの金の瞳を見ながら言う。
「…何で、」
「…?」
エドはまた俯いて。
「…っ何で自分ばっかりが、って顔するんだよ!」
「…!」
俺はアンタに気持ちぶちまけた時に、もうそういう覚悟はしてたんだよ。
だから言ったじゃねーか、カラダが疼くんだって。
アンタが欲しいんだって。
「俺だって、アンタが…!」
分かんねェけどアンタが。
「…好きだから…っ、」
「―――っ!」
声を絞り出して言ったエドを、ロイは抱き寄せて、優しく抱きしめた。
抱きしめる腕は、ゆっくりゆっくり強いものになる。
「…後悔、しないか?」
「…当たり前だっ…」
「途中で止められる自信はないぞ」
「…うん」
「それでも…」
「〜〜〜っ!」
いいと言っているのにそれでもしつこく聞くロイにエドは痺れを切らし、先程までの雰囲気をぶち壊すような大声で。
「何度聞く気だよ!!俺はいいっつってんじゃねーかっ!」
早くしろよ!と情緒の欠片もない言葉を真っ赤になって叫ぶエドに、ロイはふっ、と吹き出して苦笑しながら。
「…分かった」
そう言ってエドの頬に了承のキスをした。
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04/06/11
ご想像の通り、次はそんな描写が(爆)
でもストーリーの展開上そんなに甘くはないと思うので、はい。