俺が殺しといてやったから安心してよ?


瞳の住人 11




「え?銀時計が?」

日が半分沈みかけた頃。
目を覚ましたエドはアルに銀時計がなくなったことを告げられた。
だがアルは焦った様子もなく。

「うん。でも多分大佐が持って行ったんだと思うからいいんだけど…」
「大佐、って…さっきまでいた人だよな?」
「あ、うん。東方司令部のロイ・マスタング大佐だよ」

エドはふと、大佐という単語に微妙な何かを感じた。
知らない筈なのに知っているような、そんな何かを。

「どうかした?」
「え、いや、別に」

アルに聞かれて焦ってしまうのは何故だろうか。
後ろめたい事なんて何もないのに、隠してしまうのは一体、どうして。
などと考えても思い出せないものは思い出せないのだから仕方ない。

「そういや何で持ってったんだろうな?」
「それはね、」

アルは以前大佐から言われたらしいが、今のエドには以前のように錬金術は使えても精神的に不安定だし、記憶がない所為か機械鎧も満足に動かせないとなると、国家資格を持っていても殆ど効力を為さないそうだ。
それにこのままでいたとしても、上層部にばれたら剥奪も有り得なくはない。

「だから多分何かを理由にして上に言ってくれるんじゃないかな?」
「そっか…確かに今、持ってても意味ねぇしな…」

エドは右手と左足の機械鎧を上手く動かせず、歩くことすらままならない状態である。
勿論それは着ける前に記憶が戻ってしまったのだから、長期のリハビリを要する機械鎧を簡単に動かせないのは当たり前と言えば当たり前なのだが。
それにしても関節を曲げるのがこれほど辛いとは思わなかった。
機械鎧の重さに耐えるのも容易ではないし、横になっていても寝返りをうつのも一苦労で。

「やっぱまずリハビリから始めた方が…」
「大丈夫だよ」

少し落ち込んだように呟くエドに、アルは優しく遮る。

「きっと直ぐ戻るから大丈夫だよ」
「…それはリハビリしなくてもイイってことか?」
「え、あ、そういうわけじゃ…」

そりゃ腕や足が動かせなかったら困るけど、などとぶつぶつ言うアルを見て。

「はははっ」
「兄さん?」
「…ありがとな、アル」
「?」

少し、元気出たから。













その夜。
東方にしては珍しく夜になっても気温が下がらず、エドは部屋にこもる熱を逃がそうと窓を開けたまま寝ていた。
と、もう少しで寝付きそうになっていたのだが、窓のあたりからカタン、という音が耳に入った。

「…?」

エドはゆっくりと瞼を上げ、首を動かして窓の方に目を向ける。
月明かりの逆光でよく分からないが、人ということは確かだ。
こんな時に限ってアルは俺が良く眠れるようにと少し離れた部屋にいる。
腕と足が動かせない状態でどう足掻けるか、と相手に気付かれないように考えていると。

「起きてんだろ?」
「!」

確信を持って声をかけられたのに、狸寝入りを続けるのは得策ではないだろう。
エドははっきりと目を開けて、ぎこちなくながらも上半身を起こし。

「…誰だよ、アンタ」

少しでもすごんだら終わりだと言わんばかりに低い声で問う。
すると窓のさんに足をかけていた奴は部屋に入り今度はそこに腰掛けて。

「久しぶり、鋼のオチビさん」
「…?」

顔の角度を変えてこちらを見ると、月明かりに照らされて顔が露になり、髪は長いが男ということが分かった。
しかし顔を見てもこんな奴のことは知らない。
勿論久しぶりと言われる覚えもない。
と、男はあ、と思い出したように。

「そういや記憶喪失なんだっけ?じゃあ分かんないか。俺エンヴィーっての。初めましてじゃないんだけど、今は初めてだから一応ハジメマシテv」

自己完結したと思ったら自己紹介をされる。
口調と声のトーンから、そんなに悪い奴ではないのか?と思ったが、だったらこんな夜中に、しかも窓からなんて訪ねて来ないだろう。
だが下手に何か言ってこいつの機嫌を損ねて痛い目にあうのは嫌だ。

「…何?」

だから完結に聞いてみた。
と、エンヴィーは一瞬呆気に取られたようだが直ぐにぷっと吹き出して。

「あはは〜、まあ用がないと来ないよね〜♪」

言いながら暫く笑っていて、エドは不審がりながら顔をしかめて見ていた。
何だこいつ。
そういや格好も変だ。

「…アンタ、何モン?」

聞くとエンヴィーは声を出して笑うのを止め、表情を変えて今度はにや、と笑うと。

「…人、じゃないことは確かかな?」
「!?」

途端に緊張が走るが、エンヴィーは。

「あぁ、緊張しなくてもいいよ。何もしないし」

ただ報告しに来ただけだから、と続ける。

「…報告?」
「そ♪」

知らないエンヴィーに報告されるようなことなど何もないのに、一体何なんだ、こいつは。
だがそう言われると気になるのが人の性。

「記憶がないなら知らないと思うけどね、一応伝えとこうと思ってさ。分からなかったら弟か…そうだな、イーストシティの大佐にでも聞けばいいよ」
「…何でそこでその人が出てくるんだよ」

また気になることが増える。
アルもまた、まるで俺にとって重要な人のように話をするのが心に引っかかっていた。
だからか分からないが、変にあの人を意識してしまって、まだ一度もまともに目を合わせられていないのだ。
それにしても何故こいつからあの人の名前が出てくるのか。
知り合い…にしては怪し過ぎる。
エドが真剣な目で聞くが、エンヴィーは表情一つ変えずに。

「…そっか、あいつの事も覚えてないんだ?」

じゃあどんな関係だったのかも?

「…?」

意味深なセリフを言われて、益々心の引っかかりが大きくなる。
あの人との関係?
アルはただの上司と部下のような関係だとしか言っていない。
だが本人から聞いたわけではないのだから、何もないとは言い切れない。
そういえば、どうしてあんなに真剣になって俺の目を覚まさせてくれたんだろう。
ただの上司と部下だったら、あそこまで親身になって、まるで自分のことのように考えて、心に突き刺さるような言葉なんて言える筈がないのに。
何か。
何か大切なことを忘れている気がする。

「…っ痛!」

途端に頭に激痛が走る。
左手で頭を押さえるのを見て、エンヴィーは。

「右手…使えないの?」
「え、…っ!?」

聞かれたので見上げると、いつの間にかエンヴィーの顔が間近にあって。
気がついたら背中に布団が当たっていた。
頼みの綱の左手と右足も器用に拘束されてしまって身動きがとれない。

「何すんだ!何もしねぇって…!」
「まだ何もしてないじゃん、まだ」

精一杯暴れているのに暴れていないかのように体が動かなくて、エドは焦り始める。
このままじゃ絶対何かされる。

「〜〜いいから放…!」
「教えてやるよ」
「…?」

エドの動きが止むと、エンヴィーは顔を近づけて来る。
何か危機を感じたエドは顔を背けて目をぎゅっと閉じる。
が、待ってもそんな感じは来ない。
変に思ってゆっくりと目を開けてエンヴィーの方を見ると。

「これが、君と大佐の関係」
「―――!」

そう言うとエンヴィーは拘束していた手を外し、また窓へと腰掛ける。

「何だよ、それ…」
「言っとくけど嘘じゃないからね」
「っ何でお前にそんなことが分かるんだよ!?」

エドは声を張る。
何でそんな関係を知ってるかということも勿論あるが。
どうして男同士にそんな関係が要るんだという、正直、不快感。
でも、でも。
あの人を思った時に込み上げてくる、何か。
目を覚ましたときには激しい頭痛が襲ってきて分からなかったけど。
暗い闇の中から見ても、明らかに自分の中に何かがあった。
それは自分ではどうしようも出来ない感情。
―――求めてしまう自分。
エドはそれに気付いてしまった。

「…嘘だ、そんなの嘘だっ!」

自分の欲望と、エンヴィーの言葉の両方を否定する。
だが。

「…いずれ、気付くよ。――求める欲望ってのは、抑えられないから」

きっと自分から言ってしまうよ、欲しいって。
そう言われている気がした。

「あともう一つ」

エンヴィーは足を窓の外に放り出しながら言う。

「君が別れを告げる原因になった人物―――俺が殺しといてやったから安心してよ?」
「…!?」
「じゃ」

エドの渦まく感情に混乱を上乗せしたような形で台詞を言うと、そのまままた窓から出て行った。
アイツは何でも知っていた。
俺の知らないこと、忘れたことの全部を。
そして俺に気付かせてしまった。
必要のない、欲望を。
もう普通に接することが出来ない。
きっと次にあった時は、あらぬ言葉を口走ってしまいそうで。

「…俺は…どうしたら…」

―――怖い。



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04/06/10
無理矢理感が否めない話に…。
じゃないと繋がらないんです…すいません…(爆)
そしてエンヴィーの口調がまだ分からないっていう…。