瞳の住人 9




「…何て、言った…?」
「聞えなかった?私を殺して欲しいって言ったんだよ」
「違う!何でそんなこと俺達に言うんだよ!?」

あまりにさらりと言われて一瞬理解できなかったが、もう一度言ったことで確信した。
それでも唐突過ぎるし、疑問も多い。
エドに血が上って冷静さを欠いている分、ここはアルが。

「…唐突過ぎますよね。…まず理由を話してもらわないと納得出来ません」

納得したとしても殺すなんて出来ないけど、とも付け加えて。
その言葉に女は少し目を細めて黙り込んでしまったが、ふぅ、と小さく息を吐くと。

「…まぁ、それが正当だよね。分かった、話すよ」

女は目を閉じて肩の力を抜くと、坦々と話し出す。

「私ね、錬金術と呪術を少し使えるんだ」
「…?」
「だからその力を使って人を殺した」
「「!!」」

エド達はまさかの台詞に驚きを隠せなかった。
人を、殺した――?
そんなに簡単に言えることではないのに。

「どう、して…」
「…君達が調べた研究所跡、何を研究していたか分かる?」

アルの声は聞えていた筈なのに、女は逆に問い掛けて来る。

「…資料が殆ど残ってなかったから、詳しくは分かんねェけど…軍が関係してたことは確かだった」

エドの答えにそう、と頷いて。

「軍はあそこで、ある石の研究をしていた」
「!やっぱり…!」

女の言葉に、予感は的中したのだと確信する。
しかしアルは。

「…でもそれと、人を殺したことと何の関係が…」
「…軍は、その石を作る為に、沢山の有害物質をこの村と山にばら撒いた」

今の時期、昔だったら綺麗な緑が山と村一面を包んでいた。
だが軍人が、実験の過程で発生した必要のない物質をこの山に沢山捨てた所為で、木々達は枯れ、緑が失われていった。
挙句人体に影響の強い有害な気体までもが充満し、一時には村全域に今までに例のない病気が発生して、死人も沢山出た。
その所為で自然の雄大さで栄えていたこの村も、殆どの人が出て行ってしまい、今では十数軒の家を残すのみ。

「―――軍人に、この村と山は壊されたんだ」
「…」

エドとアルは何も言えなかった。
掛けられる言葉がなかったから。
そして女は真剣な、怒りに満ちた瞳で。

「だから私はこの村と山の為に、軍人達を一掃した」

幸い私には錬金術の知識と呪術が使えたからね、と笑って言う。

「その力使って、軍人達に呪をかけてここに呼び寄せて、あの研究所に居た軍人達全員を殺したってわけ」

絶句する二人に女は、話せって言ったんだから話したんだよ、とまた笑う。
どうして、なんで、笑ってそんなことが言えるんだ。
流石のアルも、怒りを覚えずにはいられなかった。

「…そんな…、どうして、どうして殺す必要があるんだよ!」
「どうしてって?」
「他にも解決方法なんていくらでもあるよ?なのにどうして…!」
「…!」

アルの言葉に、女が始めて感情をあらわにする。

「話し合ったよ?何度も頼み込んだよ!?もう止めてくれって!止めるのが無理だったらせめて少しでも有害物質排出の量を減らしてくれって!だけど軍人達は誰一人として聞いちゃくれなかった!!」
「っ、」
「だったら殺すしかないじゃないか!守るには殺すしかないじゃないか!!」

女の切な叫びに、アルは何も言い返せない。
理にかなっているとは言い難いが、確かに考えればその方法しかないかもしれない。
でも、それでも。

「…人を殺す権利なんて、誰一人としてないんだよ…っ」
「…アル」

アルの絞り出した声に、エドが名を呼んだ。
そして今度はエドが冷静な口調で語り出す。

「…アンタは、それが最善の策だと思ってやったんだろ」
「…そうだよ」
「だったら俺が口出しをする権利はない。勿論義理もな」

エドは元来た道の方へと歩き出しながら。

「だけど、アンタは絶対間違ってるぜ」

アルの背中をポン、と叩いて歩くことを促すと、アルはゆっくりと足を動かす。
しかし。

「―――待ってよ」

拳を握り締めて言った。

「まだ話は終わっていないよ?」

女は意味深な笑みを浮かべながら。

「言ったよね?私を殺してくれって」

君達の言った通り、間違ってたとは思っているよ。
数百人という人達をいとも簡単に殺したのは、流石に尋常じゃないとも思ってる。

「だから殺して欲しいんだよ、私以上の力を持つ、君達に―――」
「!」

エドは歩む足を止めて少し目を見開いた。
確かに今なら殺して欲しいという理由も、少なからず気持ちも分からなくもない。
でも。
そう思ってエドは振り向き言葉を発しようとしたが、先に女が。

「…自分じゃ…死ねないんだよ―――っ」

俯いて苦しそうに、そう吐いた。
でも。

「―――どうして、死に逃げようとするんだ」

本当に間違っていると思うのなら、その罪を背負って生きろよ。
その罪に苛まれてでも生きろよ。

「自分で命を絶てば終われるなんて思うな―――っ」

まるで自分に言い聞かせているような、アルはそんな気がした。
だから敢えて何も言わずに、アルもそれを重く受け止める。
女の人にも、兄の思いが届いて欲しいと願ったが。

「…君は、一人じゃないから…そんなことが言えるんだよ…」

君には弟がいる。
でも私にはもう、誰もいない―――。

「だからお願い…!私を此処から解放してよ――――!」

女は心臓を押さえながら叫んだ。
二人にも、痛いほどその叫びが伝わってくる。
しかし、それでも。

「――――――生きろ」

殺すことは出来ない。

「………」

エドはまたきびすを返し、もと来た道を戻ろうとした、が。
女のくくく、という奇妙な笑い声が後ろから聞こえてきて。

「…そう、残念だよ…」

でもね、だったら私も強行手段を取らせてもらうから。

「…?」

アルは不審がって左足を一歩引いて振り返り、エドは顔をしかめてただその声を聞く。

「私ね、人を呪い殺すことも出来るらしいんだ」
「…俺たちを殺すって、そう言いたいのか?」

言いながらエドも振り返る。

「まさか。それじゃあつまらないでしょう?」

君の大切な人だよ、と、女はエドを指差して緩やかに笑う。
一瞬本能でびくり、と体を揺らしてしまうが怯まずに。

「…俺の、大切な人だぁ?」

エドは鼻で笑いながら言う。

「アル以外に居るかよ、そんな奴」
「いるじゃない。…あぁ、言い方間違ったかな?」

女は鋭い視線を向けて。

「君を、心から愛してくれている人…って言えば、分かる?」
「っ!!」

エドは息を呑んだ。
アル以外にいるじゃないかと言われた時体に緊張が走っていたが、まさかそんな筈はないと割り切ったのに。
体が小さく震えているのに気付いたのか、アルは兄さん、と声をかける。
女は更にそこにつけ込む。

「弟の方は分かっていないみたいだから、もっと分かりやすく言おうか?」

男、軍人、と単語を上げていく。

「や、めろ…」
「―――東方、司令部」
「やめろ!!」

エドは声を張り上げて静止を命じる。

「アイツは関係ねェだろ!?殺すなら俺を殺せばいい!!」

それを聞いて、女は確信を持つ。

「…間違いじゃ、ないみたいだね…?」
「…っ!」
「貴方は…!!」

声の出ない兄の代わりに、アルが叫ぶ。
出来るはずがないんだ、人を呪い殺すなんて、と。

「立証なんてされていないじゃないか!それに確証だって…!」
「信じる信じないは君たちの自由だけどね」

後悔してからじゃ、遅いんだよ?

「…っ、兄さん!信じちゃ駄目だよ!こんな…!」
「一週間」

女はアルの声を遮って。

「何度言っても君達の気持ちが変わらないのは分かっているからね」

もう殺してくれなんて頼まないよ。
だけど。

「秘密を話した分の対価はもらうよ?」
「…どういう、」
「一週間だけ、猶予をあげる」

女は俯いているエドに向かって言う。

「その間に君がどういう行動をとるかは分からないけど…」

その行動によって、その人の運命が変わるっていうのを忘れないように…ね?

「…っ」

言葉を返せないエドに一度視線を走らせて、ふ、と薄く笑うと。

「…さようなら。――――ありがとう…」

そう言って、二人が向かう側とは反対の方向に消えていった。
ありがとう、が何を意味していたのか分からないけど、少なくとも感謝していたのは確かだろう。
しかし結局あの人の進む道を変えることは出来なかった。




「…兄さん、」
「…平気だ」

エドは何もなかったように顔を上げて。

「…帰ろうぜ?」

笑ってアルを見上げた。













その五日後でした。
…兄が、大佐に別れを告げたのは――――。



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04/06/08
こんな理由だったんです。
この五日間の葛藤も書こうかと思ったんですが、限界でした…。