話します、全て―――。


瞳の住人 7




「いるんだろう?入って来なさい」

ロイがドアに向かって声をかけると、向こう側から焦ったようなガシャガシャという音が聞こえてきて、エドがはは、と小さく笑う。
まだぎこちない笑顔だったが、紛れもなく私の知っているエドだった。
これで気兼ねなく会話出来ると思うと、不思議と心が軽くなる。

しかし私からすれば結局は何も変わっていない。
エド自身にとっては大きな一歩を進んだのだろうが、私や弟にとっては結局は何も進んでいない。
やはりエドの記憶を戻さない限り、私たちは一歩も進めないのだ。
だがふと、記憶が戻らなくてもいいのではないかという思いが頭をよぎった。
もし記憶が戻れば、エドはまた軍の戌へと戻り、どんな形にしろ心を痛める日が続くだろう。
だったら今のままでも…とそこまで考えてロイは止めた。
その思いはまだ、もう少ししまっておいてもいいだろう。
エドが立ち直ったばかりなのだから、その余韻に浸るくらいの時間はあってもいいだろう、と。

キィ、と開いた扉からアルがおずおずと頭を見せると、エドはそれを見て少し申し訳なさそうに声をかけた。

「アル、」
「兄、さん」
「ごめん、ごめんな、アル」

昨日虚ろな目で言った時とは明らかに違う、小さな笑顔での謝罪の言葉。
エドに表情があることと、何より目に力強い光が宿っていたことにアルは喜びの意を込めて。

「…やだな、兄さんの所為だけじゃないんだから」

優しく、優しく言った。
その喜びを噛み締めるように一歩一歩エドに近づき、屈んで目を合わせた。

「やっと目、合わせてくれたね」

たった一日だけだったけど、側に居ても視線を合わせてくれないことが、ずっとずっと寂しかった。
でもやっと、戻って来てくれた。

「…ごめんな」
「もう、それは言わないって約束したじゃないか」
「…そう、だっけ」

苦笑しながら言ったエドに、アルはあ、と言葉を詰まらせた。
記憶はまだ戻っていないことを忘れてはいけない。
でも既に薄く感付いているのでは、とアルは思っていた。
だからはっきりと。

「…うん、前に…兄さんが機械鎧の手術をする前に、約束したんだ」

母さんを錬成した時のことと、僕を錬成した時のことについては絶対謝らない、って。
お互いがお互いを止められなかったんだから、どっちも悪いんだから。
謝ってもお互いが許せる立場じゃないから、謝らない。
エドはそのことを思い出そうとしても思い出せないことに苦笑して。

「…そ、か。…やっぱ覚えてないってことは…」
「…」

アルは沈黙で肯定を示した。
また兄が沈んでしまわないだろうかと、そんな恐怖が湧いてきたが。

「…じゃあ、これも前に約束、したかな」
「…?」
「…俺が、元の体に戻してやるから」
「!」

エドが力強い目で、はっきりと言ったことに、アルの恐怖は杞憂に終わり。

「――うん。その時は兄さんの身体も一緒に、だよ」

あの時と同じ言葉を、アルもまた力強く言った。













気を張って疲れたのか、眠ってしまったエドにふわりと布団をかけてアルは寝顔を見る。
先程から傍観者となっていたロイも窓際の壁に寄りかかって寝顔を見ている。
太陽はようやく真上に昇ったあたりだろうか、ロイは視線を眩しそうに窓の外の空に向けた。
ロイが動いたことに、アルは口を開くタイミングを貰う。

「―――ありがとう、ございました」
「…いや、」

感謝の言葉にロイは視線は外に向けたまま苦笑しながら、少し荒治療になってしまったがね、と付け加えると、アルは首を振って。

「そんなことありません。…僕じゃ、きっとダメでしたから」

大佐が居てくれて良かった、とエドの寝顔を見ながら言う。
そのあと暫く沈黙が流れたが、またアルが、兄が立ち直ってから言おうと思っていたことがあります、と口を開いて。

「―――話さなければ、いけないことがあります」

ロイの方に顔を向けて、真剣な声で言った。
その声に、ロイは視線をアルの方に移して真剣な瞳を向け。

「…話さなければ、いけないこと…?」

何かあっただろうかと考えたが、今のロイには思いつかない。
少し目を細めて聞き返すと、アルははっきりとした口調で。

「―――兄が、大佐に…別れを告げる『原因』となった、ことです」
「!!」

ロイは目を見開き、寄りかかっていた体を起こして自分の足で立つ。
思ってもみなかったことに、無意識に体に力が入る。
まるで平常心でいられないくらいの、力が。

確かに私はあの時、誰かに言われたのではないかと聞き返したが、沈黙で返されたことにアレはエドの本心だったんだと思っていた。
だから『原因』なんてない筈だと思っていたのに。
一体、エドに何があったのか。
あれ程強い決意をさせる、何が。

「―――一週間、前でした…」

アルは全ての元凶ともいえるような出来事を、話し始めた。




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04/06/06
やー、これでようやく話が最初に繋がるワケです。
ぶっちゃけそんなに凄くないんで期待厳禁(爆)