―――何度でも言おう。


瞳の住人 6




翌日、ロイはまたリースの病院へと足を進めていた。

昨日リースから記憶を戻すのは難しいと告げられてからロイはそのまま玄関へと歩き、病院を出た。
本当は弟に一声かけてから帰ろうと思っていたが、希望が少ないと言われてどんな面で話をすればいいのか分からなくなってしまったと言えば言い訳に聞こえるかもしれない。
今の自分に気の利いた言葉などかけられる余裕などなかったのだ。
しかし心の何処かで、弟は言われずとも悟っていたところがあるとロイは思っていた。
エドの一番最初の異変に気付いたのも、誰よりもエドを知っているからこそ気付けたことで。
だから下手に言葉をかけるよりも、敢えて心の内に留めておくのがいいのではないかと、無意識な見解をしたのだった。
リースには一応ショックを受けない程度に伝えてくれとは頼んだが、勘のいい弟のことだ、最後まで言わないうちに理解してしまっただろう。

(こんなに、言葉を考えるのは久しぶりだな…)

ただ挨拶を考えるだけでもこんなに時間がかかるものだっただろうか。
らしくない。
ロイはため息を付くと、足を止めた。
比較的ゆっくりと歩いてきた筈だったのだが、気付けばもう病院の前に来ていたらしい。
考えても仕方がない。
今は暗く考えるよりも、いつもの自分でいればそれでいい。
きっと今一番辛いのは弟の方のはずだ。
私は常に、あの兄弟にとって頼られる存在でなくてはならない。
道を、示してやれる存在でなくては。













「あ、おはようございます…」
「…おはよう、」

玄関を開けると、まるで私を待っていたように玄関を入って直ぐの長椅子に弟が座っていた。
今はエドから離れたくはない筈なのに何故、と疑問に思わずにはいられない。
ロイはアルに問うた。

「どうしたんだ?鋼のの傍にいなくていいのか?」
「…はい、」
「…?」

何か思い詰めている様子だった。
今悩む事と言ったらただ一つ、エドに関わる何かだろう。
そして私を待っていたということは、少なからず私が関わって、私に何かを求めているということだ。

「…話してくれ」
「―――兄に…」

促すと、アルはロイが悟ってくれると分かっていたのか、少し間を置いてから切り出し始めた。

「兄に、言ってやって下さい」

申し訳なさそうながらも、はっきりと。
私がエドに話をしてやればいいのは確かだ。
だが一体何を言ってやればいいのだろうか。

「…言って、やってくれとは…」
「――同じなんです」

3年前、人体錬成をした時と。
ロイはそれを聞いて目を見開いた。

「あの時と同じで、兄さんの目に、光が…見えないんです」

いつも僕を引っ張って、勇気づけて、元気をくれていた力強い瞳が、見えない。

「見え、ないんです…」
「…」

その一言で、アルの言いたいことを悟った。
ロイは玄関に立ち尽くしたままだったが、足を先へと進めて座ったまま頭を垂れるアルの肩をポン、と叩いて、立ち止まらずにそのままエドの居る病室へのドアを開いた。
アルはロイの好意を受け止めて、ロイを視線で追いかけることもせず、ただ兄のことを想っていた。












「…アル…?」
「――残念だったね、ハズレだ」

半身を起こして窓の外を見ていたエドは、聞き慣れない声に相も変わらず光の閉ざされた瞳を、おぼつかぬ仕草でその方向へとゆっくりと動かす。

「…アンタ、は…」
「君の上司、といったところだ」

弟から聞いていないかな、と言いながらロイは窓際に寄せられたベッドへと近づく。
敢えて側の椅子には座らず、着ているコートのポケットに手を入れたまま焦点の合わないエドを見下ろして。

「―――いつまでそうしているつもりだ?」
「…?」

何のことだ、と無言で問いかけるようにエドは少し顔を上げてロイを視界に入れる。
ロイもまた、エドの目を見て言う。




――――何だろう。
この人を見ていると。
不思議な感覚に襲われる――――。






「…私は知っているよ。君たち兄弟が犯した…罪を」
「っ、」

罪という単語に反応して、エドの左手がきゅ、と布団の端を握る。
少なからず動揺していることで、今のエドには酷な話だと思った。
だが今言わなければ何時言うのか。
私が言わなければ誰が言うのか。

「―――そうやって自分を塞ぎこんで何になる?」

行ってしまったことを無かったことにすることなど、出来る筈がないんだ。

「現実から目を背けてどうなる?」

塞ぎこんでも背けても、事実は変わらない。
君のことだ、忘れたいとは願っていないだろう。
忘れてしまったら魂のみの弟を否定することになってしまう。
君はそれを望んではいないが、それでも自分の手に残るどす黒い血の跡からは逃げたいと願ってしまわずにはいられない。
しかし君はまだ此処に居る。
塞ぎこもうとする君を、常に此処にひき止めようとするのは何より鎧の弟。
その弟からさえも、君は目を背けようとするのか。

「そして――弟さえも否定するというのか?」

―――兄さん。



「っ、ちが…」

エドは震えた声でロイの言葉を否定しようとするが、それをロイは許さない。

「違わないだろう。君は弟からも逃げているじゃないか」

兄さん。



「…ち、が…」
「母親を錬成した時に持っていかれた左足」

言いながらポケットから左手を出して布団に隠れたエドの左足を指差す。
エドはびくりと体を揺らして驚き、何かされるのかと怖くなって左足を少し動かした。
だがロイは指を差しただけで何もせず、ロイは坦々と喋る。

「この足を失った時の恐怖からも逃げて…」

兄さん―――。



「違、う」
「そして弟を錬成した時に持っていかれた右手」

指差していた手で急に機械鎧の右腕を掴んで引き寄せ、顔を背けるエドに腕を見せ付けるようにして。

「この時の痛みと引き換えに得た存在からも!君は逃げるというのか!」


肉体を持たない、『存在』だけの存在から。


「違う…違う、違うっ!!」

エドは声を張り上げて、布団を力いっぱい握り締める。
今まで逃げていたことを突き付けられてどうしていいのかわからないのだろう、俯いたことから表情は見えないが、肩が震えていた。
それでも話すことは止めない。
エドを思っているからこそ、エドに前を向いてもらいたいから。
ロイはエドの右腕をゆっくりと放すと、先程とは違う声で言う。

「―――犯した罪から逃げたとしても、その罪自体は消えない」

痛みは消えても、その時の恐怖は体が覚えている。
罪は忘れることは出来ても、犯してしまった限り決して消えはしない。
結局痛みも罪も、どんな形にしろ残ることを君は知っているだろう。
そして消えたとしても忘れられない傷も然り。
だから。

「だったらその傷を、痛みを、その罪を背負って生きてみせろ」
「…!」

私は君が前を向いてくれるなら、何度でも言おう。

「このまま鎧の弟と絶望と共に一生を終えるか、元に戻る可能性を求めて…立ち上がるか」

前に言った台詞とは違うが、今は軍という言葉を聞かせたくなかった。
しかしそれでもきっと。

「―――君が立ち上がるというのなら、私は可能性を提示しよう」

今のエドなら。
あの時の『強い意志』が少しでも残っているのなら。

「―――道を、提示しよう」
「…」

エドはゆっくりとロイを振り仰ぐ。
その目には先程の闇はなく。
力強い焔が、灯っていた。
あの時と同じ、焔が。




たとえ泥の川であっても―――――君はきっと、立ち上がるだろう。



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04/06/03
立ち直るのは結構早いんです。
でも記憶は戻ってませんので。
戻ったっぽい感じになってしまいましたので一応。