もしかしたら、一生―――。
瞳の住人 5
再び目の覚めたエドに、ウィズナーはゆっくりと質問をする。
分からないことは無理して考えなくて良いから、ということも付け加えて。
アルは本人から聞かせられるまで、このリース・ウィズナーという医師は医学の殆どを学んだという天才医師として軍部内に名をはせていたことを知らなかった。
その腕を買われ軍医としてイシュヴァールの内乱にも参加していたらしいが、内乱終結後、思うところがあって軍を辞めたらしい。
誰にだって聞いて欲しくないことがあるだろうと思い理由は聞かなかったが、精神科医としても知識もあると聞いて、アルはこの人との出会いを感謝していた。
きっと今の兄には、軍の病院はただの檻でしかないような気がしたから。
「名前は?」
「…エドワード・エルリック」
「歳は?」
「12…」
「「…」」
迷いもなく答えた年齢に、ロイは険しい表情をするが、組んでいた腕に力を込めて、このやりきれない感情を押し殺す。
何故こんなことになってしまったのかと恨まずにはいられない自分に、また不快な感情が込み上げる。
今まで起こってしまったことをこんなに恨んだことはなかったのだが、いつの間にかこの子がこんなに大きな存在になっていたなんて。
自分の性格を変えられてしまうほど、大切な存在になっていたなんて。
ロイが自問自答を繰り返している間にも、エドへの質問は続く。
「じゃあ最後に聞かせて欲しい。――最後に、見たものは?」
「……俺の腕を、持っていった…奴…」
少し間をおいての小さな返答にウィズナーはどうだ?という表情でアルの方を見ると、頷きを返される。
これで記憶喪失だと確定した。
3人の間に重い空気が流れ始める。
ふとロイはエドを見た。
エドの目に前のような光はなく、視線も虚ろでどこを見ているのかわからない。
綺麗な金の瞳も今は輝きを隠しているようで、まるで初めてエドに会った時のようだと思わずにはいられない。
本当に、あの時のエドのようだ。
「…ありがとう。少し無理をさせたな…楽にしていいよ」
「…」
表情には出ていなかったが嬉しい言葉をもらったからか、エドは力を抜いて体をベッドに沈めた。
そしてウィズナーはロイに目でちょっと、と合図をし、椅子から立ってアルに、眠るまで付いてやっていてくれ、と小さく言うと、ロイと共に部屋を出て行った。
アルは椅子に座ると、無言の空気に堪えられないのか、ぎこちなく会話を切り出して。
「あ、水、飲む?」
少し遠い位置にある水差を取ろうと、椅子から立とうとしたら。
「あ、」
「…兄さん」
戸惑うようにエドの左手が鎧の指を掴む。
以前も同じことがあった。
母さんを錬成してから大佐が来るまで、ずっと兄はこんな調子で。
僕が離れようとする度に、恐怖を感じたのか、何度も何度も引き止めた。
本当に、あの時のように感じてしまう。
僕たちにとっての、闇の時間だった時のように。
「…傷による一時的なものだと、思ったんだが…」
部屋の扉を閉めて直ぐ、ウィズナーは呟いた。
その呟きにロイは表情を変えずに聞く。
「…どうなんだ」
「…大抵…一時的なものだと、質問をしている時に思い出すケースが多いんだ」
しかし思い出す素振りも、苦しむ様子もなかったとなると。
「…かなり、厄介かもしれない」
横目でロイに言うと、ロイは少し苦しそうな表情に変わって。
「…思い出せる、見込みは…」
「…記憶喪失者の多くは、何か嫌なことがあった時よりも前に記憶が戻ることが多い」
その言葉にロイは少し疑問を覚えた。
それならばエドの場合、母親を錬成する前に記憶を戻したいと思うのが普通のはず。
では何故、錬成後に記憶が戻ったのだろうか。
「もっと別な何かが、あったってことだ」
ウィズナーもアルからその話を聞いていたらしく、同じ疑問を抱いていたようだ。
「心当たりはあるか?」
「…いや、」
本当は、先程エドに別れを告げられた時に何か引っかかるものがあった。
しかし引っかかるだけで確証も、勿論確信すらなく、ただ本当に私に嫌気が差しただけだとも思える。
それでも、あのエドの行動は何か陰謀のようなものを感じられるような気がしてならないが、今となっては、真相を語る術がない。
「そうか…」
ウィズナーは頼みの綱を絶たれたように呟く、が。
「だが…」
「…?」
「お前が、あの子の記憶を戻すきっかけを持っているかもしれない」
「私が?」
「あぁ」
エドが目を覚ましたとき、ロイを見て頭を抱えだしたのを覚えているか、と問う。
ロイはその言葉でエドの行動を思い出して。
「…そういえば、」
ならば直ぐにでも戻る可能性が、とロイの中に希望が差した気がした。
しかしウィズナーは、記憶喪失ってのは厄介だと言っただろう、と続ける。
「きっかけを与えても、思い出せるかは本人の意思次第」
思い出したくないという意思が少しでもあるのなら、―――希望は、少ない。
ある意味絶望ともとれる一言に、ロイはかき上げた前髪をくしゃりと握る。
「…そんな…!」
「―――1日で戻る場合もあれば、一生戻らない場合もある」
人の心の病ほど、治療の難しいものはないんだ、と告げられて。
ロイは扉を振り向いて、その向こうにいるエドに切に願った。
どうかもう一度。
私に君の心からの笑顔を見せてくれ、と。
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04/06/02
記憶喪失の見解については勿論適当ですので信じないで下さい(苦)
さてそろそろロイの苦悩が始まりますかねー(爆)