始まりは、ある悲鳴から。
瞳の住人 1
「兄さん!?」
重い足取りで宿への道を歩いていたエドに、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。
ゆっくりと振り向くと、がしゃがしゃと音を立てて鎧姿の弟が走ってくる。
「アル」
エドは至って普通に返事をした。
自分が思っていた以上に先程の事は応えていないことに自分でも少し驚いた。
気の済むまで、泣いていたからだろうか。
今感じていることといえば、頭から足の先まで水を吸った体はやけに重いと感じるくらいで。
心に、痛みはない。
なのにこの空洞は、この焦燥感は、一体なんなのだろうか。
「どうしたんだよ、ずぶ濡れじゃないか!!」
「あー、司令部寄った帰りに降って来てさ。結構濡れちまったからもういっかなーなんて」
「もう、傘くらい買えばいいのに…」
アルは言いながらエドの上に大きな手のひらを広げて、少しでも打ち付ける雨を遮ってくれる。
その仕草も、今は素直に嬉しい。
きっと、人肌が恋しいんだ。
こんなに弱くなったのも全部あいつの所為だ、と思っても仕方がない。
もう関係はないんだから。
今はもう上司と部下、という名目だけ。
「さんきゅ」
苦笑しながら礼を言う。
アルはその表情で、もう何があったのか分かったのだろう。
「…兄さん、やっぱり…」
「…」
全く、自分の周りの奴らはどうしてこんなに勘のいい奴ばかりなのか。
俺は鈍いのに。
恨むよ、カミサマがいるのなら。
「あぁ、言ってきた」
目を伏せてサラリと言う。
アルは俺とロイの関係を知っていた。
自分から、勿論ロイからも告げたわけではなく、兄に関して特に勘のいいアルはいつの間にか悟っていて。
今日のことも話したわけではないのだが、今回の原因となった『出来事』をアルも知っている。
だからエドが出掛けてくる、と言った時もアルは場所も聞かずにただ見送ってくれたのだ。
もしかしたら止められるかとも思った。
『あんなこと』本当に出来るワケがないじゃないか、と。
でもアルは分かっていたんだろう。
そう言われても、一度決めたことは絶対に貫くという性格を知っているから。
俺の長所でもあり、短所を知り尽くした弟だから。
「本当に、良いの?」
アルはまるで自分の事のように、苦しそうに聞いてくる。
お前が、心を痛めなくたっていいのに。
「…いいんだ」
一度息を吸って、エドは力強い目でそう吐いた。
「でも、でも…もう前のように笑って話せなくなるんだよ!?それでも…!」
「いいんだ!!」
自分が決めたことを間違いだったと言われている気がした。
いいんだ、いいんだよ。
お前がそんなカオ、しなくたって。
「守れるなら、それでいいんだ」
「兄さん…」
エドはにかっと笑いながら言ったが、降りしきる雨が頬を濡らし、痛々しく泣いているようにしか見えなかった。
と、そんな感傷の暇を与えないかのように。
「ぅあああああぁぁぁっ!!!」
「「!?」」
薄暗くなった街中に男の悲鳴が響いた。
エドとアルは聞き間違いじゃないよな、とお互い目で会話をして。
「行くぞ!」
「う、うん!」
悲鳴のした方へと走り始めた。
こんな時くらい兄には休んで欲しいのに、と思ったアルの願いが、この後思いもよらぬ形で叶えられようとは、今は予想も出来なかった。
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04/05/23
うわー、気になる気になる。
まだまだ分からないことだらけですな。
とりあえず次に一騒動あるんだなって事くらいしか…。