守るには、これしかなかったんだ。
瞳の住人 序章
イーストシティ。
1ヶ月ぶりに戻ってきたエルリック兄弟は、いつものように宿を取った後、アルにちょっと出掛けてくる、と告げてエドは東方司令部前に来ていた。
いつもならば何気ない行動なのだが、今日は足取りが重かった。
理由は分かり切っている。
覚悟も決めた。
それなのに、心の何処かで本当にこれでいいのかと主張する自分が居て。
その声を振り切るようにエドは頭を振ると、決意に満ちた目で司令部を見据えた。
と。
「久しいね」
声のした方を振り返ると、見慣れた人物が階段の下からエドを見上げて立っていた。
エドにどくん、と緊張が走る。
しかしこの感情は悟られてはいけない。
平常心で言わなければ意味がない。
―――伝わらない。
「…そうでもねぇだろ」
やばい。
少し素っ気なさ過ぎただろうか。
何とか落ち着けた気持ちが、またぶり返しそうになる。
「私にとっては一週間すら長く感じるよ」
エドの焦りも杞憂に終わり、ロイはいつものような口説き文句を吐いてくる。
だが今のエドにはそんな一言さえも気に触って。
「俺は感じねェよ」
あぁ、今ので完全に感づかれた。
だが早鐘のように鳴る心臓とは逆に、脳は冷静に今の状況を探っている。
やはり本人を目の前にして冷静に言おうと思ったのには無理があったのか。
大佐に隠し事は最後まで出来ないらしい。
「…鋼の?」
素っ気ない返答にロイはエドの二つ名を呼ぶと、階段をエドの居る一段下まで上ってエドの頬へと手を伸ばそうとするが、パシン、とロイの手を払い、拒絶の意を示す。
「…触るな」
エドは少し目を細めて言った。
何と思われてもいい。
今ロイに触れられたら決心が鈍ってしまいそうで、怖かった。
「…何か、あったのか?」
不審に思ったらしいロイは探るようにゆっくりと聞いたが、間髪入れずに。
「何もない!」
そらしていた視線を焦ったようにばっ、とロイの方へ向けて叫ぶとロイは驚いたように目を見開いてエドを見る。
と、エドはハッと我に返ってまた視線を反らした。
(だめだ、だめだ)
感情を表に出すな。
そう自分に言い聞かせてエドは俯いて今度は小さく呟いた。
「何も、ねェから…」
そんな風に言われて何もないと思う奴がどこにいるだろう。
それにロイ程の戦略家となると、普通の人以上に敏感なのではないだろうか。
「…何もないならそんな態度は取らないだろう」
俯いているため表情は伺えないが、とても心配をしてくれているような声で。
正直嬉しかった反面、怖いと、思った。
感情を見透かされているようで、怖くなった。
「…っ…」
だから本当のことを言いそうになってしまって、エドは開きかけた口をきゅ、と閉じて、一段下に立っているロイに耐える表情を見せないよう、より深く俯く。
一度口をつぐんだら、よっぽどの事がない限り喋らないことを知っているロイは、エドに聞こえないように小さくため息をつくと。
「…私は君の悲しい顔は見たくないんだ。…だから少しでも君の痛みを分けて欲しい」
「―――っ」
寂しくも、この上なく優しい声。
抱きついてしまいたかった。
抱きしめてもらいたかった。
でも。
エドはきつく目を閉じて感情を押し殺すと。
「…そんなん、只のおごりだろ」
自分の演技力を限界まで引き出して、坦々と話す。
「話したからって痛みが軽くなるなんて分かんねェだろ」
「鋼の、」
ロイの呼び止めにもエドは言葉を発するのをやめない。
「軽くなったとしてもそれはそう『感じる』だけで、塞がったワケじゃねェ」
表面的な『傷』はやがて塞がるだろう。
だが『痛み』は。
「同じことが起きればまた、痛み出すんだ…っ!」
塞がることはない。
苦しげに吐き捨てるエドに何か悟ったのだろう。
ロイもまた辛そうに。
「…何を言われた…?」
「っ!」
確信に迫る問い。
エドは目を見開くが、それでも息を呑むだけで、沈黙を通す。
どうしてそこまで分かってしまうんだろう。
分からなければ、まだ楽なのに。
「もう一度聞く」
ロイは低い声で怒りを抑えながら言葉を吐く。
「誰に何を言われた?」
答えられない。
答えたら、言ってしまったら。
―――『歯車』が、回り始めてしまう。
「…おごりと言われても構わない。…君の支えになれるなら…」
答えないエドに、ロイは感情を抑えてゆっくりと話し始めた。
でも、甘えてはいけない。
「…俺は、平気だ…っ」
感情を押し殺して、たった一言を言うのがこれほど辛いなんて。
と、いきなり左腕を引き寄せられて。
ロイは抱きしめたまま苦しそうに声を搾り出した。
「っ何処が平気なんだ…っ!」
小さな体にいくつもの深い傷をつけて、と。
「っ!!」
どうして。
どうして抱きしめるんだよ。
触んなって言ったのに。
平気だって言ったのに。
どうして抱きしめるんだよ―――!
エドは背中に腕を回したい衝動を抑えて。
「…離してくれ…っ」
「出来ない」
「離せ!!」
力の限りでロイを突っぱねて。
「何故…!」
「重いんだよ!!」
エドは言った。
ここに来るまでに何度も言うことを戸惑った、その言葉を。
「…大佐の気持ち全部が…重いんだよ…っ」
「―――――」
エドの言葉にロイは暫く沈黙を続ける。
そして何かを決意したように。
「…それは本音、か?」
発せられた言葉にエドはびくり、と反応するが。
戸惑いながらも、それでいてハッキリ、こくりと頷いた。
「言いたいことはそれで全部か…?」
また頷く。
「…そうか」
ロイは悲しそうにそう言うと、エドの横を通り抜けて司令部の長い階段を上っていった。
足音が遠ざかっていくと同時に、ふとぽつりぽつりと小さな雫がエドに降り注いできた。
雫は次第に激しさを増し、赤いコートは水を吸ってずしりと重みを増す。
そんな雨にもエドは暫く微動だにせず立っていたが。
「…っ、――――っ!!」
声を押し殺し肩を震わせて、泣いた。
いいんだ。
これで良かったんだ。
もう今までの関係に戻れなくても、会えなくなっても。
これで、ロイを守れるんだ。
雨に隠れて涙を流しながらエドは嬉しそうに、笑った。
これが『今』のロイと最後の逢瀬になるとも、知らずに。
既に『歯車』が回り始めていたことを、今は知る由もなかった。
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04/05/15
謎が多い過ぎるので序章。
この前とか後に沢山色んな事が起こります。
かなり長くなりますがお付き合い下さい。