「どういうことだ?」


資料室を出てから腕掴まれて。
そのまま学校出て、車乗せられて。
家に着いた途端、また腕掴まれて車から引きずり出されて、玄関に入って扉閉めた途端。
無理矢理に近く、力任せでその扉に押さえつけられた。
片腕だけだから、逃げようと思えば逃げられたと思う。
けど。


「…っ、どーもこーも…」


そういう、ことだよ。
そう言った俺の言葉は、それを否定した。
今逃げたら、絶対に話なんか出来ねェ。
そう思ったから。



進路 3





「…寮に、入るのか」


俺がはっきり頷けば。


「何故、そんな大事なことを黙っていた!」


声を荒げて叫んだ。
少し、辛そうなのは気のせいだろうか。
けど、今の俺はそれを確認する術なんてない。


(…顔なんて、見れねェよ…)


ロイは車に乗る時と、デスクワークをしている時、そして本を読んでいる時は眼鏡をかけている。
いわゆる、仕事の顔ってやつ。
それ以外は外しているから、俺は眼鏡をかけていない時の顔を見ることが多いんだけど。
今は、車も降りたのに、かけたまま。
外すことすら忘れたのか、そのまま俺と対峙してる。
仕事の顔で、俺と。


「…言えたら、言ってるっつの…」


何時だったか。
眼鏡をかけていたら、幾分か楽に言えるかもしれないって思って切り出そうと思ったことがあった。


「言おうと思ったさ、何度も…」


でも、眼鏡かけてたって何にも変わらなかった。
眼鏡越しだからって言ったって、目を見なきゃいけないことには変わらなねェんだよな。
薄いレンズなんて、何の意味も持たないんだ。


「でも、俺はあの学校がいいんだ」


周りと競い合える、あの学校がいいんだ。
もっと勉強して、色んな知識身につけて。


「夢、叶えてェんだよ!」


それでも、目を見ては言えなかったけど。
伝わってるって、思いたい。


「…金は奨学制度使えるから、私立でも、公立と殆ど変わらない」


なあ、そう思わせてくれよ。
じゃねェと。


「それにもう義務教育じゃねーし、バイトでもすれば払えると、思う」


決意が、鈍る。


「だから、」
「…それで?」
「え…」


低い声が聞こえた。
それは明らかに、許してくれないトーンで。
伝わらなかったのかと顔を上げれば、ロイは体を屈ませて、俺と視線を合わせて。


「金の問題ではないんだ」


たとえ金を自分で払ったとしても、お前がこの家を出ることには変わりない。


「…夢を叶えたいというお前の思いを、否定するわけじゃない……だが、」


反意語を言った後、片手で眼鏡を外して。
黒い瞳を向けられて。


「私の傍から離れるのは許さない」
「な、」


何、言って。
目を見開いて口を開いたけど、言葉は出てくれない。


「やっと手に入れたのに」


やっと、エドそのものを手に入れたのに。
それなのに。


「私から逃れることも―――許さない」
「っ!」


無理矢理、口を塞がれた。


「…っや、め…!」


顔を背けようとすれば、眼鏡を持った手で顔を固定される。
しかし邪魔になったのか、眼鏡から手を放したらしく、カシャン、という音が玄関に響いた。


「っ嫌だ、離せ、はな…っ!?」


その音に気を取られて、同時に口を解放されていたのも気付かず、無意識に叫んでたけど。
それは首筋に感じた暖かさで、一度止まって。


「っロイ!!」


このままじゃ、ここでヤられる。
そんなん、嫌だ。


「嫌だ、止めろ、」


こんな、無理矢理なんて。


「止めろ―――っ!」


あらん限りの力で、拘束されていた腕を振りほどいて、迫ってくる体を押し返した。
その反動でロイは後ろに一歩下がって、その足が少しもつれて、玄関の一段高くなった所に尻餅をついた。


「あ、…」


俺は思わず声を漏らしたけど、ロイはそのまま俯いている。
解放されたんだから、何も言わずに通り過ぎて、部屋にこもってしまえばいい。
頭ではそう思ったのに、足は動いてくれなくて。
代わりに、口が開いて。


「…っ俺だって、悩んだんだよ…」


何度も言おうとした。
けど言えなかった。


「アンタが、俺のこと、応援する、みてェなこと言ってくれるからさ、俺、どんどん言えなくなってって…」


応援してくれるから、俺だってそれに応えたいって思った。
夢叶えたいって思ったんだよ。
けど。


「なのに何で、アンタだけが、辛そうな感じで…何で、それを押し付けんだよ…!」


でも。


「…俺だって、」


夢も叶えたいけど、何より。


「俺だって、アンタと離れたくなんて、ねェんだから…!!」


傍に居たいって、思ったんだ。
俺に、日の光が素晴らしいってことを教えてアンタの。
好きだとか、そういうのはなしにして、俺を絶望の淵から救ってくれたアンタの。
傍に。








どたどたと走る足音が遠退いていく。
ロイはエドが居なくなってもそのまま、座ったままでいた。


「――――辛かった、だろうに…」


それなのに、私は。


「なんてことを…」


はぁ、と切なく息を吐き出して、項垂れたまま前髪を掻き上げた。
悩んでいることなんて知らなかった。
エドは何時も自分で結果を出せるから、今回も進路を聞いた時、どちらかというと流すようにして聞いていた。
それにエドが決めたなら、そこがいいんだろうと思い込んで、適当に応援するような言葉を言っただけで。
それ以降学校の話もしなかったから、何も問題ないのだろうと思っていた。
でもそれは私が勝手に思っていただけで。
頭がいくら良くたって、悩まないはずがないのに。
どうしてそれに気付いてやれなかっただろう。
どれだけ、悩んでいたのだろうか。
それなのに私は、寮に入らなければならないということをエドからではなく、担任から初めて聞いたことで頭に血が上っていて、玄関で、しかも力任せにあんなことを。
エドの気持ちも知らないで。
エドの気持ちに気付いてもやれないで。
そんな私に。


「傍から、離れるのは許さないなんて…」


言う資格など、ないというのに。
今回ばかりは、恋人としての我が侭なんて言ってはいけないのを、今更ながらに気付いた。
兄弟として、兄として。
何より私はエドの将来を考えて、応援してやらなければならない立場だというのに。


「…もう、後ろを付いて歩くようなことはないんだな…」


いつの間にか、もう並んで歩いていたんだな。
それを無理矢理、後ろを付いて歩かせる必要なんてない。


「全く…」


どちらが子供か、もう分からないな。
そんな自嘲した言葉が、空気に溶け込むことはなかった。











「じゃあな、アル」
「ああ、また明日」


掃除を終えて、鞄を取りに戻る廊下で、友達に手を振った。
教室に入り鞄を持って、ふと隣のエドの机を見れば、既に鞄はなく、もう帰った後だった。
最近、エドはそそくさと先に帰ることが多くなった。
たまに帰ったとしても、明らかに空元気で、見ているこっちが辛くなる。
休み時間とかに話していても、それは変わらなくて。


「…だから、話せって言ったのに」


ぽつりと言葉を机に投げつける。


「こうなることくらい、目に見えてたんだよ…」


こうなる、予感はしていた。
エドが担任に進路希望票を催促される前から、気付いていた。
あの人と進路について話し合っていないという時点で、薄々感づいていたんだ。


「辛い顔、見る身にもなれってーの…」


そんな顔をさせたくないから、見たくないから、何度も何度も話せって言ったのに。
結局、思った通りになってしまった。
こんなの、当たったって全然嬉しくない。
むしろ。


「当たらなければ良かったのに…」


と、呟きを残して教室を出、学校の校門を出、止まっていた車の横を通り過ぎると。
バン、という音がして気持ち振り向けば、運転席から男が降りてきて。


「少し、良いかな」


話しかけてきた。
普通なら怪しんで適当にあしらって逃げるところなんだろうけど。


「…案外、遅かったですね」


残念ながら、顔見知りだ。








僕が助手席に乗り込んだのを確認すると、車を出した。


「…眼鏡、かけてるんですね」
「仕事をしている時と、運転している時くらいだけどね」


それから少し間があって。


「…エドは、どうしてる?」


ロイが口を開いた。
けどそれは可笑しな質問で。


「…それは、僕よりも貴方が良く知っていると思うんですが?」


少し嫌味を含んで言えば。


「まぁ、そうなんだけどね…」


苦笑した声が返ってきた。
ということは、僕が大方の事情を知っていることは、分かっているようだ。
だったら余計な説明も質問もいらないだろう。


「…全然ですね。明らかな空元気ですよ。見ているこっちが辛くなるような、ね」
「…そうか…」


素っ気なく言った言葉に、少し沈んだ様子で。


「――――君は、エドと同じ高校に行くんだろう?」


本題を切り出してきた。


「…偶然、というわけではないですが…そうみたいですね」


窓の外を見たまま言った。


「まあ、まだ確定ではありませんが」


そして少し、車の音だけという沈黙があって。


「…志願を出すのは何時?」
「来週です」
「そうか、来週か…」
「…?」


一体、何を言いたいんだろうか。
少し視線を動かすと。


「エドが今の進路のままだったら、いいんだが……もし、」
「はい?」
「もし、エドが例の…寮のある高校とは、別の高校名を、志願票に書こうとしたなら…」


もう一度、良く考えろと言ってやってくれないか。


「…は?」
「本当にそれでいいのか、と」
「何、言ってるんですか?」


それじゃあまるで。
寮に入れって言ってるようなもんじゃないか。


「その言葉、そっくり返させてもらいますよ」


貴方はそれでいいんですか?
と聞けば、表情は変えないまま。


「…エドは夢を叶えたいと言っていた」


だったら、それを後押ししてやるのが私の役目だろう。


「あの子は、寮に入って整った環境で、成長するのが一番良いと思うんだよ」


そう言ったこの人は穏やかな顔をしていた。
僕は思った。
どうして。


「……停めてください」
「え…」
「家、直ぐそこですから」


止めてもらって、僕は降りて、ドアを開けたまま。


「…僕は、それが一番だとは思いませんよ」


そもそも、僕がエドの進路を変える権利なんてない。
何よりエドが貴方の傍にいることを望んでいるのに、変える必要なんてないじゃないか。


「良い環境で勉強することだけが、夢までの道じゃないでしょう」


離れたら、絶対辛いに決まっているのに、何故引き離そうとするのか。


「エドもエドですよ」


離れたら絶対後悔するに決まってるのに、何故そうまでして寮に入らなきゃいけないのか。


「…辛くなるために、後悔するために、高校に行くんじゃないんですよ」


そんなで、本当にエドが夢を叶えられると思ってるんですか。


「…本当にエドのことを思っているんなら、そんなことは言わないと思うんですけどね」


少なくとも、僕なら絶対に言わない。
そして、僕はドアを閉めた。








「……キツイな」


言うことは尤もだ。
だが正しいとも間違っているとも言えない。
だったらどうすればいい?
他にどうしたらいい?


「数学のように、はっきりした答えを出せたら」


誰も、迷ったりしないのにな。





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05/03/13
大佐何やっちゃってんですかね…。
ちなみに中学は学ランですよ(あんまり関係ない)
にしても校名出せたら楽なのにね…。
あぁぉぁもうどうなるんですかね(爆)


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