「じゃあ時間に間に合うようには行くから」
「あ、おぅ」
ロイはエドよりも早く家を出る。
今日もいつもとなんら変わらず、ロイが先に家を出た。
違うのは、今日という日。
「あー…」
片づけをする手も、鞄を持つ手も何処となく重い。
そう感じる理由は分かりきってる。
原因は自分の受験したいと思う高校が、今の家から通うには遠くて、それ故に寮に入らなければならなくなるが、それをロイに言えないこと。
分かってる。
分かってるけど、言えない。
だって―――。
「…今日が来なきゃよかったのに…」
理論を追求し、どこまでも現実主義な俺。
その俺が、そんな非現実を望む言葉を吐くなんてな。
「どうなるんかな…」
人によって数は違うが、生きていく上でターニングポイントと呼ばれる分岐点に差し掛かることがある。
今日は、一生のうち一体何個目に当たる、俺のターニングポイントになるんだろう。
進路 2
「はよ」
自分の机に鞄を投げて、既に登校していたアルに挨拶し、どかっと腰掛ける。
その声は清々しいものとは言えない。
「おはよう、エド」
礼儀みたいなもので、アルも挨拶を返すが、エドの態度と声から直ぐに何かを悟って。
「…やっぱ、言えなかったんだ」
呟く声は小さく、顔はエドの方は見ず、正面を向いたまま。
エドも言われてもアルの方に顔は向けなかった。
「…分かってんなら、言うんじゃねーよ」
八つ当たりみないな、いや、確実に八つ当たりのトーン。
こんな自分が嫌だ。
「結局、進路希望票も書けてないみたいだしね」
「…何で分かんだよ」
「言えないなら書けないじゃん」
エドの場合、ね。
そう言うアルの声は軽いものではなく。
少なからず俺のことを気遣ってはくれているようだ。
「我が道を行く振りをして、何気にあの人には従順だからね」
「それは、」
「分かってるよ、養ってもらってる身だからね、文句は言えないんだろ」
今クラスの中で俺の生い立ちを知っているのは、小学校から付き合いのある奴でも、ずっと同じクラスだったアルと、数人しかいない。
だからといって言える言葉でもない。
俺と、ロイの関係を知っているからこそ。
「だからって、自分の言いたいことを言わないってのは違う」
交わしたアルの視線は、鋭いもので。
「っ、」
言葉も、視線も、深く突き刺さる。
「言わないのか、言えないのか、この際もうどうでもいいけど」
自分の望む道を行くのか、それともあの人に従った道を行くのか。
僕の意見を聞いても、あの人の言葉を聞いても。
「選ぶのは、エドなんだからな」
「……っ、」
分かってる。
分かってるよ。
「…でも選べないモンは、どうしたらいいんだよ…っ」
視線を逸らして、机の上に置いた両手をぎゅ、と握り締めて吐き出した。
アルもまた顔を正面に戻して。
「…まだ、選ぶ位置まで行ってないだろ」
「え…」
その声に俺はもう一度アルに視線を向けると。
「まだ、あの人の言葉を聞いてないんだろ」
「あ…、」
「それからでも、遅くないと思うけど?」
言った途端、タイミングを計ったように担任のヒューズが入ってきて、話はそこで終わった。
そうだ。
俺はまだ何も言ってない、言えてない。
選択をする位置まで、辿り着いていないんだ。
そう気付いたら、体は軽くなったけど。
心の中と、状況は何一つ、変わってはいない。
「つうかなぁ、頼むから期限守って出してくれよ…」
「あー…すいません」
俺のクラスの三者面談の行われている、社会科資料室。
既に何人かが終えて帰っていく中、今日の最後に当たる俺の番がきた。
が、時間になってもロイは来ない。
お前が最後だから時間は延ばせるし、とりあえず二人で話すこともあるから、と室内に呼ばれて向かい合わせの形で座り、何を言われるかと思ったら。
そうだった、これに関しても問題があったんだった。
「でもこれに使うんだから、別に今言っても…」
「おーじゃあ言ってみろ、何処にするんだ?」
「あー…」
言って後悔した。
まだ明確な答えを出せないってーのに。
と、うんうん唸っている俺を見て、ヒューズはもういいから、と頭をわしわしと撫でて。
「進路調査票の方に書いたのはどうなったんだ?」
その中ので迷ってんだろ?
「あー、まあいちお…」
聞かれて、答えようとした時。
「すみません、遅れました」
がらっと資料室の引き戸を開けて入ってきたのは俺たちが待っていた人物。
二人同時に目をやったものの、先に口を開いたのはヒューズだった。
「あーいえいえ、お待ちしておりました」
立ち上がって、どうぞこちらに、と手の平で俺の隣の椅子を示して。
それに促されて俺の隣に座る直前。
「ごめんな、エド」
「…別に」
小さな声で謝るロイに対して、俺も小さな声で答える。
そんな俺たちのやり取りに気付かないヒューズは。
「えーでは、早速本題に…」
「ああ、すみません」
三者面談としては普通の流れなんだけど、今の俺にとっては恐ろしいほど早速過ぎて、自分の話なのに居た堪れない。
(…何時出すんだ、志望校の話は…!?)
今のところは俺の授業態度やら何やらで進んでるみたいだけど、それも長く持つわけはないんだ。
いい加減、覚悟を決めないといけないんだろう。
「それでですね、志望校についてなんですが…」
来た。
俺は反射的に目の前に出された進路希望票から視線を思いっきり逸らした。
「…白紙…?」
「そうなんですよー、期限は今日までだったんですが…」
「エド、」
苦笑しながら訴えるヒューズの声に押されて、ロイが俺の方を見た、と思う。
けど、俺はそっちを見れなくて。
向く気がないのに気付いたのか、ロイは全く、とため息を付いたが。
「でもおかしいですね、私が聞いた志望校は一校だけだったので、てっきりもう決めているのかと」
「そうなんですか?私は進路希望票を書けないので迷っているんだとばかり」
そう言って資料に重ねられて下の方に追いやられていた調査票を取り出し、ロイに見せる。
「あ、第一希望に書かれているこの高校です」
「何だ、お前決まってたんじゃないか」
ヒューズは安堵した声を漏らした。
「いえね、私もここを薦めていたので、嬉しいですよ」
「そうだったんですか、」
お互いにほっとした様子で語っているが、俺は相変わらず黙ったまま。
それには流石に不審に思い。
「エド、どうしたんだ一体?」
「…」
聞いてくるが、返事も出来ない。
ヒューズはといえば、特に気にもならないらしく。
「それにしても良かったですよー、優秀な子には出来るだけ頑張ってほしいですからね」
レベルの高い学校のことをロイは既に知っていると踏んで、一人話を続ける。
けど。
「まあ距離が遠いので、寮に入るという点は否めませんが、環境を考えたらそれでも…」
「はい?」
「っ!」
そこに決定打が入ってるなんて俺は思わなくて、息を呑んだ。
「寮、というのは…?」
「え…、聞いてませんでしたか?」
この学校、この辺りからは電車で通っても一時間はかかるところなんですよ。
ですから、より良い環境で勉学に励んで頂くには、寮に入るのが良いかと思われるんですが。
とヒューズは続けた。
それに関しての返答がないので、どうかしましたか、と聞けば。
「…学校の、資料は一切見せられていないので…」
「え…、それは、困り…ました…ね、」
そろそろ雰囲気を悟ったのか、どもり始めるヒューズ。
視線は無意識に俺の方に来て。
「エルリック、何で言わなかったんだ?」
「………それ、は…」
ヒューズの視線よりも、ロイの雰囲気の方が痛い。
何というか、とにかく隣から感じる何かの方が痛い。
「それ、は……」
その先の言葉が出てこない俺を助けてくれたのかどうなのか。
「先生、もう少し時間を頂けませんか」
家でゆっくり話し合わせて下さい。
その言葉に、ヒューズはどうぞどうぞ、と頷いて、三者面談はそこで終わり。
俺たちは資料室を出た。
そして直ぐ。
「…帰るぞ」
俺の目を見ないで、小さくそう言って。
俺の手首を掴んだ。
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05/03/09
え、待ってくれ、何でこんなに長いんだここの下り(爆)
というわけで、何故か連載になっているようです(思ってもみなかった流れ…!)
前中後じゃ終わらねー。
ブラウザでお戻り下さい。