「あ、エルリック」
教室移動で、アルと廊下を歩いていると後ろから名前を呼ばれた。
「はい」
声から担任だと分かったので振り向いて返事をすれば、担任のヒューズは俺たちに追いついてぺらっと数枚の半紙を出して聞いてきた。
「お前、進路希望票書いたか?」
「あー…」
曖昧な返事を返すと、呆れたようにため息をついて。
「おいおい、頼むぞ?」
あと出していないのはお前だけなんだからな。
それは少し重い言葉だった。
「…はい、」
いつもの自分を保ったまま苦笑した顔と一緒に頷くと、ヒューズは明後日までに頼んだぞ、と捨て台詞で念を押して来た廊下を戻って行った。
が、担任が去ってからも俺たちは動かなかった。
「…まだ、出してないんだ?」
少し間を置いて、アルが言った。
けどそれは呆れたような声ではなくて、何処となく俺の心情を配慮したかのような、気遣うような、そんなもので。
「…あぁ、」
「…相談は?」
「してない」
誰に、と言わなくとも、俺たちの間でその部分に当たる人物は暗黙の了解で一人しか居ない。
その了解があるからこそ。
「…してないんじゃなくて、出来ないんじゃないの?」
「…っ…」
アルの一言は友達の誰よりも重く響く。
軽くあしらう言葉なんて浮かぶわけがない。
それすらもしようと思わせてくれないほど、重く。
「…分かってるよ…」
分かってるんだ、ちゃんと相談しなきゃいけないことくらい。
分かってるけど。
「…言い出せない…」
そんなやり取りがあったのは、夏が終わろうとしていたある日だった。
進路 1
中学三年に進級して間もない頃。
「いいか、お前らも三年になったんだから、そろそろ進路を真剣に考えろよー」
ヒューズが俺たちの机の間を歩きながら言った。
その時俺たちは、配られた進路に関するアンケートみたいなものを書かされていて。
「エドはどうする?」
俺の記入した部分を覗き込むようにして、アルが聞いていた。
「どうするったって…進学しかねーだろ」
「いや、そう漠然とした質問じゃないんだけど」
呆れたため息が気に触る。
「んだよ、漠然と聞いてきたのはそっちだろ」
言いながら、俺も俺でアルの用紙をぺろっと摘まんで見てみれば。
「…って、お前もうこんな明確にしてんの?」
用紙には既に何校か高校名が書いてあった。
しかもどれも進学校として名高いところばかりで。
「そういうエドは真っ白だね」
アルも俺の用紙を手にとって言った。
反論しようにも、本当のことだから言い返せない。
「仕方ねーだろ、今の今まで進路なんて考えてなかったのに、いきなりこんなの書けとか言われたってよ」
こんなの、とは進路調査票のこと。
項目は進学か就職か、に始まり色々あるが、中学生は大抵進学を選ぶに決まっている。
ごくたまに、家の都合とかで就職を選ぶ奴もいるけど、俺はそれに当てはまらないから当然進学。
そう、進学は決めているが、その先の項目が書けない。
「どういう系の学校か、なんて決まってねェし。それが決まらねェと学校名なんて書けねェし」
「そりゃそうだけどさ…あ、将来の夢は?」
机に置いた用紙のその質問の部分をトン、と叩いて聞かれたけど。
「分かんね」
と即答すれば、アルががっくりと肩を落とした。
「そんなもん、高校入ってからでも遅くねーじゃん」
文句を言いながら椅子にもたれて、ずりずりと背を滑らせる。
まだ中三になったばかりだというのに、少しは新しい年度を楽しませろよ、と言わんばかりに。
だがエド以上に現実主義のアルは。
「僕の予想だとエドは高三になっても同じこと言ってそうだけどね」
「…」
頬杖をつきながら、俺の方を見てにっこりと笑う。
自分の性格も考慮すると、上乗せされて説得力が上がる。
そんなアルの目を見れなくて、俺は冷や汗を小気持ち流しつつ、視線を逸らした。
と、どことなく居た堪れない俺に免じてくれたのか。
「まぁ大方予想はしてたけど」
ふー、と軽く息を吐いて、見た後そのまま俺が机の上に放置していた自分の進路調査票を取っていくと。
「僕もエドも、このまま進学するなら普通科が妥当だよね」
そう言った後間髪入れず。
「大学まである程度視野に入れるなら、僕が書いたこの中の高校が良いと思うな」
「ふーん」
「授業内容は勿論だけど、やっぱり合格率も重要だしね。正直僕も将来のことははっきり決まったわけじゃないし、となると大学は確実に出ておいた方が良いから、今からエスカレーター式の高校に入るってのも一つの手だと思えばこの高校」
「へぇ」
「そうじゃなくても大学合格率九十パーセント以上の名門高校も外せないよね」
「…」
「校風が自由っていうのも捨て難いけど、偏差値が比例しないからなぁ…って聞いてる?」
「…いや」
聞いていた、聞いていたけど、ここまで熱心に語れると何と言うか。
「えー、僕が折角説明してやったのに…」
頼んでないし、とは言えない雰囲気。
一先ずそれはさらりと流し。
「つか、高校入んのにもう大学のことかよ?」
「大抵はそうやって決めるもんだけどね」
常に先を見据えておかないと、とまた力説する。
「それに入ってからじゃなかったことに出来ないだろ?」
「そりゃあ、」
「だったら良く考えることだね」
じゃないと後悔するよ、エド。
言うと同時に、見据えられて。
有無を言わせない状況を作るのが本当に上手い。
「…でもさ、俺良く分かんねェし…」
「一緒に調べてあげるよ」
「んー…」
そんな嬉しそうに言われても、早々やる気が出るもんじゃないんだけど、アルの好意を無碍にするわけにもいかないし。
曖昧でもとりあえず返事はして。
何はともあれ心強い協力を得ることに成功した、らしい。
それから授業の合間合間に設けられる進路指導の時間を利用して、アルの薦める高校を調べた。
他に何かこだわることがあったらそれも考慮した方が良いよと言われたので、特にはなかったけど、やっぱり偏差値がある程度高いところが良いかなとか思った。
決して今通う中学のレベルが低いわけじゃないけど、この機会にある程度最低ラインを上げておかないと、競う相手がいなくなって怠けるばかりだ。
本当のところ、アルが居ればそれだけで切磋琢磨で頑張って行けるんだけど。
進路ってのは将来も視野に入れるわけだから、一緒の学校に行こう、だなんて言う方がおかしい。
元々、言うつもりなんてないけど。
「ところで、アルは絞ったのか?」
「うん、一応ここ一本にしようかって」
アルの持っている資料を見せてもらうと。
「ふーん…て、ここかなりレベル高ェじゃん」
読んだ限りでは、偏差値が近場の中で一番高い。
「まーね。でもここだったら常に向上心磨けるかなって。それに大学合格率も良いし」
「ほー…」
「ただ近場って言っても家からは結構遠いからね」
通うのは辛そうだから、寮に入ることになるけど。
「まあその分勉強に集中できるって思えば、全然構わないし」
「……」
正直、俺にとっても魅力的な条件が揃っている。
偏差値の高さは申し分ないし、アルの言うとおり大学合格率もいいならこれ以上のところはないと思う。
「決めるなら俺もここになりそう、なんだよな…」
でも。
「寮ってのもなぁ…」
「エドの家からも遠いからね、バスでも電車でも一時間は確実にかかるよ」
「それがなー…」
資料を持ったまま机に突っ伏すが、顔だけはアルの方に向けて。
「アルは親に相談したか?」
「うん」
「何て?」
「お前が決めたことなら、それでいいって」
その代わり何より奨学待遇が良いから、兎に角頑張れって。
そう言ってアルは笑った。
「はは、お前ん家らしいな」
と笑っているのも束の間。
「エドは?」
「俺ェ?」
聞き返されるのは想定してなかった。
けど、アルに隠し事も出来ないし。
「…何も、言ってない」
「…え」
「だから、進路とかそういう話題で話し合ってないって」
「えぇ!?」
もう直ぐ夏だよ!?とアルが叫んだ。
夏だから一体何なのか。
「いや、まあまだ時間はあるといったらあるけど…夏休みまでにはある程度話し合っておかないと…」
「何でだよ?願書出すまでに話し合っときゃいいだろ?」
「…エド、その前の三者面談忘れてるだろ」
「あ…」
そうだった、この間願書を出す前に三者面談があるってヒューズが言っていた。
更に保護者にはあとで通達するが、その前にある程度話し合ってしぼっておけと言っていたことも忘れていた。
「…流石に、やばい…?」
俺の問い掛けにアルは頷いて。
「それに、あの学校に決めて寮に入るってんなら、尚更ね」
「あー、そうだよなぁ…」
「自分で決めた進路とはいえ、結局色んなお金を出してくれるのは保護者だからね」
高校くらいならバイトで払えないこともないけど、大学にいくとなるとそれも厳しい。
それは知ってる。
「何より今、反発しちゃうと後々面倒だし」
言っときたいことは何でも言った方がいいよ。
アルなりのアドバイスだと思った。
「…ん、」
色々分からない身としては有り難かったから、俺は頷いて。
それである程度学校のことをロイに話した。
偏差値が良くて、大学合格率も良いって言ったら、ロイは。
『そうか、だったらそこがいいんじゃないか?』
エドが考えて決めたことだろうから、私はそれでいいよ。
って、嬉しそうに言ってくれた。
だから、言えなかった。
学校の位置を、家から学校までの距離を。
寮に、入らなきゃいけないってことを。
そのまま、夏が終わりそうになって。
結局言い出せないまま、進路希望票を書けないまま。
三者面談当日を、迎えた。
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05/03/06
シリーズを書き始める前から書きたかった進路ネタ。
何故かここのくだりは恐ろしくすらすらと出てきて複雑でした(笑)
ロイは次から本領発揮…!(爆)
と、訂正して担任=ヒューズになりました(いきなり)
やー何だかしっくり来た模様で。
ブラウザでお戻り下さい。