「鋼の」


どこからともなく聞こえた、自分の声。
それは、当に呼ぶことを止めたフレーズだった。








「信じねェよ!」
「どうしたら信じてくれる!?」
「あーくっそ!何度言ったら分かるんだ!!俺はアンタのことなんか好きじゃねェ!だから信じるも信じねェもねぇっつっただろ!」


東方司令部大佐執務室。
外に聞こえているのかいないのか。
エドの大声が部屋の中に散漫する。


「何故!」


他人がみれば。
会話から察するに、おそらくロイが告白をして一掃されたが、それでもしつこく迫っているという状況だろう。
エドはそのしつこさを回避しようと何度となく酷い言葉を投げかけるのだが、ロイは聞きやしない。
いい加減、脱力もする。


「何故って…いきなり告白されて即OK、なんて奴何処にいるんだよ!」
「今までは即OKされたが」
「…あーそうですか!」


どうにかしてくれこの自信過剰な男!
もしくは自意識過剰な男を!


「そもそも何で俺なんだ!俺は男、」


男だ。
そう言おうとしていた口を人差し指で塞がれた。


「君は男じゃないだろう?」


だから告白をしたのに。
と、呆れた顔で言われた。
何でアンタにそんな顔で言われなきゃならないんだ。
つか何で。


「何で知ってんだ!!」


何でか分からないけど、急に羞恥が込み上げてきて、俺は真っ赤にしながら叫んだ。


(俺はどっかでばれるような行動をしたか!?こいつにばれるような態度を取ったか!?そもそも、だからって何で告白をされるんだ!?)


いっぺんに問い詰めてやりたい。
が、まず順を追っていかなければ、頭が沸騰しそうだ。


「何でって」


私が女だと気付かないわけないだろう。


「は」
「私を見くびってもらっては困るね」


これでも、東方司令部で女性のことに関しては右に出るものはいないんだがね。
とか言われても。
何の自慢だ、何の。
いや、この際その台詞は置いといて。


「…て、ことは…最初、から…?」
「ああ、少なくとも君が機械鎧をつけて私の前に現れた時には予感はしていたな」
「…!」


ありえない、こんな奴。
そんな奴居るもんかと思っても、実際目の前に居るんだから信じるしかない。
まあそれは納得するにしても。
一番大事な問題が。


「だから、信じてみないか?私を」


残っている。


「…俺が女だって見抜いたことは認める」


そう、それは。
だからって。


「だからって、アンタを信じる理由になんてならない」


『君が好きだ。私が悩んだ結果、出した答えだ。それだけは信じて欲しい』


とか言われたって。
今の今まで上司と部下としての均衡を保っていたのに。
例えばそれを打破して、仮に恋人になったとして。


「…俺は絶対に、アンタのプラスになんてならない」


こんな、機械鎧を体に喰い込ませた女。
それもアンタと一回り以上も歳が離れてるのに。
例え。


「…例え、俺がアンタを好きだとしても……アンタの気持ちには、応えられない」


例え。
その言葉が自分に痛く突き刺さる。
嘘。
本当は嘘なのに。
例えじゃない。
本当なのに。
言えない自分が、辛かった。


「…それは、ただ逃げてるだけだ」
「…っ!」


何を。
コイツは何を言うんだ。
俺が悩んで出した答えを、逃げてるだけだって?


「私は当に、それ以上の覚悟を決めている」
「…何、言って…」


俺が自分の気持ち押し殺して出した答え以上の辛さなんて、あるのかよ。


「…っ好きな奴の隣に居られない以上の辛さなんて、あるのかよ!」


痛かった。
自分で言ってて、本当に。
でも。


「あるよ」


真剣な顔で、即答された。


「君は…残された者の辛さを知っているだろう?」
「え…」
「死んだ者より、残された者の方が…ずっと、辛い」


それは表情が物語っていた。
経験をしたことのあるような表情が。
その表情には俺も覚えがあった。
そう、母さんを失った時に。


「死んだ者はどうなるか分からないが…残されたものは、その悲しみを背負って、余生を生きるというさだめを背負わされる」


死んだ者の分も、背負って。
痛いほど、その言葉が突き刺さった。


「…それでは、駄目かな」
「…?」


急に何を。
俺が視線で疑問を返すと。


「君に、それを誓うと言っても、無理かな」
「何…」


すると急に優しい表情に変わって。


「例え君が先に逝ってしまっても」


私は喜んで君の死を受け入れる。
喜んで君のさだめを背負って生きる。
悲しみを背負って、生きるよ。


「…!」


俺にとって。
これ以上ないくらいの、告白だった。


「…駄目、か?」


心の何処かで、俺はそれを望んでいたのかもしれない。
もし俺を愛してくれる人がいるなら。
俺が先に死んでも、変わらず生きてくれる人をと。
自分の信念を貫ける人を、と。


「…っ」


エドは俯いて首を横に振った。
それは決して否定の意味ではなく。


「…ありがとう」


それを理解したからこそ、抱きしめるロイ。
エドも躊躇いがちにだったが、背中に腕を回した。
だが慣れない雰囲気は耐え難かったのか。


「…でも、俺が先に死ぬとは限んないからな」


年齢的に言えば、絶対アンタの方が先なんだし。
そう言うと、ロイはエドを抱きしめたままふっ、と噴き出して。


「それはそうだね」
「…ま、そん時は…」


俺が、背負ってやるから。
アンタを。





そう言って。
エドは笑っていた。











「…あぁ…」


夢か。
と、ロイは広くなったベッドに手の平を滑らせた。
一人では大きなベッド。
それでも必ず、横に一人分のスペースを空けて眠っていた。


奇しくも。
私の言ったことの方が本当になってしまったが。


「…私は、後悔はしていないよ」


君の死と悲しみと、さだめが。
私の生きる糧となるのだから。





花 4







夕方。
リゼンブールの小さな丘の上。
トリシャ・エルリックと書かれた墓石の隣に、エドワード・エルリックと彫られた墓石が並んだのは、丁度一年前だった。


「早いもんでもう一年か…」


エドの墓石の前に立っていたロイに、後ろから掛かる声。
肩越しに振り返れば、ヒューズが歩いて来ていた。


「…あぁ…」


ヒューズの言葉に答えたものの、視線は合わせずロイはまた墓石に向き直った。


「息子は?」
「一度一緒には来た。だがもう一度、一人で来たかったんでね」
「そうか」


会話は途切れ。
ロイの少し後ろで、ヒューズはただ黙って立っていたが。


「――――どうだ?」


少しの沈黙の後、漠然とした問いを投げかけられた。


「何がだ?」


少し笑って答えれば。


「いやその、何だ…」


質問を完全に誤った様子でガシガシと頭を掻きながら、聞いて良いことの範囲で必死に質問を探すヒューズ。


「…辛く、ないのか?」


とりあえず何か言っとかないとと、一番最初に浮かんだ言葉が口から出てしまったが。
一番まずい質問をしたと後悔したようで。
ヒューズの頭を掻く手が少し激しくなった。


「辛くはない」


が、ロイは気にも留めないようにさらりと答えた。
しかし。


「…と言えば…嘘になるがな」


辛くないわけがない。
愛しい人が逝ってしまって、悲しいだけで済むわけがない。
あの瞬間はただ、悲しい想いが強かっただけで。
日を追うごとに増していく辛さ。
こんなにも辛いなんてと、また辛くなった。
辛い。
辛いさ。
そう、叫んで発散してしまいたかった。
だが、叫んだところで心に残るものは変わらない。


「言ったところで、何も変わらない」


虚しいだけだ。
だから。


「口には、出さない」


それにこれは。


「……この辛さは、誰に言われたわけでもなく、私自身が望んだことだ」


死を受け入れること。
さだめを背負って生きること。
悲しみを背負って生きること。
全て私が、望んだこと。


「それに私は、これで良かったと思っている」


もし私が先に逝ったとしたら、エドにこの辛さを押し付けることになっていただろう。
残される者の痛みを。
悲しさを。


「残される者の辛さは、私だけで十分だ」


あの子には、そんな辛さはもう、味わって欲しくなかったからな。


「……そうだな…」


ヒューズはエドが逝ってから一年、それについては何も言わなかったロイの心情を、初めて感じ取って。
ただ頷いた。
ヒューズもまた少なからず、覚えのある心情だったから。


「それに今はもう、一人じゃない」


あの子が。
エドワードが残してくれた宝物が、ある。
エドとの思い出と、子供と。
それだけで生きていける。
悲しみも辛さも全て、エドとの思い出の一つ。
息子はその思い出が、一番大きなものとして形を成したもの。
それだけで、良い。


「……良いもんだろ」


子供は。
言われて久し振りに、ヒューズと視線を交わした。
あぁ。


「―――そうだな…」


人の目はこんなに温かいものだったのか、と。
そう感じた時。
私はまた視線を逸らした。
頬に、伝うものを感じだから。


ヒューズはおそらくそれに気付いていただろう。
だが何も言わずに背を向けて。
互いに背を向けるようにして。
ただずっと黙って。
その場に居た。











私はエドワードが逝ってから初めて、涙を流した。
そしてようやく、本当の意味でエドワードの死を受け入れられたのだと思った。
涙は堪えるものではないと。
この時だけは、ただ泣いても良いのだと。
恥ずかしさも後ろめたさも忘れて。
愛しい人を思って、泣いても良いのだと。











エドワードは、どんな気持ちで逝ったのだろうか。
目を閉じて浮かぶは、安らかな笑顔。
少なくとも、幸せだったのではないかと思う。
幸せだったらいいと、願う。
私はエドのその幸せを、一番近くで感じていたのだから。
その幸せを一番に感じたまま、逝くことができたのだから。
きっと。
苦しむことなく。
悲しむことなく。
ただまた明日、こういうことをしようと思いながら。
瞳を、閉じたのだろう。











どのくらいそうしていただろうか。
ヒューズが風が冷たくなってきたと呟いて。


「……帰ろうぜ」


俺は俺の家へ。
お前は、お前の家へ。


「―――ああ、」


帰る家が、ある。
待っている人が居る。
私はその子のために、立って歩かなければならない。
前へ、進まなければならない。
だが。
決して、過去と割り切るつもりはないが。
此処に来たときだけは。
涙を流しても良いかな。


なぁ、エド―――。





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05/01/18
友情とか愛情とか、色んな感情を読み取って頂ければ幸いです。
あと一話です。


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