あの日。
エドの墓前で初めて涙した日から、何年か経った、ある日。
寝室の掃除をしていた私は、ベッド脇の、ベッドの高さほどしかない小さな棚に手を付けた。
この棚は上に物を置く程度で、あとは適当に一番上の段に何かを入れるくらいとしてしか使っていなかった。
その殆ど使っていなかった一番下の段の引き出しから、一通の封筒を見つけた。
自分が入れた覚えはない。
一体、と呟きながら捲った裏側には。


E.E


と、サインが入っていて。
直ぐに、あの子が書いたものだと分かった。




花 5






―――ロイが。
この手紙を読んでいる頃には、俺はもう傍にはいないんじゃないかな。


今これを書いているのは、まだ俺たちの子が腹に居るときだってことを、言っとく。
もし、俺が子供を生んで、無事でいられるなんて保証はないから。
だから、こうして手紙を書いてみようかなってさ。
今から書くことは…絶対、言えないままな気がするから。






―――正直、ロイの第一印象は良くはなかったな。
いきなり俺の胸倉掴んで、何かごちゃごちゃ言ってたりして。
…あの時の俺は、もう何も見たくなかったんだ。
人体錬成をしなければアルとあのままでいられたのにとか、何も失わなかったのにとか。
あんなでも、俺なりに色々考えてて。
だからほっといて欲しかったのにって。
…それでもロイは、何処を見ているか分からなかった俺を、真っ直ぐ見てくれてたって、アルが言ってた。
そして俺に…俺たちに、道を提示してくれて。
きっと今の俺は、ロイが居なきゃ存在してなかったと思う。
きっとあの場で、ロイの言うように絶望と共に一生を終えていたと思う。
そんな俺を、ロイは立たせてくれた。
片足の無くなった俺に、再び足をつけて歩ける力をくれた。






―――気付けば。
それだけじゃなくなってて。
いつの間にかロイは、俺の背中を押してくれてたんだよな。
迷った時。
絶望した時。
前を、見れなくなった時。
そんな時には必ず、ロイが傍に居てくれた。
抱きしめて、くれた。


その時にもう、俺の中にこの感情があったんだと思う。


告白された時。
変な話だけど、俺は必死に断る理由を探してたんだ。
おかしいよな。
好きなのに、それを必死になって押し込めてたなんてさ。
でもそれは、無意識にロイが好きだって認めてた証拠だったんだ。
好きだから、こんななりじゃ傍にいれないって思って。
女なのに、機械鎧埋め込んでさ。
十歳以上も年下で。
これじゃ、プラスどころかゼロにもなりやしないって。
ロイの隣に居る資格なんてないんだって。


でも。
でもロイは。
そんな俺でも良いって、言ってくれたよな。
俺が、良いって。
それだけじゃなくて。
俺を、背負ってくれるって。
俺が先に逝っても、ロイは喜んで俺の死を受け入れるって。
喜んで俺のさだめを背負って生きるって。
悲しみを背負って、生きるって。
今でも、その言葉だけははっきり覚えてる。
それほど、俺には嬉しい言葉だったんだ。


そういえば、その時、俺も同じように誓ったけど。
結局、言い出したロイが先だったように、ロイの言ったことの方が本当になっちまったな。


…その時の、ロイの感情を痛いほど知っていたから。
だから、言えなかったんだ、あの時。
俺が体を取り戻して、ロイの所に行った時。
あまりに嬉しそうに、俺を抱きしめてくれたから。
言えなくて。
言えなくて。
別れを、切り出したんだ。






―――辛かったんだ。
言えないまま、このまま関係を続けて。
もしかしたら結婚して。
それで、ロイを残して逝くなんて。
悲し過ぎるじゃんか、そんなの。
俺だって、辛いじゃんか。
だから俺は選んだんだ。
互いに辛い想いを味わうより、俺一人で背負う方を。
そうすれば、ロイはそんな感情を知らないままでいられるから。


でも今思えば、馬鹿な考えしてたんだなって思うよ。
ロイの事考えてたつもりが、結局自分のことになってたんだって、ロイに言われて気付いた。


『それを決めるのは君じゃない』
『私一人が楽になっても、何も嬉しくない』
『だったら私は、君が居て、苦しむ方を選ぶ』


って言われて。
ロイのこと、何一つ考えてなかったんだって。
ロイだったら俺が死ぬって分かっても、絶対に変わらぬまま、傍に居てくれるって知ってたのに。
何で、気付かなかったんだろうな、あの時は。


『君が、私の傍で生きていたという事実は、決して消えないから』


この言葉。
痛いくらい、心に響いたよ。
嬉しかったよ。
だから思った。
ああ、これで安心して逝けるって。


でも、だからって、ロイを一人残していくのは嫌だったんだ。
だから、俺は抱いて欲しいって言ったんだ。
その時、俺思わずロイの口塞いじまったけどさ。
多分、分かってくれてるって思ったから。
敢えて、言葉にして欲しくなかったんだ。
だってさ、恥ずかしいじゃん?
女の方から強請るなんてさ、俺じゃなくても結構勇気のいることなんだぜ?
でもその甲斐あったかなって、今は思う。


今俺の中に宝物がある。
俺と、ロイとの宝物がさ。
この宝物だけは、俺が絶対に守るから。
例え、俺が死んでも。






―――とか言うと、縁起悪いかな。
だけど、本当のことだし!
…願わくば。
俺も、自分の子供、抱きしめたいけどさ。





正直俺はいつ命が尽きてもおかしくない所に、在る。
あとよろしく、なんて。
気軽に言えるわけがないんだけど…何て言えばいいか、分かんなくてさ。
手紙なんてのも、ちゃんと書いた覚えないし。
ホント、こんなことしかい言えねェけど。
俺たちの子供。
よろしくな。















そして。
最後の1枚を読み終えたとき。


「とーさん」
「…ん?」


後ろから声を掛けられた。
声の主は息子だった。


「そーじ、おわった?」
「あ……あぁ、終わったよ」


言いながら、私は手紙を棚に置いて。
息子の傍に行き。


「そっちはどうだ?」
「とっくにおわったよ。おれ、はなしききたくて、いそいでおわらせたんだからな!」


息子は生き生きと、掃除の後に待っている話を楽しみにしている様子を、体の動きで目一杯表現した。
エドワード。
息子は元気に育っているよ。
子育ては、正直上手いとは言えないが。
流石私と君との子供と言うべきか、物覚えも良くて、手が掛からなくて助かる。
ただ少し、言葉遣いが難点だが。


「?なにわらってんのさ」
「え?いや、何でもない」


いつの間にか笑っていたらしい。
でも言葉遣いも、妙に勘の良いところも。
君に似ているところだから、とても。
愛おしいよ。


「なー、はやくはなしてくれよ!」
「ああ、そうだったな」


今日はどんな話が良い?
そう問うと、息子は嬉しそうに。


「えっとな!おれ、かーさんとのはなしがききたい!」
「…エドワードとの?」


実は結構、今更だったりする話なのだが。
ロイは思った。
エドのことは、言葉が理解できるようになった時から話しているので、大抵話し終えている。
他に何かあっただろうかと考えていると。


「まだ、とーさんとかーさんのはじめてあったときのこと、きいたことない!」
「…あぁ、」


そういえば、そうだったかもしれない。
エドがどんな人だったとは話したが、私とエドとの二人の話は話したことがなかった。
実は少し、その部分を避けていたということもある。
私ばかり、と言われて泣かれても、どうしようもないからだ。
しかし子供というのは。
思っている以上に、強いんだな。


「だが、あまり良い出会い方はしていないんだがね…」
「それでもいいんだ!聞かせてよ!」


それに。
私はヒューズ程ではないが。
自分の子には、目一杯甘くなるらしい。
縋られては、引き離せないというのが、親というものなのかな。


「分かった、分かったよ」
「じゃ、はやくはやく!」
「はいはい」


なぁ、エド。
エド。
エドワード。
愛している。
愛しているよ、私も。
これからも、ずっと。









そして。
ロイは、寝室の扉を閉じた。




















かさり、と。
寝室の開け放たれた窓から心地良い風が入り、ロイの置いた手紙を揺らした。
その風は器用に手紙を一枚だけを残して、ベッドへと飛ばして。


残った一枚は、最後の一枚だった。











―――あ。
一番大事なこと言ってなかった。
やっぱさ、何か上手く言えないけどさ。


俺さ。
ロイの傍に居れたこと。
ロイと喧嘩したり、反発したりしたこと。
ロイが言ってくれたこと。
ロイと話したこと。
他にもいっぱいあるけど。
何より―――ロイと逢えたこと。


その全部が、俺にとっての宝物だから。
幸せ、だから。


絶対、幸せ『だった』って、過去形でなんて俺は言わない。
だってさ、死んだって俺が幸せなことには変わらないんだから。
だから絶対、俺は幸せだって言い張るんだ。





あと、ありがとうも言わない。
これからも、色んな意味で世話掛けるんだろうし。
葬式とか、墓の掃除とか…って、縁起悪いか。
子供のこともあるし。
敢えて言うなら、これからも宜しく、ってとこかな?


っと、向こうでロイが呼んでるわ…って、あ。
こんなこと書くもんじゃないよなぁ…。
でも書いちまったし…って、何書いてんだろ、俺ってば。





えっと。
でもこれだけは、言っとくな。
きっと絶対、言えないままだとおもうから。
…何からしくないけど…ま、この際だし。








愛してるよ、ロイ。
これからも、ずっと。
ずっと。


だからロイも。
俺を、愛してくれよな。











エドワード・エルリック






END.


05/01/18
後書きなんかもあります。