ばっちゃんに言われ、俺は精密検査を受けるべくセントラルに来ていた。
途中、何度か激しい傷みが胸に突き刺さったが、耐え切れず倒れるほどではなかった。
セントラルに行く際、アルが何度も一緒に行くと言い張って、俺が何を言ってもきかなくて。
何時苦しくなるか分からない、何時倒れるか分からないとアルはアルで説得してきたけど。
でも、どうしても。
俺は此処に一人で来て、一人で受け止めて、一人で。
あの人に。
「検査をしたという機械鎧技師の方のカルテを参考に、もう一度詳しく検査をしました」
「はい」
医師をはっきりと見据えて返事をした。
それが医師にとっては続きを言い難いものだったのか、医師の方が少し押し黙って。
「…大変、申し上げ難いのですが……」
あぁ、とエドはその言葉を受け入れた。
大抵、それに続く台詞なんて決まってるんだ。
「頂いたカルテにある通り、心拍も脈拍も、異常な値を示しています」
そうやって、患者に先に悟られるようなことは無くせばいいのに、と頭は妙に冷静で。
「……残念ですが…」
まぁ、それは患者にとっての心の準備期間なんだろうけど、とやっぱり冷静で。
「これは、今の医学では」
直すことは、不可能です。
やっぱり、と決定的な言葉を聞いても冷静だった。
だって、どうしろってんだよ。
いきなり死を突きつけられて、狂えとでも言うのか?
それとも聞かなかったことにしてもう一度でも、何度でも聞き返せと言うのか?
狂ったって、聞かなかったことにしたって。
俺の残りの命は変わらないんだよ。
だから俺に求められるのは、一つ。
この世界に生きていることの出来る間。
その間に、自分はどう生きるのか。
後悔のないように生きるにはどうすればいいか。
それだけだった。
「―――はい」
そう、またはっきりと返事をすると、医師は目を見開いた。
死を告げられて、こんなにあっさりと受け入れる人がいるのかというような目で、俺を見ていた。
俺はその視線を外して、考えた。
これを、打ち明けなければならないことを。
あの人に、全てを。
花 2
不思議と心は決まっていた。
これから俺があの人にしてあげられることは、決まっていた。
でも言葉が選べない。
出てこない。
(死ぬんだよって、明るく言えばいいんかな)
はっきりとした時間は分からないけど、俺は近いうちに必ず死ぬんだって。
(それとも、涙を流せばいいんかな)
泣いて縋って、死にたくないって。
(……それとも、)
言わなければ、いいのかな。
言わなければ、あの人は何も知らないまま、幸せな日々を送れるんかな。
でもそんなのは。
(俺が、耐えられない…)
俺が、見ていられない。
愛おしそうな微笑を向けてくれるあの人の隣で、死を隠したまま生きることなんて出来ない。
(俺がこれからすることは決まっているのに)
俺は自嘲気味に笑った。
何、馬鹿なこと考えてんだろう。
俺が今、あの人の家に向かっているのは、明るく言えばいいとか、涙を流せばいいとか、言わなければいいかとか、そんなのは必要ないんだから。
ただ一言、言えばいいんだから。
そう自分に言い聞かせて。
俺はロイの家の呼び鈴を鳴らした。
「…っエド…!」
「へへ、ただい…」
玄関の扉を開けられるなり、エドはロイの腕の中に押し込められた。
ただいま、とロイに対して初めて使う言葉も、結局言い終わらないまま途中で取り上げられて。
暫くぶりなのに結構乱暴だな、とエドは思ったが。
「…無事で、良かった…」
だがエドを包む手は今まで以上に暖かくて、優しいものだった。
ロイは顔を見て帰って来たんだと実感するより、こうして体を合わせて、抱き合って確かめ合う方がより実感できると無意識で思ったから、お帰りと、良かったと言う前に抱きしめ。
「…エド…」
愛おしそうに名前を呼んだ。
エドにはそれが、今から言うことに戸惑いを混じらせて。
俺は本当にこれを言って良いんだろうか。
言ってしまったら、どうなるんだろうか。
「…ロ、イ…」
ロイはエドも自分の背中に腕を回してくれると思っていた。
しかしエドが呼んだ名前には困惑の意が示されていただけでなく、腕を回すどころか間に腕を入れてきて、弱々しいが突っぱねるではないか。
「…エ、ド?」
らしくないと顔を覗き込もうとすれば、ふい、と背ける。
どうしたと聞いても何も言わない。
こんな態度を取っておいて、どうもしないわけがないのに。
「……」
今更に、言うのを躊躇う自分がいる。
多分、関係が終わってしまうのが怖いんだと思う。
勿論、これを告げたら今までのように話すようなことなどできやしない。
それが、怖いんだ。
(でも、)
言わないままで、ロイに要らぬ傷みを与えてしまう方が、怖い。
嫌だ。
ロイを残して逝くなんて、嫌だ。
だったら、いっそのこと。
俺は重い口を開いた。
「……俺が今日、此処に来たのは…」
別れを言いに、来たんだ。
一瞬、静寂が走った。
ロイは何も言えなかった。
エドが何を言ったのかは分かったが、それについて答える術を持っていなかったからだ。
「…な、」
だから何を言ってるんだと言うことも出来なくて。
一文字を吐き出すのがやっとだったロイに対して、エドは一番言わなければならなかった一言を言えたからか、言葉を続けた。
「…理由は、聞かないで欲しい」
馬鹿な事だって分かってる。
別れる理由が一番大事なのに、それを言えないなんて。
でも言えないよ。
「…何故、」
言える訳ないじゃないか。
「帰ってきてくれたと思ったら、いきなりそれか?」
苦笑しているような声が頭上から聞こえてくる。
でも上を向くことはできない。
怖くて、顔を見ることが出来ない。
「理由がなければ、受け入れられない」
頼むよ。
聞かないでよ。
「エドワード」
促さないでよ。
言ったら縋ってしまう。
上を向いたら、顔を見たら。
「エドっ……!」
エドの意に反して、ロイは顎を掴んで上を向かせた。
目に入ったのは、涙。
「…っ、」
泣いてしまうから。
一度泣いてしまったら、止まらなくなってしまうから。
「…な…エド…一体どうしたんだ…?」
そんなに優しく聞かないでくれよ。
言っちゃいけないのに。
「…っもう…、駄目なんだよ…っ」
俺はアンタの隣に居ちゃいけない。
居られない。
「何が…、」
「もう俺は、ロイを苦しめることしか、出来ない…!」
「苦しめる?」
「傷みしか、与えられない…!」
涙が止まらない。
吐き出したい。
言いたい。
言って抱きしめてもらいたい。
大丈夫だって、言ってもらいたい。
「エド、……話してくれなければ、私は何も言えない…」
でもそれは。
望んでは、いけないこと。
俺は必死に首を横に振る。
「……私が辛い思いを、するからか?」
「…っ、」
俺が一度言わないと決めたら、頑なにそれを貫くことをロイは知っている。
そういう時は、ロイが少しずつ答えを促すんだ。
そしてそれは俺が言えないことに完全に触れていないから、逆らえなくて。
こくん、と頷いた。
「…それは、今君と、別れるよりも辛いこと?」
「…!!」
どう、答えたらいいんだろう。
俺がもしその立場だったら辛い。
だから、辛いと思う。
もう一度素直に頷いた。
そしたら。
「………そうか…」
納得したのか、ロイは今の今まで俺に触れていた手を放した。
その温もりが消えたことに、俺はびくり、と微かに肩を揺らせた。
嫌だった。
温もりが消えたことが。
自分から望んだことなのに、ロイが離れていくのが。
ロイに、触れてもらえなくなるのが嫌だった。
何より、悲しかった。
切なかった。
辛かった。
「…っ」
俺から触れたくなる気持ちを抑えて、俯いたままただ、手を震わせていた。
と、視界に伸びてくる手が見えた。
「だが、それを決めるのは君じゃない」
その手は、俺の右手を握って。
「君は私のことを思って、考えてくれたのだと思う」
私が一番苦しまずに済む方法を。
一番傷みが小さい方法を。
誰よりも、人の痛みを知っている君だから。
「けど、それでは君だけが苦しむことになる」
何の為に私が居るのか。
どうして私が君の傍に居るのか。
「私一人が楽になっても、何も嬉しくない」
ロイはエドの足元に跪き、今だ潤んだ瞳を見つめて。
「だったら私は、君が居て、苦しむ方を選ぶ」
だから、君の苦しみを分けて欲しい。
私の知らない所で、君が苦しんでいる方がずっと辛い。
それに比べれば、私は何も怖くなどないよ。
君が傍にいてくれるなら。
「例え、君を失うことになっても」
私はそれを喜んで受け入れる。
君が、私の傍で生きていたという事実は、決して消えないから。
「……っ」
何で、分かんの?
俺、一言も言ってないのに。
一人で悩んでたのが嘘みたいに、すんなり答えを出してくれて。
ロイは、本当にそれでいいのか?
「俺…、俺……」
これから先、俺が死ぬまで。
アンタに何かを残せる自信がない。
何も出来ないと思う。
でも。
「それでも…いいのか…?」
ロイは頷いた。
「俺…、傍に居ても…いいのか…?」
視界が溢れてくる涙で歪み始めたけど。
目の前に広がるのは。
穏やかな。
優しい、笑顔だった。
俺はそれに縋るように抱きついた。
膝を落として、ロイの首に愛おしく、腕を回した。
「…居たいよ…」
俺も。
俺もずっと。
「傍に、居たい…!」
小さな声で。
やっとの思いで吐き出した思いを。
ロイは幸せそうに、抱きしめてくれた。
死を受け入れた俺を。
そんな俺を受け入れてくれたアンタの。
傍に居ることを俺は。
選んだ。
死が、訪れるまで。
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05/01/15
難しい…。
明らかに表現しきれていない…。
えと、女なんです、エド…。
ブラウザでお戻り下さい。