リゼンブール、自宅跡。


眩い光が辺りを包んだ。
それは俺たちの体に巻きついて、光の出所である中心へと引きずられた。
姉さん、と呼ぶ声が何度も聞こえた。
俺もアル、と何度も呼んだ。
その声が聞こえなくなった頃、光は退いて。


「…ん……さん、姉さん!」


そしてまた呼ぶ声がして。


「…、」


自分を抱く暖かい腕があって。
目を開けると、目の前には懐かしい面影のある顔があって。


「…アル、」


疑いもなく、その人物の名を呼んだ。
同時に、凄く強い懐かしさが込み上げてきて。


「…アル…!」
「姉さん…!」


どちらからともなく抱き合った。
互いに元の体に戻れたことと、生きていることの喜びを分かち合うように。
だが。


「…っ、」
「…姉さん…?」


俺は急に吐き気に見舞われ、思わずアルを突き飛ばした。
俯いて苦しそうに胸を押さえる俺を気遣うアル。
大丈夫だ。
何ともないよ。
そう言いたいのに、声が出ない。
声が出せない。


(――駄目だ、堪えるんだ…!)


もうアルに心配なんてかけられない。
今は喜びを分かち合いたいのに。
分かち合わなければならないのに。


「―――――っ!」


本来、そこから出すことはないもの。
その味が口の中目一杯に広がったと思って口を押さえても無駄だった。
押さえた手のまわりから溢れる、濁った赤い色。


「姉さんっ!!」


血だ、と思った時にはもう。
体に力が入らなかった。




花 1






「――――」


目を開けると、今度は白い天井が目に入った。
だから一瞬、さっきまでのことは夢かと思った。
俺たちの体が元に戻ったと、旅が終わったんだって思ったのは、夢かと。


「姉さん!」


でも扉が開いて、聞こえてきた声に振り向けば。
紛れもない、体を取り戻すことが出来たアルが居て。
ほっとした。
ほっとして、俺は嬉しくなって。


「アル」


名前を呼んだ。





「もう起き上がれる?平気?」
「ん、」


アルの手を借りて、俺は上半身を起こした。
甲斐甲斐しく手を動かしてくれるアルを見れば、何年も前から見ることが出来なかった表情があって、自然と表情が緩む。
夢じゃなかったんだ。
これは本当の本当に、アルなんだ。
さっきは何か心から喜べなかったけど。


(…って、あれ…?)


何で、喜べなかったんだっけ。
そういえば何で俺、ベッドに寝てんだっけ。
と。


「エド!」


開きっぱなしの扉からばっちゃんとウィンリィが入ってきて。


「目覚ましたようだね」


体調は?と聞かれる。
何のことだか、分からなかった。


「え?俺?」


だから聞き返すと。


「アンタ以外誰が居るってんのよ」


と言った後、ウィンリィは矢継ぎ早に続けた。


「アルがまたアンタ抱えて来た時は驚いたわよ!
 アルが元に戻ったっていうのもあるけど、アンタが血を吐いたって血相変えて言うから…」


血?
俺が?
血を吐いたって?


「外傷は何もなかったから、内面的なことだとは思うんだけど」


今は何ともないのに。
そう思って胸元に視線を落とすと、そこには血痕が幾つも付いている。


「…あ…」


ようやく、思い出した。


「そっか…俺、錬成した後倒れて…」
「うん、びっくりしたよ、僕も…」


またあの時みたいで、どうしたらいいか分からなくて、とアルは苦笑したが、それは声だけで、表情は殆ど変わらなかった。
ずっと、心配そうな顔をしているんだ。


「…ごめん…心配、かけたな」


アルには笑ってほしかった。
折角体を取り戻せたんだから、笑って喜んで欲しかった。
でも俺がこんな調子じゃ、言えた口じゃないけど。


「…ううん、無事で良かった」


まだ表情は心配が抜けきらなかったが、それでもアルは笑ってくれた。
嬉しかった。
その表情を見れたことが、何より。


「……お前も、無事で良かった」


ずっと迷惑とか、世話とか心配とか掛けてばかりだった弟。
でも体が元に戻った今、自由に生きることが出来る。
俺はアルを取り戻せたんならそれでいいと思った。
もうそれだけでいいと。
そう思ったからだろうか。
急に気が緩んだからか、胸が圧迫されるように痛くなって。


「…エド」


エドが胸を押さえたことに気付いたのか、今まで黙っていたピナコがエドを呼んで。


「……話しとかなきゃ、いけないことがある」


と、真剣な表情で言った。
俺は何、とあくまで気軽に聞き返したけど。


「…ウィンリィとアルにも、話していいのかい?」


返ってきた声はやっぱり重くて。
少し引っ掛かるところはあったが、俺は笑って答え。


「何言ってんだよ、別に今更隠すことなんてねぇし」


ばっちゃんの言葉を促す。
ピナコは一瞬声を出すのを躊躇ったようだったが、ゆっくりと口を開いた。


「…エドが寝てる間に、体、調べさせてもらったよ」


アルの話だと血を吐いたと言っていたから心配で調べた、とピナコは言った。


「調べた結果…まぁ、アタシはちゃんとした医師免許を持ってるわけじゃないからね」


正しい診断じゃないかもしれないけど。
そこまで言って、言葉を切った。
気になるじゃんか。
何だよ、そんなに言い難いことなのか?


「え…エドに、何か…」


ウィンリィが俺の変わりに問うた。
でも口をぎゅっと結んだままのピナコに、今度はアルが急かすようにばっちゃん、と呼んだ。
覚悟を決めたのか、ピナコはエドに向き直る。


「…心拍が、異常なんだよ」
「え…」


おそらく何か強い負担が心臓に掛かったためじゃないだろうか。
心拍数も脈拍も異常だ、と。


「正直何とも言えないけどね…」


今は何ともないかもしれないけど、それはただ波が低い故に傷みがないだけであって、この異常は多分直らない。
もし、この状態が続くようなら。


「…命が、危ないよ」
「…!」


ウィンリィもアルも声を失った。
何より俺も、声が出せなかった。
嘘だろ。
冗談言うなよ。
そんな言葉すら出てこない。
だって、ばっちゃんの診断は悲しいくらいに外れたことがないんだから。
誰だって急にそんなことを告げられれば、疑いたくもなる。
勿論そんなの嘘に決まってる、と疑う気持ちはある。
あるんだ。
でもそれ以上に。
そうかもしれないと。
そうなんじゃないかと思ってしまう気持ちの方が強いんだ。





人体錬成をした時に、纏わり付いてきた光。
あの光が去っていく時、声を聞いた気がした。


"もう少し、代価をもらおうか―――"


そう言って、笑う声を。











死。
突然、突きつけられた現実。
その一文字が頭を過ぎった時。
俺はあの人を思い浮かべた。




―――――手足を取り戻したら、一番に戻ってきてくれ。




そう言って、笑顔で見送ってくれたあの人を。





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05/01/13
何故エド子でなければならないのかは後々分かるかと。
勿論医学知識なんて皆無なので、そこの辺りはスルーしてやって下さい…。


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