「ただいまぁ…」
「お帰り兄さん…って、どうしたの」
宿に着いた俺は、喜びの最高潮と羞恥の最高潮の板挟みで何とも言えない疲れを感じていて。
それにアルが気付かないわけがなく。
「あー…何か色々あり過ぎてさ」
苦笑というか痛い笑いというか。
そんな笑いを浮かべながら、入り口で迎えてくれたアルの横を通り抜けて、ベッドにどさっと腰を下ろして。
まぁ元々話すつもりだったし、と割り切って。
「ま、順を追って話すわ」
と、苦笑した。
君の街まで 7
「え!中尉にバレたんだ!」
「そ」
とりあえず中尉の話をし出したら落ち着いたのでエドはあっさり答えた。
「あれ、でもお前朝気付いてたろ?」
思いの他驚いていたアルに聞き返すと、アル曰く。
「うん…でもそれは司令部に行く理由を誤魔化してただけかと思って」
流石にそこまでは分からなかったよ、と複雑な感じで言った。
「中尉を話に出してきたのも適当かと思ってたし」
「あーそっか」
まぁ確かにあの流れからならそう思う方が普通か、とエドも納得する。
いくらアルでもそこに繋げるまでは至らなかったらしい。
「中尉に話し聞かせてくれって言われたのは本当なんだよ」
実際は旅の話じゃなくて、性別のことだったけどな。
姉さんはふぅ、とため息をついた。
それはただ疲れただけで、深刻なものではなくて。
勘の良いアルは勿論直ぐに分かって、少し安心した。
こういう時、表情がなくて良かったと思う。
きっと今、凄いほっとした顔をしてるから。
「中尉さ、ありがとうって言ってた」
話してくれてありがとって。
兄さんは笑って言った。
「正直、黙ってたってーか、騙してたってーか…」
でも中尉は仕方のないことだからって。
むしろ名案だってさ。
確かに僕も兄と偽って旅をするのは、姉さんの身の危険も最小限に抑えられるし、元々性格がサバサバしていたというか、男の子っぽかったっていうのもあるけど、誰も疑わなかったし。
勿論今も。
だから姉さんが一人歩きをしたいって言っても、そりゃ心配じゃないわけじゃないけど、姉さんも素人じゃないし、さらっと送り出せるところもある。
流石に女の格好をして出掛ける時はちょっと焦るけど。
本人は自覚がないみたいだから、尚更。
「…本当のこと知ったら、絶対軽蔑されると思ってたのにさ」
姉さんは女としての魅力に自分で気付いていないから、そういう時は本当に心配になる。
唯一の女友達で幼馴染であるウィンリィとは滅多に会わないわけだし。
「何か、受け止めてくれるのって…嬉しいよなぁ」
だから中尉が味方になってくれるほど、心強いことはない。
実は前から、そうなってくれたらいいなと思ってたって知ったら、姉さんは何て言うかな。
「中尉は優しい人だからね」
「…あぁ」
少し遠くて、それでいて身近にいる人の優しさって、いいな。
俺はアルに言われて、頷いた。
「最後の方じゃ、今度化粧させてくれーみたいなこと言われたけどな」
「え、いいじゃん!僕も見たいよ!」
「ばっ、お前までそんなこと言うのかよ…」
「だって姉さん、そういうことに一切興味ないみたいだから…」
「興味ないみたいじゃなくて、ないんだよ」
「勿体ない…」
そういえば中尉も同じ事を言っていた。
何で俺がそんなことをしなきゃいけないんだ。
そんな恥曝しな、とか思いつつ。
正直全くないわけじゃないんだけど。
だっておかしいじゃねーか。
こんな男よりも喧嘩の強い女が、化粧だなんてさ。
「絶対似合わないのに…」
「えー、絶対似合うよ!」
「根拠ねェじゃん」
「僕が保障する!」
「えー…アルに保障されてもなー」
「酷いな!これでも結構見る目あるよ?」
と言うか、これはは絶対誰でも保障する。
姉さんは本当に自覚がないんだから。
「嘘くさいっつの」
ほら、ちょっと嬉しそうなのに。
全く、素直じゃないんだから。
でもそこが普通に可愛いと思うんだけど。
と。
一人でこの状況を楽しむのも程ほどにして。
「そういえば、何でさっきあんなに辛そうだったの?」
嬉しいんならもっと明るい気分で帰ってくるはず。
さっきの姉さんは明らかに沈んでいると言っていいと思う。
「あ、あー…あれなー…」
あ、また沈んだ。
聞いちゃいけなかったのかな。
でも気になるし。
「その帰りにさ…いや、決して浮かれてたわけじゃないんだけどさ?」
あ、話してくれるんだ。
でも凄い言い難そうというか、何処となく恥じらいも感じられるんだけど。
「司令部の階段んとこで少尉に会ってさ」
「ハボック少尉?」
「んー、そこまでは良かったんだけどなぁ」
俺、足踏み外して落ちそうになって。
「え!?」
「あ、いや、大丈夫だったんだよ!少尉が間一髪で手ェ貸してくれてさ!」
でも、そん時になぁ。
と、エドはがしがしと三つ編みがほつれてくるまで頭を掻いて。
「……、……られた…」
「え?」
あまりに小さい声で言われたため、ある程度離れていたアルに届かなかったらしく、聞き返すと。
「…っだから、………たんだって…」
「聞こえないよ姉さん」
もっと大きな声で言ってくれないと、と言うと。
もう自棄になってやれと言わんばかりの態度と声で。
「だからぁ!胸触られたんだっつの!!」
この時点で、先程の喜ばしい雰囲気は完全に消え去った。
「……えぇ!?」
「何度も言わすんじゃねーよっ!」
「むむむむ胸って!」
「どもんな!」
こっちが恥ずかしいんだよ!と、驚きのあまり自分に迫り来る弟の鎧の頭を殴って、エドは叫んだ。
「姉さん胸触られたの!?」
「だー!もう言うんじゃねーよ!!」
「だって!」
一大事じゃんか!
そう、男として通っているエドに胸があるわけがなく、もし完全にばれていたとすれば何か手を打たなければいけないし。
エドにとってはいくらない胸とはいえ、サラシを巻いていたとはいえ、触られた感覚というか感触があるわけで、恐ろしいくらいに恥ずかしいし。
アルにとっては大事な姉がそんなことをされたという驚きと怒りと悲しみとが入り混じって物凄い複雑な激情が込み上げてきているし。
色んな意味で一大事である。
「わーってるよ…明日また司令部行って、少尉に話してくるから」
「僕も行った方が…」
「いや、お前が行くと余計酷くなる気がするから、一人で行くよ」
と言っても、それでも行くと言い張るアルを、何とかなだめるエド。
エドはアルのテンションが色んな意味で上がり過ぎると、自分よりもむちゃくちゃなことを言ったりやったりすることを過去の経験から知っていた。
特に何故かエドのことになると直ぐに激情のまま走ってしまうらしく、いつもなだめるのに苦労していたらしい。
「…分かったよ、でも気をつけてよね?」
「大丈夫だって」
「仮にも姉さんの胸を」
「だから言うなっつっただろーがっ!」
まだ蒸し返すか!とまた鉄の頭を殴る。
心配性なんだか、どうなんだか。
ここまでくると分からなくなってくる。
翌日、東方司令部の廊下。
「あ、少尉」
「よー、エド」
「鋼の」
廊下の角から見えたハボックを呼びながら角を曲ると、またもと言うか何というか。
よりによってロイも居た。
名前を呼ばれたら、一応挨拶するしかない。
「どーも大佐」
「何だ?中尉の次はハボックか?」
「あー、まあそんなとこ」
ロイに聞かれて答えながら、エドがちらりとハボックの方を見たら、ハボックはそれに気付いただけでなく。
「何だ?あ、昨日のことか?」
「え!?あ!あぁ!まあね!!」
まさかいきなり言われるとは思わなかったので、しどろもどろになりながらも何とか平静を装ったが。
「昨日のこと?」
効果は全くなく、ロイはハボックにではなく、エドに聞いてきた。
だが答えるわけにはいかない。
となると。
「ってことで俺少尉に用があるからさ!ちょっくら借りるわ!」
この場から逃げるしかない。
「物みたいに言うなよ」
「いーじゃんか!」
「まぁ私の用は終わったしな、別に構わんが」
「さんきゅー大佐!」
ロイが鋭いということをエドは当に知っている。
昨日の今日だし、もしかしたら何か勘付かれているかもしれない。
だが今はそれよりも、目前の問題をどうにかしなければ。
この際大佐のことは後回しだ、とエドは泣く泣く割り切って、ハボックを引き摺るようにしてロイの前から遠ざかった。
「で?」
「で、って…ここで言うのか?」
結局歩いたのは少しだけで、直ぐに話を持ち出された。
こっちとしては何処でも良いから話の聞かれる確率の少ないところで話したかったのだが、よりによって廊下とは。
「何だ?言い難いことなのか?」
「そりゃあ…」
こんな誰かに聞いて下さいと言わんばかりの場所じゃ、言えるものも言えなくなる。
だが場所を移動しようとももう良い出せなくて、どう切り出そうか悩んでいると。
「…昨日のことだろ?」
俺が、お前を助けた時。
と、先にハボックが口を開いた。
一応気を遣っているのか、声のトーンは落としてくれている。
「あ、…まぁ、」
どうやら祈った意味はなかったようで、完全に分かっているようだ。
そりゃあ、あれだけはっきり触られたんだから当然だよな、と誤魔化しようがないことに、エドは肩を落とした。
「昨日のことは…まぁ俺も悪かったよ…」
「え」
だからって、まさか謝られるとは思わなくて。
少し驚いてハボックを見た。
「何つーか…男だって思ってたとこに、あんなことがあってさ」
俺も驚いたよ、と苦笑していたが。
「やっぱ、謝るべきだよな。……はっきり、…触っちまったわけだし、」
申し訳ない顔に変わって、また謝ってくれた。
何というか、少尉も良い人だなって思って。
「…や、もういいよ、済んだことだし」
ただその代わりと言っちゃ変だけど、黙ってくれてたら嬉しいかな。
俺の、性別のこと。
そう言うと。
「勿論!」
と、声を張り上げて言って。
「何か理由があるんだってくらい俺にだって分かるし」
お前の力になれるんならいくらでも黙ってるよ。
それが少尉らしくて。
「…ん、ありがと」
少し嬉しさを含めながら苦笑した。
そんな二人の居るところから、一番近い角。
「…そういうことか」
呟く声が一つ。
ロイだった。
(…大方、昨日の中尉を訪ねてきたのも同じ用件だろう)
勿論詳しいことまでは分からないが。
これでエドの本当の性別を知っているのは中尉とハボック。
そして私ということだ。
(しかしまさかハボックに先を越されるとはな…)
余裕を見せていたわけではないが、少し待とうと思っていた自分が甘かったらしい。
(まだまだと思っていたが…)
私もそろそろ行動に移さなければならないかもしれないな。
「……他に、」
惹かれる者が増える前に。
そう心の中で呟いて、ロイは踵を返して立ち去った。
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05/01/26
…アルエド?ハボエド?いいえ、ロイエドですこの話(爆)
じ、次回からはようやく本領を発揮…してくれる…筈…。
ブラウザでお戻り下さい。