次の日。
「俺ちょっくら司令部行ってくるわ」
と、エドは朝起きて早々アルにそう言った。
「え?何で?」
しかし以前から話し合ってあった通り、今回イーストシティに来たのはただ図書館に通うため。
司令部には特に報告するようなこともないし、勿論行く用事もない。
それをアルはよく知っているからこそ、聞いてきたわけで。
「……や、ほら…」
特に理由も考えてなかったエドにとっては苦しい質問だった。
こういう場合は、ある程度真実を述べた上で。
「あ、昨日中尉に会ってさ!」
「中尉に?」
「そ!何か久し振りだろ、俺たちが此処に来たのって」
「まあ二ヶ月振りだしね」
「だからさ、中尉が…話!話聞かせてくれって!」
「へぇ…」
嘘をつくのが一番だと思ったのだが。
我ながら、下手過ぎる嘘だと落ち込みたくなる。
逆にばらしているようなもんじゃねーか、と視線を逸らすエドに、アルは。
「そっか。じゃあ今日は僕一人で図書館行ってくるよ」
「…え」
声はいつも通りに、それでいて疑う様子もなく、了承してくれた。
絶対、嘘でしょ、と即答されると思ってたのに。
でも、信じてくれるほど好都合なことはない。
「そ、そっか?悪いな!じゃ!」
エドは言いながらしていた着替えを完了し、そう言うとそそくさと部屋を出た。
下手にまた何か聞かれてボロを出さないうちに。
そんな様子でエドの出て行ったドアを見つめながら。
「…絶対ばれてるのに…」
良い返事を返されたからって自分の憶測を変えるのはどうかと思う、とアルは呟いた。
だが兄は聞いて欲しくないからこそ嘘をついたわけで。
深刻な話なほど、兄は改まって話を持ちかける筈だから、そんなに重い話じゃないんだと思う。
多分、言えないわけじゃない。
今はまだ言えないだけで。
「気になることは気になるんだけどね…」
もし言ってくれるとしたら今夜辺りじゃないかな、とエドの性格を察していた。
君の街まで 6
「…言えるかよ…」
中尉にバレたなんて。
エドは宿を出で少し歩いたのち、ため息混じりに呟いた。
昨日、ホークアイに問われた質問に何一つ返事を出来なかったエドはそれを肯定と取られ、結局定かではないにしろ、自分からバラしたと言ってもいいようなことになってしまったが。
幸いなことにホークアイは自分の用事もあったとのことで。
『詳しいことは明日、司令部に来て教えてくれないかしら?』
ということで、その場で別れ。
今日こうして司令部に向かう道のりについているのである。
十中八九、いやそれでも低い。
ほぼ完全にと言っていいと思う。
性別が女、と知られたと。
「こんちわ…」
「何だ、鋼の。戻っていたのか」
げ、と声を上げそうになるが、エドは何とか堪える。
大佐の執務室の扉を開けてロイが居ておかしいわけがないのに、それでも嫌な顔をしたくなるのは一昨日みた夢の所為かもしれない。
勿論それだけではないが。
「あー、まぁ、な」
あまりロイと会話をしたくないのか、エドは曖昧な返事を返して。
「ところで中尉は?」
「中尉なら、」
「あら、ごめんなさいエドワード君。少し書類を取りに戻ってて…」
と、執務室の扉を開けて直ぐ目に入った赤いコートでエドに気付き、ホークアイは直ぐに謝罪の言葉を言った。
元から約束があったような言葉に、ロイは何だ?とエドに問い掛けるが、それはホークアイによって遮られ。
「申し訳ありませんが、少し休憩を取らせて頂きます」
「は?あ、あぁ、構わんが…」
どことなく覇気のある言葉にロイはそれ以上聞くに聞けず、了承の台詞を返すしかなく。
「では今お持ちした書類も一緒に、本日五時までにお願い致します」
「…五時、ね…」
更に追い討ちをかけられるように言われた台詞でロイの先程の問い掛けは完全に消され、書類に埋もれるしかなくなって。
「じゃあ行きましょう」
「あ、うん」
気遣う様子もないエドを連れて出て行ってしまった。
扉が閉じると同時にロイは重ねられた書類の一番上の一枚を手に取り、そこに書かれている字を追うが、それも少しの間で、直ぐに目を逸らしてまた扉の方へ視線を向けて。
「…私に言えないこと、といったところか」
少し、口の端を上げて笑った。
上官命令で言わせることも出来る。
が、大方予想はつく。
(中尉の勘の良さから考えれば…)
おそらく、気付いたのだろう、中尉も。
これもまた、私と同じく偶然だろうが。
「…だが、まだまだだな」
私は当に知っているというのに。
尤もまだ、言うつもりは到底ないが。
もう少し。
「私はもう少し楽しませてもらうとしようか?」
なぁ、鋼の。
「ここなら誰にも聞かれないわ」
そう言ってついて行った先は仮眠室だった。
軍の仮眠室はベッドは固いが、短時間でも十分に睡眠が取れるよう、防音は完備してある。
確かにここなら隣や廊下に誰か居ても聞かれる心配はない。
ある意味、密会には持ってこいの場所。
そして今の状況にとっても。
「う、ん…」
だからと言って、いざ自分から話すとなると話し辛くて。
エドは2段ベッドの下側に腰を下ろした。
それを見て、ホークアイも同じ目線にしようとしてくれたのか、向かいに腰を下ろして。
「…聞いても、いいかしら?」
「…あ、…うん、」
正直、有り難かった。
自分からじゃ何から話していいか分からなかったから。
「エドワード君は女の子なの?」
「…そうだよ」
不思議と。
一度認めてしまえば、案外肩の重荷が軽くなるようで。
「どうして隠しているのか…これも聞いても良いかしら?」
「うん」
だから俺は話した。
元々女として生まれて、人体錬成を行うまで、普通に女として育っていたこと。
でも俺は賢者の石を探す為に旅をしなくならなきゃなったから、女のままじゃ弟が居るとしても何かと危ないから、男と偽っていること。
だから個人データにも男として記入してあることを。
そしてそれは故郷にいる弟と幼馴染と、その祖母以外、誰にも言っていないことを。
「…そう、だったの…」
勿論人体錬成と賢者の石という単語は、別の言葉に置き換えたけど。
此処の部分に関して何も言ってこないってことは、大佐は黙っててくれたんだろう。
代わりにと言っちゃ難だけど、性別のことは知らないし。
それは心の中で留めておいて。
中尉は、どんな反応するんだろう。
全く予想できないから、一度過去を遡るために逸らした視線を元には戻せなかった。
けど。
「……ありがとう」
話してくれて。
「…ぇ…」
聞こえてきた声も、言葉も穏やかで。
俺は一瞬耳を疑った。
「…何で、俺…ずっと…黙って…」
「だって仕方のないことでしょう?」
それに、名案だと思うもの。
中尉は柔らかい笑顔で言った。
(…あ…そっか…)
中尉は、こういう人だったっけ。
国家錬金術師になりたての頃も、イーストシティに帰ってくる度に、色々気遣ってくれて。
凄い、優しい人なんだ。
(…なんだぁ…)
言うの躊躇ってた、俺が馬鹿みたいじゃん。
受け止めてくれるってどっかで思ってたのに、もし違ったらって思った俺が、馬鹿みてェ。
同じ女として、俺を受け止めてくれるんだ、中尉は。
何か。
(嬉しいなぁ…)
嬉しくて、俺は俯いたまま笑った。
それに気付いてくれたのか。
「…力になれることがあったら、何でも言ってね?」
同じ女として。
「…うん」
その言葉に、俺はようやく頭を上げて。
今度はちゃんと中尉を見て。
笑った。
と。
「あら、笑ったら女の子に見えるわよ」
「え」
さっきまでの柔らかい雰囲気は何処へ。
凄い目を輝かせて俺を見てる中尉がいる。
「今度是非メイクさせてね」
「え、いや、それは」
そういえば。
「楽しみが増えたわー」
「…あの…」
こういう人でもあったっけ。
でもま、嬉しいけどね、やっぱ。
そんな風に嬉しくなった司令部帰り。
「よ、大将」
「あ、ハボック少尉」
長く白い階段を下りている最中、下から上がってくる少尉に声掛けられた。
「何、今帰り?」
「まーな」
俺が少尉の一段上に居て、目線はようやく同じくらい。
「何、嬉しそうじゃんか」
「そか?」
あれ、顔に出てんのかな。
やべ、深く追求される前に帰ろう。
んで、アルに話さないとな。
今朝、嘘付いちまったし。
中尉が、分かってくれたって言わないとな。
あ、またニヤけてそう。
「あーっと。じゃあ俺、行くから」
「おぅ、」
お、そんな怪しく思ってないか?
良かったー、んじゃあ帰ろう。
「じゃあな」
そう言って。
少尉の居る段の、少尉の横に出した足。
その足が、どうも目測を誤ったらしく。
かかとが少し引っ掛かっただけで、その足は更に一段下に勝手に滑ろうとして。
つまり早い話が。
階段から足を滑らせて転がり落ちそうになって。
「ぅえ!?」
やべぇ!と思ったときにはもう体が傾いてて。
流石の俺もこればっかりは受身を取ろうとかいうのは忘れて。
衝撃に備えようにも、いつ来るか分からないのに目を瞑ってしまって。
でも。
「…?」
その衝撃はこなくて。
目を開けてみれば、俺の体を支えてくれる両手があった。
「っぶねーな!」
「あー…」
少尉だ。
助かった。
そう思ったら、体から力が抜けた。
「びっくりした…」
「びっくりしたのはこっちだぜ…ったく、ちゃんと足元見ろよな?」
「ん、悪ぃ」
喜ぶのも程々にしとこう、とか思って。
はた、と我に返る。
「…ん?」
頭上から聞こえてくる少尉の疑問音。
あれ、待てよ。
今少尉が掴んでるトコって。
「〜〜〜〜っ!!!?」
俺の胸だぁ!
「っと!じゃあ!さんきゅ少尉!!」
「あ、おい、エド!」
俺はばっと一瞬で腕を振り払ってそのまま階段を駆け下りた。
少尉が何か呼び止めたみたいだけど、俺はもうそれどころじゃねぇし!
うわうわうわ!
あれは絶対触られてた!
つか、俺自覚あるんなら触られてたんじゃん!?
どうしよどうしよどうしよ。
サラシ巻いて潰してたとはいえ、それは見た目の気休めでしかないし!
触られたら一発じゃねーかよ!
だが俺は僅かな確率に賭けたい。
分からなかったと!
勘違いか?とか思って頭の中から消し去ってくれることを!
……祈りたい…。
宿に戻るエドの足取りは、結局来たときと変わらないものになっていた。
「…エド、って呼んでんのに…」
まぁ別に用はないんだけどな。
「にしても…」
エドが居たら怒るかもしれねェけど。
「何か、ちっさく膨らんだものを掴んだ気がするんだが…」
気のせいじゃ。
「ないよなぁ…?」
合掌。
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05/01/24
中尉かと思ったら今度は少尉かよ、みたいな。
美味しいな、少尉…(爆)
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