「……れ」


ぱちりと目が覚めて、現実に引き戻された。


「あー……夢かー…」



君の街まで 5





珍しい夢を見たもんだ、とエドは額に左手の甲を当てて呟く。
あの頃の夢を見るのは久し振りだった。
それこそアイツの前で泣くという失態をしたのだから、思い出したくもない筈なのに。
イーストシティに居るせいだろうか。
そういえば此処に来たときに限ってそんな夢を見る気がする。
科学的に根拠のないことは信じたりしないけど、こうも似たようなことが続けば、もしかしたらと考えもするだろう。
何か、嫌だ。
それは此処に来る度に、思い出せと言われている気がしてならなくて。
何か、ムカつく。


「……ってー…」


そんな後ろ向きな思考に走っていると、便乗するように下っ腹に鈍い痛みが走った。
今だ慣れない傷みに、ベッドにうつ伏せになって耐えていると。


「兄さん、大丈夫?」


と、優しい声が上から降ってきて。


「あー…気にすんなって」


月一の、アレだからさ。
そう言うと、アルが申し訳なさそうな雰囲気で。


「あ、そっか、ごめん」
「オイ、何でアルが謝るんだ?」


別に謝られるようなことはされていない。
まぁあるとすれば。


「や、だってこういうのって…答えるの、嫌でしょ?」


やっぱりな、と表情で語るエド。
アルも俺も、性的な知識はある程度心得ている。
確かに普通の女ならば男にこういうことを言うのは嫌だろう。
俺も一応生理というあからさまな表現は避けたけど、それは弟の性格を察したからで。


「別に俺は気にしてねェし」


そう、それは普通の女ならばであって。
俺自身は何とも思わない。
正真証明の弟だし、言い難いことなんて何もない。
俺にとって弟は、唯一こうして性別を偽らないで過ごすことが出来る空間。
根無し草で常に何処かを歩き回っている俺にとって、気を許せる奴なんてあとはウィンリィくらいだし。
そういうところから、こうして傍にいてくれる存在は本当に頼りになる。


「有り難いし、逆に」


こうして気を遣ってもらえることが。
心配してもらえることが。
それは口には出さなかったけど。


「…そ?」
「おぅ」


多分、悟ってくれてるはず。
そう思って俺は笑った。
けど。


「っ〜〜…」
「に、…姉さん…」
「…っその呼び方止めろっつったろ…!」


心配してくれたんだろうが、急に呼び方を変えたアルに、エドは少し怒りのこもった目を向ける。
だがアルは腹を抱えて苦しむエドの方が最優先なのか、怯む様子もなく。


「だってこの状況で兄さんて呼ぶ方が変じゃないか」
「…そりゃあ…」


そうだけど。
別に誰も見てないし。


「って、そういうことじゃなく」


俺としては外でそう呼ぶ癖を付けて欲しくないから、普段から兄と呼ぶようにさせているってのに、これじゃ何の意味もない。
軍内部では男として通っているのだから、少しのボロも致命傷になり兼ねない。
だから危険率は最低ラインまで下げておきたい。
兄と自然に呼べるようになるまで一ヶ月かかったのだから、一度元に戻ってしまうとまた一からやり直しになる。


「じゃあ何さ」


が、当の本人は気にする様子もなく。


「それより姉さんの痛みの方でしょ?」


むしろそれでもいいような態度を取っている。


「大丈夫?薬買ってこようか?」
「……」


今は何を言っても多分流されて、逆に丸め込まれて、聞いてもらえないだろう。
弟の心遣いは本当に嬉しい。
だが、こういう時の過剰さには勘弁してもらいたい。
甘やかされるのは悪い気分ではないが、これもまた、癖が付くと厄介で。
弟無しでいずれは生きていかなければならないのだから、ここでそんな癖を付けるわけにはいかないんだ、とエドは心で言い聞かせて。


「…いや、平気だよ」


自分で行ってくる。
言いながらよろりと立ち上がるエド。


「でも…」
「ウィンリィから貰った生理用品も底つきそうだからさ。運動ついでにそれと、薬買いに行ってくるから」
「…ん…」


流石にそれを言われてしまっては、男のアルは買いに行く前に、ついて行くことも出来ない。
つまり納得をせざるを得ない理由で。


「…分かったよ、気をつけてね」
「あぁ」


と、いい返事をした途端。
いきなり目の前で着ていたタンクトップを脱ぎ始めるエド。
釘付けになるなと言う方が無理だろう。


「って、姉さん!!」


思わず呼んでしまった呼び方には、羞恥が含まれている。
体はなくとも、一応お年頃のアル。
いくら姉とはいえ、いきなり脱がれたらそんな反応もする。


「んだよ!そう呼ぶなっつったろ!」


しかし姉は欠片も悟ってくれなくて。
上半身裸でトランクを漁っているし。
この際余計腹が冷えて痛いのでは、という疑問は置いておいて。


「服着てよ、服!!」
「あー?いいだろ別に」


何処が良いんだ、何処が!と心から叫びたい。
実は日常茶飯事だったりするが。
それでも慣れないのは、自分が純情だという自覚があるからだったり。
また、いつも姉が突拍子もなくやるからで。
これもまた慣れろと言う方が無理なんだ。














「ったく、アルもうっせーな…」


少し大きめな茶色の紙袋を抱えて、先程のやり取りを思い出しぶつぶつと呟きながら歩くエド。
鈍い痛みは歩いたおかげか、薬を飲まずとも治まっていた。
買い物は済ませ、あとは宿に戻るだけである。


「俺が気にしてないってんだからさぁ…」


行きは顔見知りの誰にも会わなかったが、帰りも会わないとは限らない。
今の格好はストレートのジーパンに少し大きめのトレーナーというラフな格好だったが、髪も下ろしているし、服の色も普段の印象からは想像しないような色合いで合わせているから、知り合いとすれ違っても一応誤魔化しを効かせることくらいはできるだろう。


「あいつは逆に気にし過ぎだっつの」


自分が気にしなさ過ぎという思考は出てこないのか、というのは置いておき。


(……視線を感じる…)


独り言を言っているからだろうか。
だがそれを抜かしてもこの視線の量は多い気がする。


(何なんだか…)


原因が自分の容姿にあるということを考えもしないあたり、自分の魅力を分かっていないということで。
どちらかといえば目立たない格好をしているが、元が良ければそれすらも引き立てる要素になるらしい。
今のエドは誰が見ても、そう簡単にはお目にかかれないような可愛い少女になっているのだ。
しかし気付かないエドにとってはただの居た堪れない要素でしかない。


(早く帰ろ…)


少し歩調を速めて、ようやく宿の道に続く角を曲る所にまで来た時。
その角から人が出てきて。


「わ!」
「っ!」


先に声を上げたのはエド。
相手は驚いたものの、声を上げるほどではなかったらしい。
その余裕から、後ろに倒れそうになったエドを、腕を引っ張って支えてくれた。


「あ、どーも…」
「いいえ…あら?」
「?」


微妙に問うような声を漏らして、エドはそれに答えるわけではなかったが、顔を上げると。


「――――!?」


見知った顔が。
いや、見知ったも何も、これ以上ないくらいに知っている人。


「エドワード君、よね?」
「………」


だらだらと汗が流れそうな音がしそうだ。
まさか、よりによって。
この人に会うとは。


「珍しい格好してるけど…あら、それ、先のスーパーの紙袋ね」


はいそうです、と答えられないのは何故か。
返事だけでも、全てを悟られそうで怖い。


「普通ビニールの袋に入れてくれるけど…紙袋に入れるのって…」


待てよ。
何か俺、思い違いしてないか?


「…一つしか、考えられないんだけど…」


この人って。


「男の子だったら、絶対に要らない物よね?」


ホークアイ中尉って。


「……もしかして、エドワード君て…」


女の子?








物凄く。
勘が良いんじゃ?





next→


05/01/11
残念ー、大佐ではないのです。
まずは中尉。
にしてもアル、大変ですね…。


ブラウザでお戻り下さい。